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アメリカ西海岸訪問記その2


3月6日(木)

朝8時前に起きる。この日は、UCLAを見に行く予定であった。
朝食に下に降りる。普段は締まってるドアが開けられていて、朝食スペースが出現していた。
適当にパンを選んだが、ワッフル製造機があるのを発見し、まごついているとウエイトレスがやれやれという表情で使い方を見ぶりで説明してくれた。このワッフルが自分で焼くのが楽しく、焼き立てで美味しいので朝食は毎回これを食べていた。なお国内旅行者らしいおっさんもまごついていたので、アメリカ人でもワッフル製造機はあまり身近ではないのかもしれない。
なお宿泊客に日本人はほとんど見なかった。皆どこに泊まっているのだろうか。

食事を終えて、フロントに寄ってタクシーを手配してもらう。20分後に来るそうなのでそれまで部屋でくつろぐ。

20分後に降り、フロントでタクシーを、と言うと、先ほどとは別の人が出てタクシー会社に電話を始める。さっき頼んだのですがと言おうと思うがなかなかうまく伝わらない。「20分前に云々」と英語でつぶやき、ああ「さっき頼んである」とはどう言えばいいのかと右往左往していたが、何かしら伝わったらしく電話を切り上げてくれた。そしてしどろもどでいると、頼んでおいた運転手がフロントにやってきて「呼ばれたんだけど?」と言ってくれたのでことなきを得た。

特にタクシーらしい外装ではないものの、清潔感漂うアメ車に乗り、フリーウェイを飛ばしてUCLAに向かう。UCLAはLAでもサンタモニカ寄りにあり、ダウンタウンからは距離がある。
日本でも有名大学は郊外にあることが多いが、LAでもそういう事情があるのだろうか。
道は空いており、40分ほどでUCLAに着く。料金は40ドルほどだったと思う。


↑大学前の通り                      ↑スポーツ用品店のようだった


↑キャンパス案内。広い(確信)             ↑救急車が走ってゆく。写真左手に大学病院があるかららしい。

日本のキャンパスと違い、一般道が入り込んだり、外との境目があいまいなので物珍しいと写真を撮る。大学の看板があったので記念撮影にいそしんでいると、東アジア系の女性が「写真お願いできますか?私たちも撮ってあげますので」と英語で話しかけてくる(これくらいは聞き取れる)。というわけで撮影。その女性はご両親と思しき人達と一緒だったが、後にバリバリの関西弁を話しているのを聞いたので何のことは無い同胞であった。どうも西海岸はアジア系が多いので保険をかけて英語で話しかけるようだ。




撮影を終えてキャンパス内へ。まず遭遇したのはメディカルプラザ。歴代大統領の名前が冠されており、寄付を受けて建てたのだろうか。

さすがに中には入らなかった。

これでYの大学病院が見たいという希望がかなってしまったので、私の希望で法学部とロースクールを探す。
キャンパス内は広く、Yがキャンパス内巡回バスが走っているのを見つけたので、それを使って法学部方面を目指す。
バスは無料であった。

↑車内。清潔だが椅子が固く乗り心地は良くない

10分ほどで文系学部の集積する地区に着く。
大通りから離れたので、静かな雰囲気である。しかし皆車を使うようで、そこらじゅうに駐車車両がある。


↑こちらは音楽学科の建物               ↑自転車移動組も多い


↑法学部図書館を発見。                 ↑無事ロースクールに到着!


↑記念撮影。

ここも中に入る勇気は無く、ロイズホールというキャンパスで一番有名な場所に向かう。
ロースクールからは近く、広めの通りを歩くと赤茶けたタワーが見えてくる。
と、なんだか騒がしい。4大ネットワークの車が見え、タワーのふもとまで伸びる行列が目に入る。
有名人が来ているのか…と思いきや、なんとヒラリー・クリントンが来校している模様。
ホテルに戻ってからのニュースにはビル・クリントンも写っていたので、夫妻で動いているようである。これを書いている今では次期大統領候補なので警備も段違いに厳しそうだが、このころは入り口に警官が数名見えるくらいであった。


↑パラボラアンテナが並ぶ光景は壮観                        ↑CNNの中継車を撮ってみた


↑かなりの行列。事前の申請なく並べば入れるのだろうか?          ↑荘厳である

ロイズホールすげーと眺めていると、デモ隊がやってきた。日本では絶滅危惧種の学生デモである。ヒラリーは国務長官を務めていたので、反政府系か反民主系なのだろう…と思ってい見ていると「ヒラリーはアフガンでたくさんの人を殺している」と主張し始めたので反戦デモであった。


↑デモ隊が地面にチョークで書いた主張(読みやすくするため色調補正をかけた) ↑列が動き出したのを見計らってシュプレヒコールを上げるデモ隊


↑デモが始まると白バイ隊員がやってきた。キャンパスポリスかLAPDなのかはわからなかった。

いかにもアメリカな光景を楽しんだ後は、昼食を採りにUCLAストアへ。
メキシカン、アメリカン、いろいろあったが結局中華にした。


↑アメリカではよく見かけるPANDAエクスプレスというチャイニーズチェーン  ↑甘辛チキンとチャーハンと牛肉と青菜の炒め?らしきもの

中華はメイン1品とおかず2品で6ドル99セント、全五品の9ドルセットと言うボリューミーなものもある。私は平均的日本人程度の食事量なので6ドル99セントのセットでもかなりボリューム感があった。味付けは濃いものの、とてもおいしい。外国で飯に困った時は中華を食えという金言があるが、まさにそのとおりだろう。フォーチューンクッキーが付いてきた。珍しいので鞄に入れ、結局日本に持ち帰ってから開封したのだった。

食事を終え、UCLAストアで土産を買う。ストアの場所は、Yが勇気を出して食事の隣席のアジア系学生に聞いた結果、食堂より下の地階にあるそうだった。
エレベーターで地下に降りる。
まず郵便局に寄る。きのう書いた絵葉書を日本に送るためである。
住所を確認していると、日本人留学生らしき人が横浜に向けて荷物を出す場面に遭遇した。
Yはここでハリーポッター記念切手を買っていた。先に買ったものがはがれていたらしく、身振り手振りで新しいものと交換させていて、さすがだと思った。

郵便局の後はストアへ。一番下が書店であり、その上がグッズ売り場であった。全米のみならず海外からも客が来るためか、その辺のホームセンター並みの広さがある。書店では日本からの修学旅行生と思しき高校生がいた。また10歳くらいの女の子が「Oh,Gosh!」と言いながらやれやれという表情で弟を追っかける場面に出くわし、齢10にして大人のような苦労をしているのだなぁと感慨深い。海外小説で頻出のgosh(god)を生で聴けたのは面白かった。
書店では法律書の棚を眺めてみたが、タイトルすら読みとれず、撤退した。

ストアでTシャツやUCLAのオフィシャルマスコットらしいあまりかわいくないぬいぐるみを買った。またノートやファイルを買い、土産とする。アメリカサイズは日本の1段上であると聞いていたので、LのつもりでMを買い、MのつもりでSを買った。しかし帰国後に着たところやはり少し大きかった。

こうしてUCLAを堪能した我々は、次の目的地である「ロデオ・ドライブ」に向かう。
さいわい、大学を出たところにタクシーがいたので、それに乗る。
ロデオ・ドライブはLAの高級住宅地ビバリーヒルズ近くにある高級ブティックなどが並ぶ一角である。
それゆえ途中でビバリーヒルズを通るのだが、緑の多いまさに高級住宅地と言った趣の場所であった。
運ちゃんが「マドンナの家だよ」と教えてくれたのを「マクドナルドの家」と聞き間違えて、はあここが世界的企業の経営者のお宅なのかと見入ったりしていた。
UCLAからは20分ほどで、高級車が平然と路駐される空間に着く。


↑シャネルの路面店がある                               


↑見た目からして只者ではない。帰国後、車に詳しいKに見せると「ブガッティ ヴェイロンじゃん!!」と非常に驚かれた。なんでも2億弱するそうで…。どおりで周りの米国人たちもガンガン写メっていたわけである。


↑これは私にもわかる範囲の高級車、ベントレーである。

Yはここにあるグッチで、母親に頼まれたバッグを探すため店に入ったので、私もついて行った。店内はスーツをパリッと着こなしたいかつい目の黒人男性が、威厳を保ちながらもにこやかに客を迎え入れていた。商品に値札が無いので迂闊に「これがほしい」などと言える雰囲気ではなかった。
Yは店員にバッグの取っ手の素材などを説明し、あるかどうか聞いていたが、どうやらこの店では取り扱っていないようであった。
私もブランド物を土産に買うつもりではあったが、ここではとても買う勇気が無く、帰路の空港で買ったのだった。


ロデオドライブを散策した後は、シティホールを見た後、タクシーでホテルに戻る。

この時の運ちゃんはやたらと道路に唾を吐き、four letter word を平然と口走る品の無い男であった。挙句ホテルへの道を誤り、1ブロック手前で降ろされたが、36ドルのところチップ含めて40ドルきっちり持って行ったので逞しいというか厚かましいというか。捕まえた時、客の荷物を降ろすのを手伝ったりしていたので、悪い奴ではないのだろうが、道中、道を譲る譲らないのでヒートアップして「fxxk!」と悪態をつくのには閉口した。

道を誤りはしたがホテルに帰るのには支障が無く、ほっとする。
この日は夜、HISで申し込んだ199ドルのオプショナルツアーに参加する予定だったので、遅れると一大事であった。
リッツミルナーで買った土産などを置き、集合場所であるホテルフィゲロアに向かう。なおこの時、客室係にスーツケースの取っ手を壊されていたのが発覚した。

フィゲロアは我々の投宿先とは打って変わり、エスニックでしゃれた雰囲気のホテルであった。どうやら日本人客はこういうホテルにいるらしく、同じオプショナルツアー参加の女子大生2人がロビーに先客としていた。

日本人中年男性の迎えで、バスに乗り、グリフィス天文台方面に向かう。途中、ユニバーサルスタジオやハリウッドでも客を拾い、車内は卒業旅行の学生で満杯となった。皆が皆、ウェイ系リア充Facebookなどに「アメリカを制覇してきたぜ!」などと書きそうな頭の連中だったので居心地の悪さを感じる。

←道中見かけた謎の日本料理屋「MIYAKO」

バスは天文台に行く前に、有名なダイナー「CASTAWAY」に寄る。ここで夕食、アメリカンなステーキが食えるのだ。


看護学校の生徒らしい女子4人の隣に、Yと向かい合って座る。その女子たちは私から滲み出る負のオーラを察してか、テーブルに余裕のない中30センチほど間隔をあけようと頑張っていたので、いくらなんでもそりゃねえべやという気分になったが、気を取り直してステーキの焼き加減などを考える。

医大生のYは生は怖いと、ウェルダンを頼み、その他の私を含めた同調圧力に弱い日本人どもはお薦めに従いミディアムにする。食後はコーヒー。
この時Yに言われて思いだしたのだが、高2の修学旅行の時、彼がハウステンボスで昼食に注文したステーキが生っぽかったので「焼きなおして」と言ったところ炭になって返ってきた場面で、私は「アフリカでは生でも食うんだ」とケニア旅行帰りを振りかざしていたそうである。恥ずかしや。。

そんな会社更生法適用レジャーランドとは違い、このダイナーはきちんとした焼き加減で出してきてくれたので、Yは満足していた。


↑サラダ。やけに歯ごたえがあって食べがいがあると思ったが、SFの友人S曰く露地物なんだそうである。↑ミディアムでこの赤味。

さすがのアメリカ式ディナーは量が多く、2人とも食べ残しつつダイナーを退散。夜の9時ごろ、グリフィス天文台に着く。


↑闇夜に浮かぶ天文台                                 ↑ジェームス・ディーンの胸像。「理由なき反抗」は未見なのだが。


↑眼下にLAを一望できる                                ↑天文台の脇の階段や通路から夜景を眺められる

天文台の中も開放されていた。しかし土産物店は9時で閉まっており、記念の品が買えなかったのが残念である。


↑マイクロウェーブ                                     ↑カリフォルニア州隕石マップ。結構墜ちている。


↑真ん中のドームに備え付けられている振り子。                  ↑ドームに書かれた絵


↑月の模型                                          ↑その脇には本物の月の石が…!

説明文のタイトルが分かる程度の英語力だったがそこそこ楽しめた。

ロサンゼルスは旅行者にとって夜出歩くのに抵抗のある街だったが、こういうツアーなら安心して夜も動けるので、参加してよかったと思った(が199ドルは少し高いのでは)。
←帰りに見た吉野家


10時過ぎにホテルに着く。帰りはさすがに各自のホテルの前で降ろしてくれるのでありがたい。リッツミルナーで降りたのは当然我々二人だけだったが。


↑部屋の様子。ベッドは大きめ。            ↑トイレ                           ↑風呂…ではなくシャワーのみ。

私はこの日の夜から風邪をひいたらしく、旅行中喉がしんどかった。熱もあったが濡らしタオルを頭に載せて寝たら改善されはした。

つづく

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