このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


フォークランド海戦に見る機関部の実相

3. 機関部から見た戦況

一定出力での艦艇の速力は、排水量(喫水深さ)の2/3乗に反比例します。
戦闘に臨む艦艇は、相当量の弾薬・燃料・消耗品などを積み込んだ満載状態となりますので、公試状態と比べると排水量がかなり大きくなり、最大速力はその2/3乗に反比例して低下します。


3-1. 主力部隊

3-1-1. 英国主力部隊

まず、追う側の英国主力部隊ですが、スタディーの速力命令を時系列で追ってみると、
 10:00 出航
 10:20頃 全速(約26ノット)
 10:50 24ノット
 11:07 19ノット
 11:26 20ノット
 12:20 22ノット
 12:50 25ノット
 13:30 24ノット
 17:50頃 20ノット
 18:05頃 停止
当日は「海上平穏、風は北西の微風で風力3前後、16:00過ぎから雨を伴って風力やや増大」でしたから、大艦の高速発揮に対しては、気象条件は戦闘終盤を除いてさほど悪くなかったと思われます。

インヴィンシブルの状況について、"Battle Cruisers"は、
"Invincible however averaged 298 rpm for one hour and at one period reached 308 (rpm). Her draught was 28ft fore and 30ft aft, and as her bottom had newly coated before leaving England, she may well have made 26kts."
としています。
同艦の全力公試成績が平均喫水26ftで17,400T, 46,500shp, 295rpmで26.64ktsですから、フォ海戦当日の排水量は平均喫水29ftに比例とすると約19,400Tとなり、出力が推進器回転数の3乗に比例とすると298rpmのときは約47,900shp, 26.0kts, また308rpmのときは約52,900shp, 26.75ktsと推定され、同書の記事とつじつまが合います。
公試状態よりも大喫水であったため、最大速力としては僅かに及びませんでしたが、最大出力としては1割強上回る成績を発揮したわけです。しかし、この出力を発揮するためには、石炭に重油を混焼し、無理焚きの状態で主缶に負担を掛け、蒸発量を最大限に発揮しなければならず、また著しく発生した煤煙は、自艦および僚艦の砲戦指揮に悪影響を与えることとなりました。


3-1-2. ドイツ主力部隊

一方、逃げる側のドイツ主力部隊は、シュペー司令部ともども全滅したため、速力に関する下令時刻が不詳ですが、合戦図などより、筆者の推定を交えて記してみると、
 07:50頃 10ノット
 10:00頃 15ノット(先遣隊)、20ノット(主隊)
 11:22頃 20ノット
となり、同年夏以来の長途の航海による艦底の汚れのため、最大速力はせいぜい20ノット止まりであったと考えられます。
ちなみに1900年頃の英国海軍の実験では、半年間艦底の清掃を実施しないと、清浄な状態と比べて同一速力に対して2倍近くの出力を要し、また同一出力の場合は速力が3〜4ノット低下すると報告されています。



3-2. 補助部隊

3-2-1. 英国補助部隊

次に、英国の補助部隊ですが、個艦ごとに当日発揮し得た最大速力を記してみると、
 カーナーヴォン: 18ノット
 コーンウォール: 22ノット
 ケント: 24ノット
 グラスゴー: 25ノット
ストダートの旗艦カーナーヴォンは、もともとデヴォンシャー級がマンマス級よりも0.75ノット劣速であることに加え、折悪しく主機の弁調整の最中であり、その完了を待たずに出航したため、当日は最後まで所期の出力が発揮できず、当然速力も上がらずに後方に取り残され、ほとんど戦闘に寄与するところが有りませんでした。
周知のように、フォ海戦はたまたま当日敵艦隊が停泊地の沖合に出現したから生起したのであって、本来の作戦計画では翌日(12/9)以降に索敵に出航の予定でしたから、これは同艦およびストダートにとってある意味不運であったと言えるでしょう。

マンマス級の計画速力は23ノットですが、既述のように推進器交換によって最大1ノット前後向上することより、両艦とも当日23ノット以上発揮した可能性は残されています。
ケントについて「英国海軍戦史」第1巻は、
「航海性の低劣を以て聞えし『ケント』は、追撃開始時敵に後ること約7浬にして、且其の機関部員は8時間に亘れる全力運転を経て身体既に過労し居たりけるか、一度追撃行動に固定するや、同艦は一種の奇蹟を顕し、平常に見ざりし能率を発揮したり。即ち艦内総ての木具を集めて缶に投じ強圧(通風)焚火を為せし結果、忽ち従前に見ざりし速力を発揮し、艦員の語る処に拠れば、実に25ノットを発揮したりと云ふ」(P965)
と記しています。
この記事が事実の反映であるとすると、「艦内総ての木具」は、チーク材のように緻密で、発熱量が大で、火持ちも良い木材であること、および石炭との混焼であることが必須条件と考えられます。また、「25ノット」は、乗員の弁であることを別としても、当然対地速力ではなく、「25ノットに対する主機回転数」つまり同艦の計画速力23ノットに対して約1割増の主機回転数であることに留意すべきでしょう。

最後にグラスゴーですが、前月1日のコロネル海戦に敗退したのち、フォークランド諸島経由でリオ・デ・ジャネイロに回航され、同地で5日間にわたる入念な修理を受け、新造時に勝るとも劣らない状態に回復したとの記事を信ずれば、計画速力の25ノットを発揮し得たのはほぼ確実と考えられます。


3-2-2. ドイツ補助部隊

一方、散開して逃走したドイツ軽巡は、ドレスデンを除いて沈没したため、速力に関する記録が不詳ですが、筆者の推定を交えて個艦ごとに当日発揮し得た最大速力を記してみると、
 ライプツィヒ: 20ノット
 ニュルンベルク: 20.5ノット
 ドレスデン: 23ノット
これらの諸艦は、開戦後約4ヶ月にわたって長途の航海を続け、艦底の汚れに加えて主缶の衰耗のため、公試最大速力より2〜3ノット低下した値が、当日発揮し得た最大出力であったものと考えられます。


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