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反応3-2
基礎有機化学19

図19

<求電子付加反応(続き)>
 カルボカチオンの転位:アルケンへのハロゲン化水素の付加反応で、複数の生成物が生成する可能性がある場合は、中間に生成するカルボカチオンのできやすさが、生成物の偏りを決める要因となった。級数によるカルボカチオンの安定性の差はかなり大きく、そのために予期せざる生成物を与えることがある。3,3-ジメチル-1-ブテンへの塩化水素の付加反応では、正常な生成物である3-クロロ-2,2-ジメチルブタンのほかに、2-クロロ-2,3-ジメチルブタンが生成する(注: IUPAC命名法 では、 主鎖 の番号の振り方が厳密に決められていて、そのため出発物質のアルケンと生成物のハロゲン化物では、番号が逆転している)。この後者ができる反応機構を考えると、反応の途中で二級のカルボカチオンから三級のカルボカチオンへの 転位 反応が起きていることが予想される。この転位反応ではメチル基(正確にはメチルアニオン)の隣の炭素への移動( 1,2-シフト という)が起きており、このようなダイナミックな骨格転位が容易に起きるのも、三級カチオンの安定性が大きいために転位反応に必要なエネルギーを補って余りあるからである。中間にカルボカチオンを経由する反応では、このような転位がときとして起きやすく、数々の興味深い事例が知られている。

アルケンへのハロゲンの付加:アルケンへの ハロゲン の付加反応もまた、求電子機構で進行する。ハロゲンの場合は、分子自体は 分極 していないので、求電子攻撃すべきカチオン種はどうやって発生するのだろうか。その原理は、ちょうど磁石に鉄釘が吸い付くメカニズムを考えると理解しやすい。鉄釘自体は磁化していないが、磁石に近づくと誘導磁化(磁石のN極に近い側がS極、遠い側がN極)が生じ、それによってN極と誘導されたS極がさらに引き合う。それと同じように、本来中性のハロゲン分子が、アルケンの π電子 に近づくと、その影響で分極が起き、π電子に近い側が δ+ 、遠い側が δ- になる。このδ+となった部分がπ結合へ付加するのである。ただし、このとき中間に生成するのは、ハロゲン化水素の付加のときのようなカルボカチオンではなく、ハロゲン原子が両方の炭素に 架橋 結合した三員環 ハロニウムカチオン である。このカチオン種が次に残ったハロゲン化物イオンの攻撃を受けて 開環反応 が起き、生成物の二ハロゲン化物ができる。
 エチレンへの臭素の付加では、このような機構で1,2-ジブロモエタンが生成するが、中間の三員環ブロモニウムカチオンは、エチレンの分子平面の片面に大きな臭素カチオンが乗った構造をしており、その後で攻撃する臭化物イオンは分子の逆の面からしか近づくことができない。ここの反応は、臭化物イオンの ローンペア が裏側から炭素を攻撃し、同時にその炭素のC-Br結合電子がBr上に移動して切断する反応であり、したがって最終生成物の2個の臭素は互いに トランス の位置関係に配置している。化学反応は、反応点同士がぶつかることによって起きるので、このように空間的に大きな原子や置換基が邪魔になることがよくある。これを 立体障害 といい、反応の 選択性 を決定する重要な要因のひとつである。
 エチレンの場合は、2個の臭素がどういう空間配置で導入されても、生成物は1種類しかできないが、2-ブテンのようなアルキル置換基をもつアルケンでは事情が複雑になる。 E -2-ブテンと Z -2-ブテンに臭素が付加する反応を考えてみると、中間の三員環ブロモニウムカチオンが生成したあとで、臭化物イオンが裏側から攻撃するときに、元の二重結合のどちらの炭素を攻撃するかで生成物が変わってくるのである。この場合、生成物のハロゲンの根元の炭素は キラル炭素 であり、その 立体配置 をじっくり考えてみると、E-体ではあとからはいる臭化物イオンが結合する側が R 配置、最初にはいった臭素カチオンとの結合が残る側が S 配置になることがわかる。そして、これは2段階目に臭化物イオンがどちらの炭素を攻撃する場合でも同じである。つまり、E-2-ブテンへの臭素の付加生成物は、(R,S)-2,3-ジブロモブタンとなる(この分子は対称なので、(2R,3S)-体と(2S,3R)-体は同じものであることに注意)。ちなみにこの分子はC2-C3間に鏡面をおくと互いに分子の片側が反対側の鏡像になっており、すなわち分子内に対称面をもつ メソ体 であり、 光学不活性 である。
 一方、Z-2-ブテンの反応では、裏側からはいる臭素と最初にはいった臭素の根元は常に同じ立体配置になる。そして、臭化物イオンがどちら側を攻撃するかによってその配置はRSとに分かれる。すなわち生成物は(R,R)-2,3-ジブロモブタンと(S,S)-2,3-ジブロモブタンの1:1の混合物となる。いうまでもなく、この(R,R)-体と(S,S)-体は互いに 鏡像異性体 の関係にあり、その1:1混合物はすなわち ラセミ体 である。

 → コラム12 「 「だまし舟」転位


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