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第3回北東北遠足 

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 ・弘前見物?

夜が明けた。泊ってたホテルの窓を開けると、眼下に弘前駅構内が!(いや、昨晩から気がついていたけど)。
あ!絶妙なカーブ。アウト高めの位置取りで射界ばっちり。と言うわけで手元の時刻表を見て、 外の気温を無視して、窓を開け、カメラをかまえる。もうすぐ、「あけぼの」代走の「かもしか91号」が、 583原色でやってくるはず。こいつは朝から縁起がいいや

 

 

 

                   ・・・・・逆方向からキタ  _|‾|○

 

 ・弘前見物

乗る予定の五能線の列車まで時間があるので、少し市内でも見て回ろうと、駅前から弘南バス100円循環「土手町循環」 に乗り、弘前城へ向う。城跡の公園では雪灯籠祭りが行われており、雪で作り、「ねぷた絵」をはめ込んだ 灯籠がいくつもならんでいた。昨夜見に来れば、さぞや綺麗だっただろうと、少し残念。 灯籠は、市内の福祉施設や企業等の参加で作られているようだ。そういう趣旨なら、 そのうちに作:弘前自衛隊なんてのがでてくるかと見てまわったが、駅へ戻る時間が迫り、 天守を一瞥しただけで公園を後にする。もう少しじっくりと、時間をかけて見て回りたい所ではある。 春は桜がきれいだそうな。

弘前公園(弘前城跡)
雪灯籠
弘前公園(弘前城跡)
追手門

 ・ストーブと五能線

さて、一応、予定の列車(11:16)までに駅に戻れたので、予定通りに五能線の鰺ヶ沢行に乗る。 乗る前に見渡しても駅弁が手に入らなかったのが残念といえば残念だが、この後は津軽鉄道にちょっと寄り道して、 ストーブ列車、というよりも旧型客車に乗ってみる。
五所川原に着くと、乗客のほとんどが下車して、半分は改札へ残りの半分は津軽鉄道乗り場に向い、 3輌編成の客車列車、前2輌は旅行社向けのために、残りの1輌に殺到する。既に車内には座席定員以上の 人が入り込んでいるようだ。旅行団体が2輌にゆったりと陣取っているのを見て、誘導の駅員にどなりちらす人まで でる始末。どうにかデッキまで乗り込んだら車内からスルメの匂いが漂ってきた。

まるで、スルメを焼くためにストーブを使っているみたいだ。

列車をひと目見た時に感じた興奮(ヤッター オハ35ダ)も醒め、 「純粋な観光列車」なんだなぁ、と、興ざめである。いや、こうやってお客さんがたくさん乗ってくれること自体は すばらしいし、車輌だって本物の旧客だし。 ただ、こうやって一般受けしている所に、私みたいな(自分では思っていないが)マニア人間が出入りしちゃ いけませんよね、と妙にヒネた感想を浮かべつつホームへ戻り、写真撮るのに専念する。
ちくしょー。きちんと50mmレンズも用意しとくべきだった。というわけで、デジカメでパチリ。

 

滑って、かなり派手にコケた。しかも水撒いて雪を溶かしてある場所に
(T 。T)
汚れ自体はたいしたことないものの(ジーパンだし)、冷たい。なんとかせにゃ、と言うわけで 改札を出て待合室のストーブに直行。あぁこれが津軽のストーブ。

次の列車までに1時間半ほどあるので、ズボンを乾かした後で駅前食堂に入って親子丼で昼ご飯。 たいそう趣深い食堂でした。そうこうするうちに、弘前行がやってきて列車交換のためにしばらく停車している。 これで少し戻ってどこかで途中下車という選択肢を真面目に考えはしたが、寒いので素直にやめる。 それにしても、いったい何と行きちがうのだろうか。こんな時間に上り列車は無いはずなのだが?

 

    DE15キター

肝心の深浦行はキハ40が4輌連なり30分程遅れてやってきた。海側の1ボックスを確保して ウトウトしているうちに海が見え、鯵ヶ沢に着く。ここで後ろの2輌を切り離して深浦へ。 ここから飽きるまで日本海を眺めよう。低く垂れ込めた雲。雪が舞う。 本当に波打ち際を走る驫木付近、広戸駅の手前で車窓を慰霊碑がかすめる。かつてこの付近で、 蒸気機関車が波にさらわれる事故が起きたというが、実際、テトラポットで砕けた波が列車の窓を洗う様を 間近に見ると、他人事とは思えない気分にもなる。
深浦で接続待ちをしていた、同じくキハ40の2輌編成に乗り換えると、デッキ付きの非ワンマン対応車だった。 どうでもいいことだが。
深浦での接続待ちを引きずっているので、東能代が近づくと車掌が奥羽本線の特急「かもしか」 へ乗り換える客の有無を確かめに車内をまわったが、結局、奥羽本線は五能線以上に遅れているらしい。 東能代では青森県内の大雪の影響に加えて、ひとつ秋田寄りの北花岡駅ポイント故障とかで、 上り本線を貨物列車が塞いでいる。ただ、20分程でポイントも開通したようで運転再開の報が流れた。

30分程の遅れでやってきて、停車駅はそのままに乗車券のみでも乗れる臨時快速と化した 「かもしか」6号の、わざわざ指定席に乗車して秋田まで約45分。いい加減腹も減ってきた。 今晩は何かおいしいものでも食べて、と期待に胸ふくらませ、鉄道唱歌のオルゴールとともに秋田に着く。

人が乗り終わってから撮りました。いい雰囲気なんだけどなぁ
津軽鉄道(津軽五所川原駅)

深浦行
車窓
さすらい本線 日本海(五能線車中から)
寝ころんで撮ってみた
日本海3号 B寝台
明けて三日目。関口智宏に全線乗車の先を越されたくないのなら、 ここは第1回の東北遠足(南)で乗れなかった陸羽西線に乗っておくべきなのだろうが、 せっかくの3連休パスなのだからできるだけ遠くの路線に乗っておきたいものである。今日は例え運賃別払いで あったとしても、秋田内陸縦貫鉄道に乗っておく。そのためにまず、8:46発の「日本海」3号で鷹ノ巣へ向う。 立席特急券での乗車という点は、最初に乗った「はやて」91号と同じなものの、満席の列車に無理を承知で 乗り込むのとは格が違うのだ。奥羽本線(北)は、朝夕の特急3往復が未だに寝台特急の座席利用という、 なんとも前時代的?なダイヤが組まれているのが、非常に素晴らしい。
そんな訳で喜び勇んで乗り込んだ「日本海」はしかし、一歩室内に入ると、なんだか独特な空気が鼻につく。 思いっきり好意的に解釈すれば、結構な乗車率ではしってたんだなぁ、という感じだ(^^i

それはともかく、一区画を占拠して、ホテルから持ってきた秋田魁新報を読んだり、 ベッドに横になってヒルネとしゃれこんだりしたり、しばしの間、和やかな時間を過す。ちなみに 改札にまわってきた車掌はやはり、JR西の人だった。

 ・秋田内陸縦貫鉄道

10:40発角館行。青森へさらに北上する「日本海」を見送って、秋田内陸線の駅へ向う前に売店によってみた。 運がよければ、大館のとり飯でも売っていないかな、と思ったのだが・・・。秋田では発売前で買えなかったし、 昨夜の東能代では売っていたのに、大館のすぐとなりのはずの鷹ノ巣では、販売が無いそうである。 これで、今日の昼ごはんは、菓子パンに決まってしまった。今回の旅行ではついに、駅弁にありつけなかった。

そんな中でも、硬券の切符を手に入れ、客の1/3は「関係者」じゃないのか?と思いつつ鷹巣を後にする。 車窓はもう、雪、雪、雪。さすがに目がさえて眠気も無い。天気は晴たかと思えば曇り、雪がちらつく。

途中、ふと思い立ち、地元の人の会話に聞き耳をたててみた。
弘前で実施した時も相当なものと感じたのだが、ここでは、じーさんばーさんの会話だったからかもしれないが、
もう、まったく会話の内容がわからない。 唯一分かるのは、相づちに使われる「んだ」と「んだんだ」なのだが、ここまで分からないと、 それさえ別の意味があるのではなかろうかと疑ってしまう。日本は広い。

内陸縦貫って良い名前やね。なんか強そう
秋田内陸縦貫鉄道鷹巣駅にて

角館武家屋敷通
さて、13時頃に角館に着いた。ここはある程度時間をとって見物してみたい街である。 そう思って出発前に、少し遅めの「こまち」の指定券を所望したのだが、唯一手に入ったのが13:47発の 「こまち」18号。それも最後の1枚というプレミア付き?の代物だった。
時間があまり無いので、要点だけでもサラリと回っておくべ、と、駅前から市街地へ向けて歩き出す。 道路上は雪が溶けていて、非常に歩きにくい。時々、車が水しぶきを上げて走って行く。靴の中もすぐに水が 染みてきた。今回はこればっかり。
帰りは歩きたくない、絶対に歩かないと心に誓いつつ、雪に埋もれた、小田野 直武の碑(解体新書の挿絵を 書いた、秋田洋画の画家)や、武家屋敷通等を本当にただ見てまわる。最後に街頭で売られていた 味噌味のキリタンポを食べて、タクシー(ワンメーター)で駅へ。今夜は「火振りかまくら」のお祭りだそうで、 見てみたいものの時間も暇も無い。非常に残念。こんどまた来たい。あー、できれば(自主検閲)で。

内陸線の車中で起きていたからではないけれど、帰りの「こまち」(16号車、14番C席。列車の一番後ろ) の車中では、盛岡以降、予定通りにひたすら寝続けた。ふと目がさめると、列車は快調に走っている、 これもまた鉄道旅行の楽しみなのだ。(了)


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