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寝台列車を乗り継いで〜サンライズ・はまなす・トワイライトエクスプレスの旅〜

 2014年5月28日、JR西日本は、車両の老朽化を理由にトワイライトエクスプレスを2015年春で廃止すると発表した。寝台特急好きの私としては、なんとか最後に乗っておこうと、旅行会社を回り、大学生協の旅行センターに通い詰め、奇跡的に9月30日札幌発シングルツインを入手することが出来た。そこで、北海道新幹線開業を前に「はまなす」にも乗っておこうと考え、9月27日から鉄路で札幌を目指す計画を立てて、実行することにした。

9月27日(土)
 
日付が変わって深夜0時30分、私は大阪駅の特急発着ホームにいた。今回の旅行では、途中福島に住む大学時代の友人Aを訪ねることになっている。その住まいは会津地方にあり、早い時間帯に会津へ着くには上りのサンライズを利用して、早朝の東北新幹線に乗ることが必要であった。ゆえに、3週間前にサンライズのソロを入手し(ノビノビでは寝られない可能性を考慮した)、深夜の大阪駅のホームに立つことになったのである。 
 週末だからだろうか、ホームには20人程度の客がいる。スーツ姿の出張帰りか単身赴任帰りが目立ち、最終の新幹線より遅く、始発の飛行機より早く東京に着く(7時8分)サンライズ号の特徴をよく示しているなと思った。私の乗るソロにも3人の客がいた。
人が恐ろしいくらいに詰め込まれた最終の高槻行きをホームの向こう側に見送ると、サンライズ出雲・瀬戸号の入線放送があり、14両編成の堂々とした電車寝台特急が姿を現した。

短い停車時間にいそいそと乗りこむ。サンライズ自体は4回目の乗車である。1度目は大学時代にシングル、2度目は大阪に移ってから今回のようにソロを利用し、3度目は今年の6月、シングルデラックスに乗った。ちなみにすべて出雲号である。

↑乗車案内                         ↑ソロの室内

今回は階下のソロであり、階段がベッドに侵食していてとても狭かった。1000円程度足せばシングルにグレードアップ出来るので、長距離であればそちらの方がよいと思った。
狭いながらも何とか着替え、横になる。線路と平行かつ階下のせいか、運転停車のたびに起こされることとなった。前回東京に行った時には首都圏名物人身事故に巻き込まれ、品川に9時台に着いたのだが、今回は遅れることもなく、定刻に東京に着いた。

↑ソロの室内(朝)                     ↑東京駅到着。

東京駅ではとりあえず朝食の取れる場所を探す。グランスタなども覗いてみたが、結局到着ホームの近くにあるおにぎり屋に入った。やはり朝食は和食がうれしい。
食事を終え、行楽客で混み始めた食事処を後にし、8時発の臨時やまびこ175号に乗るべく東北新幹線ホームへ。東北新幹線は殆ど乗る機会がなかったので新鮮だ。隣の長野新幹線ホームには北陸新幹線開業前に一足先に運用に入った新型E7系あさまがいた。
このやまびこではA席に乗ったが、臨時をあえて選んだお蔭で、隣にはだれも来ること無く、郡山までは快適な旅であった。郡山9時16分着。いっしょに降りた親子の娘の方が「大学より近い」と発言していたので、都心から遠い大学に通っていた者として同情をおぼえた。
いったん改札を出て、Wきっぷを買う。これは、通常よりもお得に郡山〜会津地方を往復できる切符で、Aから事前にこれを買うとよいと勧められていたのである。1860円也。
切符を買っても会津若松行までしばらく時間があったので、券売機そばのタリーズでカフェモカを購入した。
改札を抜けるとすぐの1番線に、会津若松行が既に入線していた。719系で、ボックスシートがあるのがうれしい。

↑719系。                          ↑会津地方の工芸品「赤べこ」のステッカーが貼られている。

列車は当初4両編成であったが、発車前に2両増結され、堂々の6両編成になった。土曜日で、行楽客が多いことへの配慮だろう。
定刻の9時41分から数分遅れて発車。新幹線からの乗り継ぎを待ったらしい。これを逃すと1時間後なので、待つのも仕方ないだろう。進行方向右手の2人掛け席に座れたので満足。
列車は各駅停車である。駅間が長いのでそこまで気にならないが、それでもちょっとかったるい。Greenで有名な?奥羽大の建物を過ぎ、喜久田に停車。このあたりはまだ郡山市の郊外である。しかし最初の主要駅である磐梯熱海に着く頃には郡山の市街地は消え失せた。この駅では快速「あいづ」と行き違う。くたびれた485系の車体が目の前に来たが、雨樋などそうとうボロボロだったので、置き換えもそう遠くはないなと思った。
磐梯熱海からちょっとした山越えをこなすと、猪苗代湖の湖畔に出る。私のいる席からは逆なので湖面はみえないが、見える側に座る観光客らが歓声を上げていた。
列車は湖畔からは少し距離を置いたところを走る。この日は天気がよく、磐梯山がよく見えた。

10時41分、定刻通り会津若松の駅に着く。さすがにかなり涼しい。改札に向かって歩いていると、Aが声をかけてきた。

ここから先はしばらく鉄道を離れ、車である。Aの自家用車に乗り裏磐梯に出発。
国道49号線を走り、途中で県道64号線に入り、磐越西線の下をくぐる。これが磐梯山ゴールドラインと呼ばれる裏磐梯への観光道路である。A曰く冬はゲレンデとなるそうで、たしかにスキーが出来そうな斜面をつづら折りで登っていく場面があった。

↑49号線沿いにはAIZUマウントエクスプレスが展示(放置)されていた…↑途中の見晴台からの風景。

しばらく進むと、桧原湖畔の観光拠点に着く。ここで昼食。Aの友人の実家だというレストランへ。
黒胡椒の効いた国産牛100%のハンバーグはとてもおいしかった。

帰る時に店員のおばちゃんが「このへんは冷えるから風邪引かないようにね」と温かみのある福島訛りで声をかけてくれた。西のきつめの方言ばかりを聞かされている私の耳には、こちらの方言はとても優しく聞こえる。

食後は腹ごなしも兼ねて五色沼を散策することに。私はこの日初めて知ったが、裏磐梯では有名な、いくつかの沼地が見られるハイキングスポットなのだそうだ。比較的大きな沼ではボート遊びも出来るようで、カップルや家族連れの船が何艘か浮かんでいた。


↑この沼はボートで入れる。他の沼へは堰き止められて入れないようになっていた


↑火山成分で草(葦?)と接する部分が茶色い



この沼に限らず、付近の河川は磐梯山の火山活動の影響を受けているようで、川床が茶色かったりする。

Aは以前小学校の遠足(林間学校?)がこの地だったそうである。またのちのトワイライトに同行してくれたTは小学校の修学旅行でこの沼を訪れているとのことで、日光や伊豆と並んで、五色沼は関東地方出身者には案外身近な存在なのかもしれない。

沼を観て回るだけだと軽い気持ちだったが、ここは福島の誇る山岳地帯。岩がごろごろある登山道や、熊出没注意の看板、全身熊よけ鈴の登山者などにかなり圧倒された。時間の都合もあって半分ほどで引き返し、山道から駐車場に戻った時には足の裏に違和感さえ感じるほどの、久しぶりの本格的「ハイキング」で、日ごろの運動不足がかなり解消されたように感じた。。

五色沼を観て、お土産店を冷やかした後は、猪苗代湖へ。今度はレイクラインを通る。秋晴れの、紅葉が少し始まっている裏磐梯は素晴らしい景色の連続であった。
湖畔に降り、猪苗代湖に沿って走っていく。Aによれば湖の南に布引高原という場所があって、風車が何基も立つ光景が見られるとのこと。夕刻も近付く中、なんとか日のあるうちにと頑張って車を飛ばす(もちろん法定速度で)。
ふたたび裏磐梯のようなつづら折りの道を走破すると、そこには高原の名にふさわしい空間で、何十基もの風車が立っていた。


↑近未来的な光景。この山からは猪苗代湖を望むこともできる。 


↑A曰く近くの別の山にも立てているのだという。

農産物の直売所やトイレのあるメインのエリアからさらに奥の駐車場へ。ここからは再び登山である。雪に押しつぶされたという手摺の残骸に恐れをなしながらも、なんとか頂上につく。そこには三内丸山遺跡の謎の構造物にそっくりな、古い団地の階段だけ持ってきて据え付けたような見晴らし台があった。

バリアフリーという概念は存在しない。

登山した上にさらに5階分の階段とはかなりきつい。しかしここまで来て登らないのはもったいないので頑張って登る。
登ったら登っただけの甲斐はあった。そう思わせる素晴らしい光景が広がる。





↑屋上部分はこうしたベンチがそなえてある。手すりには付近の山の解説があった

しばらく滞在して、元来た道を下り、駐車場の車に戻る。付近はもともと大根畑だったそうで、カーナビに出ない道などを少し走ってから、日が傾きかける中、チェックインの時間が迫る宿に急いだ。

宿は東山温泉という、会津若松市の奥座敷にある、「庄助の宿 瀧の湯」というところ(Aよ安く取ってくれてありがとう)。土曜日だったので、温泉入口の駐車場はほぼ満車だった。宿へはここから送迎バスに乗り数分である。バスの車内には利き酒コーナーと称して冷やしたビールや日本酒が備えられていた。酒仙であるAは、これもあったから今回の宿を取ったといいながら、バスに乗り込んですぐ缶ビールを手にしていた(運転お疲れ様でした)。わたしは空腹だったので、バスの車内では遠慮しておいた。



この瀧の湯は、その名のごとく旅館の脇を滝が流れる風流なところであった。露天風呂からは心地よい沢の音と水の流れが楽しめたほか、部屋も沢に面していてとてもよい雰囲気であった。その分部屋には虫も多かったが、これは場所柄仕方なかろう。

美味しい料理とお酒、温泉に満足しながら、Aといろいろ楽しく語らい、0時ごろ就寝。

つづく

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