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構造3-1
基礎有機化学10

図10

<立体配座>
 二重結合はπ結合の平面性のために自由回転できず、シス−トランス異性が発生した。σ結合ではそのようなことは起きないはずであるが、もう少し精密に考えてみると実はそう簡単ではない。エタンのC-C結合の周りの回転を考えてみよう。立体的なエタン分子を平面の上に書き表すのは難しいが、片側の炭素の3個のC-H結合ともう一方の炭素のC-H結合がぴったり重なり合う位置関係にある形と、ねじれて配置する形を考える。こういう単結合の周りの回転を表記するのに ニューマン投影法 という記法が便利である。これは、問題とする結合の軸方向に沿って一方の炭素の側から平面に投影した図であり、結合の中間に円板をおいて手前の炭素のC-H結合と奥の炭素のC-H結合を区別して見えるように配慮されている。このエタンの二つの形を、 重なり形配座 (eclipsed conformation、図では少しねじれて描いてあるが実際はぴったり重なっている)と ねじれ形配座 (staggered conformation)と呼ぶ。σ結合は自由回転できるから、この二つの 配座 は相互変換可能である。しかし、その安定性は同じではない。メタンはなぜ正四面体構造をとっていたろう。それは結合電子対同士の反発が効いていたはずだ。とすると、エタンの両炭素のもつC-H結合同士も反発するのではないだろうか。重なり配座ではC-H結合同士が重なる位置関係にあり、ねじれ配座では互いに中間に配置しているから、エネルギー的に重なり形の方が不利に思える。事実、この両者を比較すると2.8kcal/molだけねじれ形が安定なことがわかっている。両炭素のC-H結合間の 二面角 (H-C-C-H間のねじれ角)を横軸、エネルギーを縦軸にとってプロットすると、0,120,240度に極大、60,180,300度に極小となる曲線が得られる。つまり、エタンのC-C結合周りの回転は決して自由回転ではなく、120度ごとにエネルギーの極大を越えなければならない束縛回転なのである。
 エタンは両端炭素が 3回対称 なメチル基だったので、一回転で3周期のエネルギー曲線が得られた。これがブタンになるとちょっと複雑になる。ブタンの中心のC-C結合について同じことを考えてみると、やはり重なり形とねじれ形の配座がありうるが、ブタンはちょうどエタンの両側の水素1個ずつがメチル基に置換された形になるために、メチル基同士の相対位置関係によって重なり形、ねじれ型とも2種類ずつが存在する。すなわち、メチル基同士の二面角が0度と120度の2種の重なり形( eclipsed )と、60度( gauche )と180度( anti )の2種のねじれ形である。メチル基は水素よりも立体的に大きく、メチル基同士の反発は大きいので、この4種の立体配座のうち、0度の重なり形が最も不安定で、180度のねじれ形が最も安定となる。すなわち、二面角に対するエネルギーのプロットはエタンの場合と極大極小の位置は同じだが、山と谷の高さがずれた曲線が得られる。室温のように熱エネルギーが与えられている状態(絶対温度で300度近い)では、この程度のエネルギーの山は容易に越えられるので、ブタンの中心結合は自由回転しているとみなしてさしつかえない。しかし、極低温下では、このエネルギー差を越えられなくなるかもしれない。すると、gauche形とanti形の配座は相互変換できず分離できる可能性がある。つまり異性体関係になる。このような単結合の周りの回転に基づく異性を 配座異性 という。
 このように考えると、2-ブテンは自由回転しない二重結合だからシス−トランス異性が発生し、ブタンは自由回転できる単結合だから回転に由来する異性は生じない、という言い方は正確ではないことがわかるだろう。この両者に、(室温で)異性体があるかないかの違いは、単に回転に必要なエネルギー障壁の高さの違いだけなのである。


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