このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
鉄道コーナー MaboroshiKidou
嵐山の謎の電車と回答
京都の保津峡、嵯峨野方面に1970年代後半、友達と遊びに行った時、嵐山付近の住宅地の小さな公園の片隅にボロボロの電車が置いてあるのを見つけました。
放置されていた電車
普通保存車両であれば、何か説明書き等の案内があるはずですが、周囲には何もなく又状態もひどく、保存されてる様には見えませんでした。 又車体には型番や会社名など、この電車の履歴を知る目印は何もなく、この電車の正体を知ることはできませんでした。 公園の集会所として使用されていたのではないかと思われます。
写真を一枚撮影し、この公園を後のしましたが、正体がわからないままで、ずっと気になっていました。
周囲に鉄道は京福電鉄嵐山本線、阪急電鉄嵐山線、JR(国鉄)山陰本線がありますが、いずれの鉄道とも関連は無い様に感じました。 最近まで写真を撮影したことも忘れていましたが、最近出版された廃線跡に関する本などにより、愛宕山鉄道の存在を知りました。 愛宕山鉄道は戦前、嵐山〜清滝間を走っていた鉄道です。電車を撮影した場所ははっきり覚えていないのですが、愛宕山鉄道の走っていた路線に近いと思います。
これらよりこの電車は愛宕山鉄道の車両の可能性もあると思われますが、愛宕山鉄道の車両を記載した記事は手元には無く、確認できません。
又、遠方の鉄道の車両が運ばれてきた可能性もあります。 この電車が今も公園にあるかどうかもわかりませんし、この公園の明確な場所もわかりません。この様にこの電車に関して今の所、謎だらけです。
これらに関して、ご存知の方がおられましたらメールにて是非御連絡お願いします。
<回答> Yamazaki様よりこの電車に関する回答をいただきましたので、掲載いたします。ありがとうございました。
<回答2> Yamazaki様よりこの電車に関する大変詳細な続報をいただきましたので、掲載いたします。ありがとうございました。
1.廃車体の京都市電200形の詳細
製造は昭和2,10に28両に始まり昭和4,1まで延べ93両の多数を全て梅鉢鉄工所にて 仕様は定員60人 最大寸法は9.144*2.388*3.755ミリ モータは25馬力*2 台車は住友製鋼所製の低床式木造単車
■廃車は昭和26,2に53両、同27,10に7両と毎年少しずつ続き昭和34,13両を最後に全て消滅した。しかし番号が不明で、残念ながら特定が出来ません。
2.廃車体の置かれていた公園
元愛宕山鉄道の釈迦堂前電車庫跡です。当時は上下線から入線が出来、2線分の木造庫が有りました。
4.愛宕山鉄道の車輌の詳細
新京阪鉄道から1型 3.5.6.7.8号の受け渡しを受けた。 改造として、電気制動機取り付け・サイドステップ ,年間使用料は、年間1000円 、昭和10年9月9日付けで購入申請の上正式に自社の車輌となる。
北大阪電鉄(新京阪鉄道)1型の仕様
定員78人(座席38・立席40) 最大寸法(長さ*幅*高さ)37´−5゜×8 ´−7゛×12´−1.1/2゛(11405*2610*3696㎜) 自重 12.7英 トン 台車 Brill76-E1 600V モータ50HP*2 (GE-203P) 直接制御器 GE・K36C 大正10年3月梅鉢鉄工所
愛宕山鉄道車輌の消息
1〜3 → 京阪電鉄1型1〜3(昭和34年12月19日廃車)
4,5 → 京福電鉄ホサハ51型51〜52(昭和40年9月27日廃車)
愛宕山鉄道の電車は、連結器が連環式(バッフア)のままであったのが特徴でした。
この電車を撮影した場所が、愛宕山鉄道の電車庫跡と考えていましたが、最近、この付近を探索しましたが、完全に該当する場所は無く、又、この付近に住んでおられる方より貴重な情報をいただきましたので、次のページで紹介します。
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