このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

大学の発祥 

古地図で訪ねる大学の始め

大学の発祥地を古地図と発祥碑で訪ねてみます。

青山学院大学



青山学院記念の地 碑
碑文から
青山学院は、米国メソジスト監督協会の宣教師により創立された3つの学校を源流としています。
 「海岸女学校」は、ドーラ・E・スクーンメーカーによって創立された源流の1つ「女子小学校」(1874年麻布に開校)が「救世学校」を経てこの地で大きく発展したもので、明治の女子教育に多大な足跡を残すとともに、青山学院の礎となりました。 

 
5千分一東京図 明治始めの地図 京橋区新湊町近傍


渋谷区 青山学院大学

渋谷区 青山学院大学
1888年(明治21年) - 海岸女学校が東京英和学校の土地を40年の期限で借り、上級生のみを移行。東京英和女学校と改称(この時点では合同はしていない)。
1895年(明治28年) - 東京英和女学校が青山女学院と改名。普通学部(高等科・予備科・普通科)、手芸部、幼稚園を置く。
1927年(昭和2年) - 青山学院と青山女学院が合同し、神学部・高等学部・中学部・高等女学部(専攻科・本科)を設置。

1926 大正15


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