このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

数百メートル進んだろうか突然 第二のオッサン(ホシカワさん)に出会い半分ビックリ!あと半分はホッとする。
大柄でいかにも山男風。大手建設機械販売店に勤め今年4月で定年を迎え、今は嘱託でいるらしい。私の残り少ないペットボトルを見て「水いらん?」
彼のリュックにはボトルがいっぱい 。訊くところによると彼もツガ桜を見に西赤石に登り脱水症状になったそうだ
これ偶然か…それとも西赤石に登ると脱水症状になるのか…?(^_^;)

これで水も確保できたので一緒に一本松停車所まで行く事になったり、今までの不安が一変し楽しい道中となった(^^♪
途中、二人にすれ違う  私を含め、好きな人もおるもんだ・・・と二人で感心する                                  ブログより

後に解ったことだがすれ違った人とは「お気楽会社のアルプの日記」さんのリンク経由で「四国の古道・里山を歩く」の中に私とHさんの事が出ているではないか
驚いた!確か第一岩井谷付近だったと思う   

 第一岩井谷

切り通し

写真のモデルになった場所で、今は周りを木が生い茂っているが当時ははげ山で断崖絶壁だ
海抜1000m近いはげ山を蒸気機関車が山肌を縫うように爆走している様子を想像するだけで鳥肌が立つ


「別子銅山のあゆみ」の中に面白い記事が載っていた
上部鉄道の挿話で有名なものは「かつて我が国鉄道技術界の奏斗として知られた某博士の子息が別子銅山詰となって赴任しようとした際、
父なる博士の餞別の辞に「別子に行くのはまことに結構なことだが、お前に心得のために言っておく…。」
子息は何事かとかしこまって聴くと、博士は「別子に行っても命が大事と思えば、くれぐれも上部鉄道だけには乗るな。」
と諭されたと言うことで、これは、「別子開坑2005年史話」、「住友別子鉱山史」のいずれにも記載されている挿話である。

左、石ヶ山丈停車場側より                         右、角石原側より

 

地獄谷08.8月撮影

地獄谷08.11月撮影

地獄谷の上部 水が流れると言うより石が流れる谷 これが名称の由来か?


上部鉄道3 .                                                 上部鉄道5.

 

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください