このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

<総務委員会の行政視察に神田議員は参加しました。119日〜11日で、長野県茅野市と長野市松代を視察してきました。神田議員の視察報告です。>



  茅野市及長野市松代視察報告


1、長野県茅野市(民間委託、市町村合併問題)

 民間委託率が全国第8位と評価されているところから、その実状を実施に聞いてきました。

 民間委託の受け皿として、市が90パーセント出資し、「茅野総合サービス株式会社」を設立し、ここが学校給食や公用車の運転業務などの委託をうけているということでした。このために、業務委託率が高くなっているのが茅野市の特徴点です。

 学校給食は自校方式で実施しているが、その調理員が臨時職員で、長期の雇傭契約ができず身分が不安定であるため、違法状態を解消し民間会社の職員として雇傭の安定をはかり、健康診断など雇用環境の改善をはかることが会社設立のそもそもの目的であったとのこと。したがって臨時職員のときと比べると委託料の方が行政経費の負担は増えているとの説明でした。

 

 茅野市の民間委託は、臨時職員の身分の安定という面で考えるべき示唆がありました。いわば三セク方式とも言うべきで、委託後も住民からの苦情などその実施状況に不都合が生じた場合などに、市はその改善に機敏に対処できるのではないかという点で住民にも安心感があると思われるとのこと。例えば当市でも同様な会社として、財団法人館山市環境保全公社があります。

 以上のような経緯から、茅野市の民間委託は、いわゆる純粋の民間委託とはいえないものです。実際の契約金額は、コスト計算をもとにした随意契約であり、いわば市役所グループ内の身内同士の契約です。今後、同種の業種で純粋の民間会社が参入してきた場合、(例えば人材派遣業などでは考えられる)入札による契約金額の設定など厳しい競争が想定されるが、その際のことまではまだ検討されていないので、その面も含めての検討が必要になると思われた。 

 

民間委託といっても競争原理が働かなければ、それが利権化してしまう事例や行政腐敗の温床になる事例はめずらしくなく、その結果、行政経費はかえって増大し、削減とは正反対の結果になることもしばしばです。

 

長野県は公共事業の高止まり傾向のいわゆる落札率が03年度に大幅に下落し全国の注目を浴びました。談合を防止し競争を促す入札制度にかえたためですが、この県の入札制度改善について市レベルでも改善の動きがあるのかと思ったのですが、茅野市では必ずしも評判がよくなかったのは意外でした。

 

2、長野市松代(大本営地下壕の保存について)

 松代の「大本営地下壕」の保存と観光等との活かし方など、先進事例から学ぶつもりでした。長野市観光課の出先施設が松代にあり、そこで職員から、大本営地下壕についての説明をうけましたが、市としては観光施設として積極的に押し出しているという印象が感じられませんでした。真田氏城下町の町並みや庭園などを整備して「エコルド松代」として大々的に売り出しているというところでした。

 

「松代大本営の保存をすすめる会」の役員の方が、象山地下壕を案内してくれましたが、市の観光課との連携が日常的に行なわれているようには感じられませんでした。NPOと市との関係のありかたの難しさをかいま見たような気がしました。

 

1111日は、松代地下壕の突貫工事がはじめられた日です。私たちが行った10日は、その前日のためか、入口付近の朝鮮人慰霊碑には新しい花束がささげられていましたし、花束を抱えたチョゴリ姿の婦人もありました。次々に人がやってきており、入壕者として記帳しない方もたくさんいましたので、年間14万人の入壕者ですが、実態はもっとずっと多いのではないかと思いました。

 

松代は昭和40年から1年ほど続いた松代群発地震を経て、昭和41年に長野市に合併します。長野が善光寺の門前町に対して、松代は真田の城下町として、それと同等に、あるいはそれ以上に繁栄し賑っていた町だったといわれます。行政のより所(松代町)をうしなった合併後の松代地域衰退は急速で、危機感をもった松代商工会の職員等によって、行政に頼らずできることからということで、いわゆる町おこしの運動がはじまったとされています。

 

松代は城下町で誰でも習い事はたしなみとされる人々の文化があったとのこと。幸い豊かな文化財もあり、地域の人々が自分の地域の見直しをすすめるなかで、これらを活かした観光という視点が育まれていったのだろうと思います。

 

真田宝物館や文武館などを見学しました。60代の主婦の方が案内ボランティアとして解説してまわってくれましたが、地域の文化や文化財に大変詳しいのには驚かされました。元教員か役所の職員ではないかとお尋ねしましたが、全くの主婦だとのことでした。地域の定期的な勉強会に参加して勉強し、案内ボランティアに参加しているとのことでした。私の町「松代」への強い愛着と誇りを感じさせました。

「観光」とは光を観ると書きますが、その地域で「光に」値するものがなにか、これを語れる人や案内できる人の存在が本当の財産であるように感じました。

 

「松代」を復活させた人々の熱意と大本営を保存する熱意とが上手にマッチングしていくうえで、議会や行政が果たすべき役割の意味を考えました。
大変意義深い行政視察であったと思います。

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