このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

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四国の道経由 大窪寺


最後の山道

・2月12日

如月12日、通算36日目。あしかけ3年にわたる四国遍路も、いよいよ最終日(たぶん) 普段の食パン一枚の朝ごはんとは比べられないほど健康的な朝ごはんを頂き、7時すぎ、少し遅いかも、 と思いながら出発。快晴とはいかないが、雨の心配はなさそうだ。

86番 志度寺まで
宿の前の道を500mほど進むと、もう志度寺である。境内が激しく工事中だった。

87番 長尾寺まで
志度寺の門前から進む方角が90度かわり、国道11号を渡って南下する。 オレンジタウンを過ぎるあたりまでしばらくは高徳線に沿う。徳島付近を歩いていた時に「うずしお」で 何度か通った場所のはずだが、当時は車内で眠りこけていたので車窓の記憶がない。もっとも 「うずしお」に乗っていたのは夜だったのでよく見えなかっただろうが。
田園地帯をしばらく歩き、9時頃に長尾寺到着。昨日は雨だったから仕方がないが 今日も歩きの遍路さんをまったく見ないのは寂しいものだ。境内のトイレで用を足し、 足元の準備を整えていよいよ最終行程へ足を踏み出す。

88番 大窪寺まで
前山ダムまでは県道沿いにゆるやかな坂道を歩く。徐々に山間に入ってくると前山ダムである。 遍路道はここからいくつかのルートに分かれる。
ダムのほとりに「へんろプラザ」なる施設があり、お遍路さんの各種資料やルートマップ等を 手に入れることができる。他にへんろの人は居なかったが、これまで立ち寄った人の名前が記された ノートがあったのでついでに名前を残しておく。

ところがこのノート、どうやら「完全歩行」な人が名前を記すためのものだったらしく、 記入した直後に係りの人に「全行程歩いて来はったんか?」と尋ねられてしまった。 多少歯切れが悪く「『ほとんど』歩きです」と答えると、先方はしばらく複雑な表情をしていたが、 結局なにやら「四国88箇所完歩」証明書と記念DVD「大窪寺の四季」を頂いてしまった。

・・・少なくとも全行程の9割以上は歩いてるから、まぁいいか。ウソついた訳やないし・・・。
その後、ボランティアの人がお茶のお接待とルートの説明をしてくれた。曰く「『歩き』の人は 女体山越えをしたがるが、昨日の雨でだいぶ道が悪くなっているから「旧遍路みち」ルートにした方が良い。」 「女体山越えは景色が良いから、今度晴れた日に来た時にしなさい」
さてどうしよう。とりあえず近くにあった〒局で記念貯金をして、道の駅でおやつにアンパンを買い、 11時すぎに出発。

途中まで「安全そう」な林道を経由で、結局女体山越えルートに突入してしまった。 確かにこりゃ、堪えるわい。最後の最後に焼山寺への最後の登りクラスの険しい山道である。 頂上直下では猪ノ鼻峠の撮影場所までよじ登るのと同じくらい(どういう比較対象なんだか) の岩場まで登場する始末。 しかしながら、霧氷に覆われた女体山頂からの眺めは、高松どころか瀬戸大橋まで至る雄大なものだった。

そして、山を下ると大窪寺。はるかに遠く、たどり着いた山門を見上げる感動はいかなるものか・・・。

 

 

やっぱり正規ルートは旧遍路みち経由なんやね。 いきなり、本堂と大師堂の間の境内に飛び込んでしまった。

という訳で、周囲をあまり見ないようにして山門へ戻り、感動のやり直し。次に来る時はきちんと、 旧遍路道ルートで来よう。最後の般若心経をあげ、納経を済ませ、帰りのバスが来るまでの間、門前の 店で讃岐名物の「打ち込みうどん」で暖をとる。お店の人がお茶の変わりに出してくれた生姜風味の葛湯も 体を温めてくれる。

うどんを食べ、バス停でバスを待っていると、真っ黒に日焼けした「歩き」の人が到着。 思わず会釈して声をかけた。

「お疲れ様でした」。

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