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北部九州訪問記

8月24日(水)

この日は9時53分の小倉行きでスタート。平成筑豊などの私鉄に乗る予定なので18切符は封印。
ゆえに少しでもケチろうと下関駅北の金券ショップへ行き、2枚セットの小倉⇔下関の乗車券を買ってIと分けた。35円くらい節約できた。


↑九州らしい車両でスタート

ボックスに向かい合わせで座る。関門海峡を越えるのは久しぶりである。
Iと寝台特急があった頃などを懐かしんでいるうちに海峡を越え、門司を過ぎ、13分で小倉に着く。
Iはかしわうどんなど食べようか、モノレールまで乗ってしまおうかなど迷っていたが、結局新幹線で大人しく研究室に帰って行った。えらいなぁ…。

ここからは独り身で、とりあえずロッカーにキャリーバッグを預けてモノレールに向かう。
北九州モノレール、平和通りあたりまでだけ乗っていたが、全線完乗は初めてである。QRコード付き乗車券がここでも使われていた。トイレがシャワートイレ完備だったのは、前日の鯨で腹を悪くしていた私にとってはありがたかった。

↑改札口。ビルの中から発車するので、フロアの一角に溶け込んでいる。   ↑小倉駅から望む。北九州市の市街地を貫く。

多摩都市モノレールと製造元が一緒なので、懐かしさもある車体に乗り込む。車内はロングシートだった。夏休みらしい中学生が終着駅企救丘近くのプールにでも行くのか、はしゃいで乗っていた。
モノレールは見晴らしがよく、北九州の街を観察するには持ってこいの乗りものだった。城野の手前で日豊本線を跨ぐ。同名の駅があるが、接続はしていないようだった。つなげればよいのにと部外者の私は思ってしまう。
競馬場前駅では北九州市立大学の建物が見えた。同じ公立大学に通う身としては親近感を覚える。ここは法学部を持ちつつも法科大学院は作らなかった。先見の明があったのか、ただ単にカネがなかったのか…
徳力嵐山口を出るとぐぐっと進行方向左手に曲がり、車庫を備えた終点企救丘へ。この駅の近くにはアドベンチャープールという大型遊泳施設があり、幼稚園児の団体が駅にいて騒がしかった。夏休みだなぁ…!


↑ホームドアならぬホーム柵がある                          ↑左手に車庫がある。その手前には本社。

企救丘から2分ほど歩くと、日田彦山線の志井公園駅がある。北九州モノレール側は、収益に響くので駅を設置しないでくれとJR九州に申し出ていたそうだが、結局駅ができたという経緯からか、こんなに近いのに接続している感じがない。JRのほうが安いが、本数は圧倒的にモノレールが多いので、あまりライバル感もないが。


↑こじんまりとした駅                                    ↑非電化単線、駅自体も1面1線の棒駅。

志井公園駅は一応嘱託駅員がいる。みどりの窓口は無い。近距離は自動券売機があったので、とりあえず城野まで買う。10時55分の小倉行きは2両のキハ47で、座席はおおかた埋まっているが立ち客が出るほどではなかった。
7分ほどで城野駅に着く。JR九州のキハ47を少しで降りることになり、ちょっと名残惜しい。日田彦山線完乗は別の機会に残されたのだった。

城野駅は最近改装されたようで、ピッカピカの橋上駅舎であった。駅前にマンションが建設中で、100万都市小倉の勢いを感じる。本数も1時間に5本はあり、大変便利。

↑木を使った温かみのあるデザイン                          ↑ここからは日豊本線を電車で南下

ここで813系に初乗車。乗り心地のいい転換クロスシートに凝った内装で、とても楽しい。

↑適度な柔らかさでとてもよい                             ↑吊革の配置が独特

20分ほどで行橋(ゆくはし)に着く。11時41分なので、昼食にする。事前に調べておいた、みそおでんを出すという評判のある三徳ラーメンに行くと、店休日(原文ママ)だった。ネットには定休日の情報がなかったのだが。

そこで別の店を探しに駅の東側に広がる商業エリアを歩く。福岡銀行のやけに新しい支店を通り過ぎ、道を折れると食べログで評価の高めなラーメン店に行きついた。豚骨ラーメンを頂く。流石北九州。おいしかった。
行橋、ここは確か市議が成人式のヤンキーファッションを擁護するくらいのヤンキータウンだったなぁ…と思いながらラーメンを食べていると、観光客向けの役者じゃないかと疑いたくなるレベルに立派な鶏冠を持つ若者4人が入店してきた。外見に反し礼儀正しかったのでとくに問題はなかったが、面白いものが見れた。
ちなみに後に宿を世話になった福岡出身の先輩にこの話をしたところ、そのレベルのヤンキーはさすがに珍しいとのことだった。

駅へ戻ると、既に平成筑豊鉄道の気動車が入線していた。

↑切り欠きホームから出る。右奥に見えるのは一応の改札と乗務員小屋

車内は部活帰りの中学生や、どこかの大学サークルっぽい若者、高齢者でそこそこ埋まっていた。ボックスわきのロングシート部分を確保し、「ちくまる切符」を買うため乗務員が来るのを待つ。詰め所に平成筑豊の駅員がおらず、自動券売機で企画券は買えないからだ。
発車5分前にようやくやってきて、ワンマンの精算機を稼働させると、両替の学生や団体客で車両前方が一時的に混雑する。こんなんなら駅員置けばいいのにと思いつつも、両替は機械で捌かれるので難なく乗務員から「ちくまる切符」を入手。1000円で平成筑豊全線が乗り放題という大変お得な切符である。さらに後述のように源じいの森温泉入浴料(600円)が含まれるので、途中下車して温泉に浸かれば実質400円で直方まで行けるのだった。

そんな源じいの森まで25分。心地よい気動車のディーゼル音とともに田園風景を楽しんだ。途中からは山がちになってきた。


↑源じいの森駅。田舎だ…!                              ↑こちらが温泉施設。みんな車で来るんだろうなぁ。

大学サークルっぽい若者達と降りた。男女比が男に偏っていたので多分体育会系なのだろう。女子マネージャーという昭和の遺構を目にした。早く滅ばないかな♪

そんな若者たちは駅前の研修施設らしき場所に消えていく。私の目指す入浴施設は線路を越えた場所にあった。時刻は午後2時前。暑い。早く汗を流そうと施設に急いだ。
施設では切符の番号部を切り取られる。バスタオルを借り、普通のタオルを買ってお土産にする。
施設内には休憩場所として、畳敷きの大部屋もあるようだった。数時間は潰せる。私は列車の関係で2時間が限度なのだが。

温泉は内湯が1か所と露天が2か所で、露天の片方は湯船の縁で横になれるようになっていた。屋根もあり、体を焼きたいおじさん以外は日陰でのんびり横になっている。横になり、青空を見上げると開放感がたまらない。天国や…!

天国では時間の経過が早く、あっという間に15時を過ぎる。後ろ髪を引かれつつ駅に戻る。田川高校の宣伝ポスターがやたら貼ってあったのだが、平成筑豊で通学できるのだろうか。

↑源じいの森駅ホーム                                  ↑各人の脇に出身中学が書き添えてあり、ターゲットが明確だ。

再びディーゼルカーに揺られる。今度は空いていて、一番前に座り、前面展望を楽しむ。と、運転士の鞄に見覚えあるキーホルダーが。運転手はガルパンおじさんだったのだ!(見た目的には若いのでお兄さんかもしれない)

↑大洗で売っているのかな?冷泉麻子だった。

思わぬところでガルパン人気を確認させられることになった。そんな運転士も田川伊田で交代していった。
ここからは伊田線に入る。本数も増えるのか複線になる。帰宅後調べたら、国鉄当時から貨物需要のために複線だったそうだ。風景も開けてきて、田園風景になった。14時56分に金田着。完乗のため糸田線に乗り換える。
ここに車庫と本社があるらしく、構内は広い。

↑ホームも広い

乗り換え時間が短く、あまり写真は撮れなかった。糸田線の車両も内装は同じで、客は数名であった。ここで猛烈な眠気に襲われ、終点まで寝る。といっても10分ほどで田川後藤寺駅に着く。

↑平成筑豊、JR日田彦山、後藤寺の3線の列車がそろい踏み          ↑キハ31。0番線から出る。

ここでキハ31と言うものを初めて見たが、なんと転換クロスシート装備だったのでとても乗りたかった…。

再び平成筑豊の車両に戻る。途中駅でボックスが空いたので座ってみたが、なかなかよい。

↑綺麗な車内。広告がスカスカなの悲しいなぁ。三江線ほどではないが。

金田へ戻り、またも4分接続で乗換えて直方へ。これで平成筑豊鉄道は完乗である。今度は筑豊電鉄に乗るため、駅を出て直方の街を歩く。筑豊直方駅がJR・平筑の直方から800メートルほど離れているからであった。

↑綺麗な駅舎。直方出身の力士魁皇の銅像が立つ。               ↑往時を偲ばせる広い構内

筑豊直方駅へはあえてアーケードのある商店街を抜けてみた。案の定、シャッター街化している。。



↑パチンコ店の前にあった看板。昭和で時が止まっている…           ↑いちおうこれだけ店舗があるようなのだが

商店街を抜けてさらにしばらく行くと、高架線が唐突に途切れている光景に出くわす。これが筑豊電鉄の直方駅なのだった。携帯で時刻表を調べると、ちょうど前の列車が行ってしまったばかりだったので、暑さしのぎに近くのローソンでコーヒー牛乳を買って飲んだ。


↑高架駅の筑豊直方。                                  ↑高架側から見ると、家が立て込んでいて延伸不可能なのが分かる。


↑ラッシュ時はホーム2つで捌くのだろうか                      ↑列車がやってきた。赤十字の広告電車だった。

駅窓口で時刻表をもらう。一日乗車券などは無く、基本バスと同じで車内精算なのだった。黒崎までは430円。16キロの道のりで、19駅もある。
時間帯が夕方なので、部活帰りっぽい学生が多かった。始発なので幸いにも座れた。
平成筑豊から一転して、路面電車の乗り心地を楽しむ。専用線ゆえ結構飛ばすので揺れる。がーっと走ってちょこちょこ停まる。客も中間など主要駅で入れ替わりが激しい。途中、山陽新幹線の高架をくぐった。今日お世話になる先輩が、筑豊香月が最寄りの公園で職場のソフトボール大会に出ていたそうなので、若干のニアミスをした。

ロングシートかつ客がかなり乗ってきたので、途中からあまり車窓は楽しめなかった。車窓が暗くなったなと思ったら、黒崎駅前であった。電鉄の駅が商業施設コムシティのビルに包み込まれているゆえであった。


↑バス乗り場のようだ                                  ↑黒崎駅前。右のコムシティビルには八幡西区役所と図書館も入る。

JR黒崎駅自体は改装中だったものの、駅前には広めのペデストリアンデッキがあり、百貨店の井筒屋もあるなど栄えている。デッキで駅前の国道3号を渡って降りた先には大きなアーケード街も存在する。ここで金券屋を探したが、見つからなかったので、小倉までは普通に乗車券を買った。

黒崎からは18時27分の小倉行きに乗る。ここで811系に初乗車。先頭まで行くと空席があったので転換クロスを堪能した。小倉に18時50分着。


↑方向幕が折り返しの荒尾行きに変わっている。                  ↑小倉駅南の一角には怪しげな場所があるぞい

預けていた荷物を回収し、金券屋でJR券を探し、結局なかったので普通に切符を買って本日の宿泊先である折尾まで向かう。
ちょうど夕方ラッシュ時に重なり、車内はなかなかの混雑であった。折り返しの快速荒尾行きに乗ったので、スペースワールドなどを通過してその走りっぷりに気分がよい。
19時31分に折尾に着いた。折尾駅はさまざまな路線が交差し、駅自体が改装中だったのでまるで迷路のようであった。


若松線のキハ47(↑)などを撮影し、ミスドでカフェオレを飲んで休憩していると、8時過ぎに先輩が車で現れた。通勤も車だそうで、やはり車があると何かと便利なようだ。

この日は先輩のおごりで唐コロ屋という神聖六文字っぽい居酒屋で呑み、その後別のバーをはしごした。シン・ゴジラの話などをしつつ、電光石火という日本酒を頂く。キリリとしておいしかった。
そして先輩のご自宅に投宿させていただく。ありがたや、ありがたや。


つづく

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