このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
南海難波駅の6000系 | ・金曜夜のお楽しみ 新幹線の車中で、缶ビールを飲み、シュウマイ弁当をつつきながら西へ。 とにもかくにも、様々な要因が重なり、久々に乗り潰し熱が萌ぇ、いや燃え上がってしまったのだから しかたがない。要因については追々触れる機会もあろう。 とりあえず350ml1缶で酔いつぶれ、気が付いたら京都に着くところだった。 新大阪で、久々の関西風ウドンに舌鼓をうったあと、きのくに線直通の御坊行快速に乗車。 かつての大公望列車も、いまでは御坊止まり。223系の8両編成で後ろ4両は日根野切り離しだそうな。 さらに、新今宮で南海に乗り換えて難波駅の近くに投宿。 |
・「スーパーはくと」で因幡の国へ 9時半から40分ほど並んで目当ての鉄コレ2箱を購入したのち、高島屋で昼食用の弁当を仕入れて御堂筋線で 梅田へ移動。大阪駅に着くと沿線で事故った車が橋脚にぶつかったとかで運転見合わせになっていたが、 ほどなく解決したらしい。10分ほど遅れた「スーパーはくと」5号で郡家へ向かう。 郡家で「スーパーはくと」を下車。大阪駅で何を勘違いしたのか、特急券を智頭までしか買っていなかった。 駅員に聞いたら差額を請求されたが、時刻表の運賃表頁を示して「料金変わらんやんけ」と詰め寄ると、 ほどなく差額要求が撤回される。さて。営業規則上はどちらが正しいのだろうか・・・ | |
次の若狭鉄道まで少し時間があるので、駅から15分程歩いた田んぼの畔に陣取り、上り列車の撮影としゃれ込む。 撮影後、駅までの帰り道で少々油断をしたらしく、駅まで数百mの地点で残り時間が3分となってしまった。 慌てて、久々の全力疾走。体力の低下を痛感しつつ、ギリギリの所で間に合った。 | |
都会から見れば因美線だって大概ローカル線なのだが、 盲腸線の3セクに乗り換えると、ローカル感は一層強くなり、沿線風景の緑も濃くなる。 心なしか空気も澄んできたようだ。ましてやこの若狭鉄道。大概の駅が国鉄時代の雰囲気を色濃く残し、さらに 雰囲気を盛り上げる。 あぁ、貨物ホームの跡、行き違いの跡、手荷物秤、昔ながらの駅名標、花壇のひまわり、 人気の無い昔ながらの木造駅舎とそこにたたずむ案山子人形・・・? 途中の駅毎に待合室やホームのベンチに等身大の人形が置いてある。乗客の少なさを少しでも カバーするための賑やかしだろうか。決して不気味な感を漂わせる人形ではないのだが、ぬいぐるみ調の微笑む 人形を見ていると、ふと寂しさを感じ・・・あんまり感じないですね。駅が少しでも賑やかに思えるなら 良いんではないでしょうか。 散々「ローカル」を強調してみたが、終点の若狭駅手前ではコンクリ枕木に更新された区間もあり、 鉄道業に対する十分なヤル気を感じられたのは、めでたい。 次の予定があるので、若狭到着後すぐの列車で引き換える。今度の列車は鳥取行のJR直通列車。 わずかな折り返し時間の間に、1両増結されて2両編成での運行である。 | |
・米子の首都圏色 ♪近頃ミヤコに流行るもの、効率重視の塗り潰し、京紫に抹茶色・・・ その先駆けとも言うべきか。 米鉄局時代から変わらぬ首都圏色のキハ47に揺られて山陰本線を西へ向かう。 山陰の夏と言えば青い海と青い空が印象深いが、今日は気が付けば生憎の曇り空。 でも、たまにはこんな景色もいいのではないだろうか。 むしろ、海に目が釘付けにならないぶん、山側の景色にも注意が向く。 | 御来屋駅にて |
大山かと思ったら違った | と、なにやら大きな山が見えた。 すわ大山か、と色めきたち携帯のカメラで写真を撮ってみた。後ろのボックスに座っていた旅の人が、 「大山ですかね?」と尋ねてきたが、自分ではしゃいでおきながら、どうも距離が近すぎるような気がする。 たぶん違うでしょうねぇ(^^i と言っているうちに、件の山の背後に雲に隠れた大山の山裾がちらりと 見えた。あぁ、やっぱり。 御来屋を過ぎ、対岸の日御碕が良い感じに照らされていているのを眺めながら、米子着。 ここから「スーパーまつかぜ」9号に乗り買え、19:06に松江に着いた。駅からは市バスで今夜の宿へ。 |
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |