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構造3-2
基礎有機化学11

図11

<シクロアルカン>
 鎖状化合物ではC-C結合の周りの回転の角度によっていろいろな配座が生じることを学んだ。では、環状化合物ではどうだろうか。環状の炭化水素( シクロアルカン :シクロ(環)+ アルカン飽和炭化水素 ))には、炭素数3の シクロプロパン (三員環)に始まって、シクロブタン(四員環)、シクロペンタン(五員環)、 シクロヘキサン (六員環)...、のような一連の 同族体 が存在する。これらの構造を考えてみよう。シクロアルカンがもし平面構造をとっているとすると、その形は正多角形であらわされるから、炭素の結合角はたとえば、シクロブタンで90度、シクロヘキサンで120度などとなる。sp3炭素の結合角は109度であるから、シクロペンタンの値(108度)が最も近い。とすると、シクロペンタンがもっとも無理なくゆがみの少ない構造をとっていて、他のシクロアルカンは炭素の結合角に多少なりとも無理がかかっている(ひずんでいる)はずである。ところが、一連のシクロアルカンの ひずみエネルギー (大きいほうがひずみが大きくて不安定)を求めてみると、六員環のシクロヘキサンが最もひずみが少なく、それより環が小さくあるいは大きくなるにつれ、ひずみが増すことがわかる。これはなぜだろう。
 実は、三角形のシクロプロパンを別にして、それ以上のシクロアルカンはいずれも平面分子ではないのである(三員環は平面以外になりようがない。内角60度のシクロプロパンはひずみが非常に大きく、そのため反応性が高い)。たとえば四員環のシクロブタンは正方形の平面配座ではなく、より安定な折れ曲がった配座をとっている。炭素の結合角は平面配座では90度、折れ曲がり配座では当然それよりも小さくなる。ひずみのないsp3炭素の結合角が109度であることを考えると、平面の90度でもかなり押し縮められて不利なはずなのに、それがさらに小さくなった折れ曲がり配座の方が安定とはどういうことだろうか。ここでエタンの重なり配座とねじれ配座を思い出そう。隣接する炭素上のC-H結合同士が重なる配置になると、結合電子の反発で不安定になるのではなかったか。シクロブタンの平面配座はすべてのC-H結合が重なり形に配置しているので、エネルギー的に不利であり、このC-H結合間の反発を回避するために四員環が折れ曲がった配座をとっているのである(炭素の結合角のひずみが増しても差し引きでこの方が有利なため)。同様の理由でシクロペンタンも 封筒形 とよばれる折れ曲がり配座をとってることが知られている。
 最安定構造をもつ六員環のシクロヘキサンは非平面の いす形配座 をとっている。この配座はすべてのC-C結合がねじれ形(ブタンでのgauche配座)をとっており、炭素の結合角もほぼ109度に近くとても安定である。いす形のシクロヘキサンの水素は炭素環の面から上下方向に突き出た アキシャル 水素と環面の横方向を向いた エカトリアル 水素の2種類がある。ひとつの炭素にはそれぞれアキシャル水素とエカトリアル水素が一つずつ結合している。ところで、いす形配座は環の 反転 が可能である。これは、いすの背もたれの部分と足載せの部分がぺこりとひっくり返って、足載せが背もたれに背もたれが足載せに変化して逆向きのいすになる変換である。この反転が起きるとアキシャル水素とエカトリアル水素の関係が入れ替わる。結合そのものはかわらないが、環面の反転が起きるため、相対的なC-H結合の方向が変化するためである。このいす形シクロヘキサンの環反転のエネルギーは10.8kcal/molで、室温では容易に相互変換可能なので、アキシャル水素とエカトリアル水素は区別できないが、-100℃程度まで冷却すると反転が抑えられ、両水素の移り変わりがおきなくなるので、 NMR のような手法で両者を区別して観測できるようになる。
 いす形のシクロヘキサンは炭素の環構造のうちで最も安定なので、この六員環を多数組み合わせ 多環式炭化水素 も安定である。たとえばC10H16アダマンタン は4個の六員環がすべていす形シクロヘキサンの形であり、安定な分子として知られている。このいす形シクロヘキサンの組み合わせによるかご形をさらに増やしていった構造がダイヤモンドに相当する。

 → コラム7 「 ムクゲの不可思議脂肪酸


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