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ひとりごと  6

時計を捨てよう

林道探訪

変わり者

生年月日を忘れよう

対等の言葉

バランス

自転車 2

なつかしい言葉

シアワセノート

人の風景

タカラモノ

自転車

パンクしてしまった!

歩きの旅

失くしたモノ

冒険心

日本は狭い!?

キッド

考える人


03/09/09    『時計を捨てよう』

世界水泳をテレビで観ていた時に、古舘アナが
「時間を作ったのは神で、時計を作ったのは悪魔」
と言っていて、なるほどなあと思ったものでした。


旅行中は、時計を気にしないようにしています。夕暮れになって何処かに泊まろうかという段階で時計を確認するという感じです。
日頃は全て時計に束縛されているから、せめて旅行だけは自由でいようという感じです。
だからあらかじめ泊まる所も決めていません。


泊まる所は、旅のバイブル「ツーリングマップル」に紹介されている公営宿舎のみです。
泊まるのが目的ではありませんから、それで十分なのですね。


テントの中でも時計を外します。
何時になったから寝るというのではなく、
寝たくなったから寝るなのですね。
そんな旅時間を過ごしていると自然に夜明けと共に起きるようになります。

自転車で日本各地を廻っていた時は、
真夏の海沿いでの話ですが、4時頃になるとスーッと涼しくなるのを感じました。
神経が研ぎすまされていくのですね。


時には、時計を外してみるのもいいのかもしれません。
大丈夫、大丈夫・・夜が明けない朝なんてありませんから。^^

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03/09/07  『林道探訪』

「林道探訪」を始めてから1年位が経過しようとしています。
地元の林道は、9割位は廻ったという感じです。


振り返ってみると、情報だけという気がして遊び心が殆どないなあという探訪になってしまったような気がします。
2年目からは、すこし遊びを取り入れようと思っています。


子供の頃、いつもしていた「道草」って奴ですね。
今じゃ「道草」できる道は林道だけでしょうか。(笑)


四季折々の表情や録音なども取り入れて
自然の爽やかさ清々しさなどを感じて頂けたらなあと思っています。

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03/09/03   『変わり者』

1週間ばかり大工さんのサイトを覗いていました。
この方は宮大工の流れを持つ大工さんなのですが、
だから道具は大切に扱っておられるのですね。
でも道具を大切に扱うことは「変わり者」に見られてしまうらしいです。


近年、家を建てるということは「組み立てる」といった方がいいそうで
大工の技術もそれほど問われることもないそうです。


そういったことが道具を大切に扱う人に対して
「変わり者」という蔑称をつけてしまうのだろう。
逆に「変わってない者」ってどんな人なのだろう?
世の中に流され、夢も希望もない人?


これは言い過ぎだけど
他人を蔑称するのであれば、自分が「何者」であるかは答えられないとね。^^

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03/08/31  『生年月日を忘れよう』

といった内容のコマーシャルが新聞の一面を飾ったことがありました。
宝島の宣伝コピーで美輪明宏さんが出演されていました。


話は少し変わりますが、欧米では兄弟を紹介する時に兄、弟といった紹介はしないそうです。
仕事仲間でも上司、部下といった紹介もしないそうです。


日本では儒教の影響であろうけど、こういったことにはこだわりますね。
日本よりこだわるのが韓国で、まず出会ったら年令を聞くそうですね。
年長者を敬うということを徹底しているそうです。


ワールドカップサッカーの韓国チームでは、先輩に対して絶対服従のチームを
まとめるのに外国人監督が四苦八苦したそうです。


日本のチームでは、中田なんかは年長者でも呼び捨てにしていたそうですから
韓国のチームとは違っていたようです。


(ちなみに福沢諭吉は人を呼び捨てにしたことはなかったそうです)


どちらが良いのか悪いのかは人それぞれなのでしょうが、
生まれた上下が足かせになるようなら、生年月日くらいは忘れた方がいいような気がします。


それになにかと年のせいにしたがりますからねえ。
年をとると物忘れが激しいと言われますが、
あれは嘘らしいですからね。


記憶の仕方を変えれば良いと何かで読んだ記憶がありますが、(その何かで?は忘れてもどうでもいいような何かで・・なのですね)
どうでもいいような記憶はとっとと忘れて、本当に大事なことを記憶しておけばいいと思うけどなあ。

 

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03/08/27   『対等の言葉』

雑誌、本を読んでいたらこのようなことが書いてありました。
「ご苦労さま」という言葉は上から下に向けていう言葉である。
「愛してる」という言葉も上から下に向けていう言葉である、その逆は「慕う」である。

だから「愛し合う」という言葉は、間違った表現なのかもしれない。
まだ日本の場合は、対等で話す言葉が成熟していないといいます。


昔、武家社会は「兜」を飾って男子の成長を見守る風習がありました。
町民社会は、それに対抗して「鯉のぼり」を空に掲げました。


何かが足らなかったら何かで補ってしまう。
そんな感じがとても清々しく感じます。


昔のように隔絶した上下関係が言葉を作ってきたのなら、
今こそ対等な言葉を言葉を作り出せばいい。
もし新しい言葉でアイを表現出来たなら、一生その人をアイシテ(?)いけるのかもしれない。

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03/08/26   『バランス』


バランスを保つにはどうしたらいいのだろうか・・


依存症という言葉があります。
バランスよく依存してればいいのだけれど、どれか過多に依存していると依存症になるという。
人は弱いものだから、いつ自分がそうなってもおかしくはない。


読書をする場合は、出来るだけバランスよく読むようにしています。
読む基準というのは、おもしろいから・・ではないのですね。


森というのは、絶妙なバランスの上に成り立っています。
その中に身を置くとざわついた心が落ち着くのがわかります。


おもしろいものばかり追い掛けているとバランスを崩すような気もします。

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03/08/23   『自転車 2』

前に自転車サイトを眺めていたら自転車が欲しくなりました・・と書きましたが、その自転車の種類はクロスバイクという種類です。
クロスという意味は雑種という意味だそうで、マウンテンバイクとロードレーサーの雑種がクロスバイクだそうです。


欲しいとはいうものの、お金のメドが立たないので自分の自転車をクロスバイク仕様にしようと考え、前に潰したマウンテンバイクの部品を今乗っているランドナータイプの自転車に代えようと思いました。


マウンテンバイクの方がギヤが軽めなので、まずこれを交換です。
ハンドルもフラットハンドルに交換。(ツーリングの時はドロップハンドルに)
タイヤもクロスバイク用のものに交換しようと思っています。


これだけでクロスバイクの完成です。
ハードな乗り方はしないつもりなので、これであと10年は乗れるなあ。^^
乗り心地もとてもよくて、自然鑑賞型のんびりツーリングにはピッタシです。
2台を1台にしたので愛着も2倍かな。


日本全国を走った自転車なので、そう簡単には潰さない。(笑)
結局、誰かが自転車を買ってやると言っても私はこの自転車を選ぶだろうなあ。
結局、金じゃあねんだよなあ・・

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03/08/22   『なつかしい言葉』

創刊一周年の雑誌「考える人」の中の茂木健一郎さんの文章の中に「なつかしさ」について書かれてありました。


『遠野物語』の一文を引き合いに出して、このようなことを書いています。
「現代の私たちがこのような記述を読むと、なぜかなつかしい気持ちがする」


なぜなつかしいのか?
「ごくありふれた言葉の一つ一つが、実はピラミッドと同じ意味での歴史の痕跡である」


前に知り合いのHPの中に私が生まれる前のグリコのおまけについて
私は「なつかしいなあ」と掲示板に書いたのですね。


年令をサバ読んでいるのかと言われてしまったのですが、
その時に、なぜなつかしいと感じてしまったのか考えてしまいました。
おそらくテレビ、本の影響なのかもしれません。


なつかしいなあという感情が私にも移ってしまったのかもしれません。
言葉と同様にそのグリコのおまけにも歴史が刻まれているのですから。


現代人の言葉の乱れ・・と言われて久しいですが
なぜ言葉の乱れがいけないのかと問われたら
言葉の持つ歴史やなつかしさをなくしてしまうからというのは乱暴な意見だろうか。

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03/08/20   『シアワセノート』

ほんの些細なシアワセをノート(パソコンの表計算で)に記しています。
例えば誰かに何かを貰ったとか、買い物したら店員の態度がよかったとか。
結構あるもんなんですね。
でもそんなシアワセも書き記さなかったら、すっかり忘れてしまっている。^^


マザー・テレサという人は、
周りの人を幸せにして下さい。そうすれば世界が幸せになります・・といった内容のことを言っています。


なるほどなあと思います。
そのシアワセノートを見ていると、なんだか周りの人をシアワセにしたくなります。
私の悪い所は、例外な人もいると思ってしまう所ですが・・ ^^


人は自分勝手な生き物ですから、忘れてはいけないことは書き記すべきかなあと思います。
やはり感謝は忘れてはいけないなあと思います。


冷笑主義の世の中でこんな甘ったるいことを書くと笑われてしまいますが
「感謝」以上の言葉は見当たらないし、
「感謝」があれば周りの人をシアワセな気分に出来るのだと
たとえ笑われようがそう思ってしまうんですねえ。^^

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03/08/18   『人の風景』

私の撮る写真には、人の写っている写真が少ないと思います。
単純に美しいと思う写真しか撮らないからなのですが、
人の風景でも美しいと思う時があります。

誇りを持って 生活している姿とか、本を読んでいる姿とか・・
個人的には、女性が本を読んでいる姿にはドキリと感じてしまいます。

私が本を一番読んだ時期というのは、18から25才位でしょうか。
年間200冊位は読んでいたと思うのですが、
内容は殆ど忘れてしまったといってもいいと思います。^^

でもどこかで読書の恩恵は受けていると思うんですね。

一般に読書は遅効性と言われていますが、今、すぐに役に立つということは少ないと思います。
ある時、ふと役に立つ・・それが読書のおもしろさであり 効用なのだろうと思います。

最近は、読書量はグッと落ちてしまったのですが少し時間を作って本をじっくりと読んでみたいなあと思っています。


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03/08/16   『タカラモノ』

2,30年前と比べると今の生活は宝の山のような生活なのだろう。
でもそれを実感できないのは、
資本家がありとあらゆる手段で私達の好奇心をくすぐってくるからなのだろう。


バイク、自転車の整備をしていると整備の基本は洗車なのだと分かります。
磨いていれば自然と整備不良な所が分かります。
バイク、自転車がタカラモノであるからこそ、そのように出来るのだと思います。


資本家にくすぐったがれるよりも
タカラモノをくすぐってあげたらどうであろう。
きっと踊り狂って私達を楽しませてくれるような気がしますが・・^^

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03/08/13   『自転車』

最近の自転車はどんなものがあるのだろうかとネットを彷徨していると
やはりというべきか欲しくなりました。


買うとなると値段とかの折り合いを考えなくてはなりませんが
自転車以外の燃料費、健康費、自然に優しい乗り物と考えると
すぐにペイできてしまうじゃないかと自らを納得させてしまっている自分がいる。
(買うというわけではないのですが)


ただ自転車が安全に通れるような道路じゃないというのがネックです。
そういった社会資本を作ってきなかったことが自転車という乗り物が
ヨーロッパのように普及してこなかった理由なのでしょうが。


それにともなって自動車に乗っている人の横暴さにも腹が立つし
「おまえらのどこが偉いんだ!」と怒鳴りたい気分にもなってしまいます。


前にも書きましたが、斉藤純さんの書かれているように
自転車、歩いているほうが偉いと思います。


話は変わりますが自転車という乗り物は、メンテさえしていれば
10年、20年、30年と乗れるものなのですね。(部品があればの話ですが)


子供時代に、まず欲しかったのは自転車だったと思うのですが
そんな気持ちを一生持ち続けることが出来たなら素敵なことだなあと思ったりしています。

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03/08/11   『パンクしてしまった!』

まったくもってオハズカシイことに先日バイクのタイヤをパンクさせてしまいました。
不可抗力で仕方がないという話ではなく私自信の日頃のチェックが足りなかったから
パンクさせてしまったのです。


原因は、空気圧の不足だと思います。
パンクしたタイヤはフロント(前輪)でしたが、空気が少ないため
チューブとタイヤが擦れてパンクになったのだというのです。


以前、高校生か中学生にからメールを貰ったことがあるのですが
自転車でのツーリングの注意点などを聞かれ
パンクを極力少なくするには、空気圧をマメにチェックすることetc・・
と書いたことがあります。


自転車にせよバイクにせよ適正な空気圧を守れば
ある程度はパンクは防げると思うのですが
それが出来なかったのですから恥ずかしいの一語です。


それにしても最近はついていないなあと思うのですが
それもこれも自分の注意力がなかったせいなのですね。


でもって今は、色んなことを再構築中です。
失敗がないと初心に戻ろうとしないのかな。トホホ。

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03/08/10   『歩きの旅』

斉藤純さんの「オートバイライフ」という本をペラペラめくっていたら
ある所でとまりました。そこには赤い線で引いてあるのですが(大事な所は赤い線を引いています)
こんなことが書いてありました。
「僕は、歩いて旅している人が一番偉いと思っている」


一応、歩きでも旅行しているのですが、歩きの旅行が一番きつかったかな。
次が自転車、バイクと続きます。


自転車の旅行の時は歩きの旅行のことを、バイクの時は自転車、歩きのことを・・
そんな風に考えると自然と優しい運転になります。自転車にバイクに乗れることに
感謝出来るんですね。


そんな風に考えることは大事なことかなと思っています。日頃の生活でもね。
だから色んな経験も必要だし苦しいことも必要だなと思います。


じゃあ歩きの旅行では、どんなことを考えるか・・
うーん、芭蕉や山頭火のように俳人、詩人になるしかないかなあ。^^

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03/08/07   『失くしたモノ』

昨日、バイク用のレインスーツを失くしました。
上着だけだったのですが、落としたのか盗まれたのかは定かではありません。


モンベル社製のバイク用のレインスーツとしては少々高めのモノで
なにより私のお気に入りのモノだっただけにガックリとしました。


オレンジ色で、派手かなと思っても雨の日のことを考えれば目立つようなのがよかったしオレンジ色系も好きでしたので
憂鬱な雨の日でもそんな気分を薄らいでくれるようなモノでした。

モノの価値というのは、そのモノが持っている意味と使う方の意味が
うまく重なった時に価値あるものとなるのだと思います。


だから意味のないモノを身近に置いておくことは、なるたけしないように思っています。
その分、大事なモノを失くした時は自分の一部を失った気分になります。(大袈裟ですが)
そう考えると私にとってはそのレインスーツは、とても意味のあるモノだったのです。


バイク用のレインスーツを失くしたのは残念だっったのですが
モノが持つ意味ということを考えさせてくれました。

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03/08/04    『冒険心』

どうも私、「懐かしい」ということにこだわりがあるんですね。
で、ひとつ解決したことがあります。
どうして子供時代は懐かしいのかっていうこと・・

記憶なんですね。


子供時代のように新鮮に感動しながらの方が記憶に残るという話です。ただ「新鮮に感動」することがなければ記憶に残らないし
「懐かしさ」も感じることもないんですね。


こうなると「なぜ山に登るのか」が理解出来るのではないでしょうか。
「無垢」になることの難しさは前に書きましたが
「無垢」になるには、時には命がけの冒険も必要なのかもしれませんね。

 

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03/07/29   『日本は狭い!?』

6月に能登半島に行ってきて思ったことを書いてみます。
以前、自転車で走ったことがあるのですが、ここまで来たという価値はあったのだろうかと思いました。(能登を中傷しているのではありません。誤解なきよう)


その時のツーリングは4日かけて行くということに意味があったのですが
今後のツーリングのプランについて考えておくべきだと思うので冷静に振り返ってみたいと思います。


正直、能登半島ではなく伊豆半島でもよかったんじゃないかという気がしました。
(これは埼玉県からだと伊豆半島の方が近いという意味で)
それほど両半島は変わらないんじゃないかと思ったのです。(反論もあろうかと思いますが)
特にツーリングの場合は、乗っている時が大事になってくるので、一般の旅行者とは異なる楽しみ方になると思います。
それゆえにツーリングに限定される解釈になるのですが、近場でもいいという風になるのです。


ようは楽しみ方が身についているかということになると思います。
楽しみ方が身についていれば近場でも十分楽しめると思うのです。
今はネット時代で新鮮な情報がすぐに手に入る時代でもありますし・・


遺跡、史跡巡り、目的がある、となると話は違ってくるのですが、
「るるぶ」を必要としない私のツーリングでのお話です。

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03/07/26  『キッド』 

ブルース・ウイルス主演で「キッド」という映画があります。
子供の頃の夢を一つも叶えていない39歳のイヤな男に
8歳の頃の自分が現れ改心するという物語です。


前に「クリスマスキャロル」の強欲じじいは、あんなことでは改心しない!
と書いたことがあります。
その気持ちは今でもかわりませんが、この「キッド」では
いささか違います。


なぜなら8歳の頃の自分には、「懐かしさ」があるからです。
昔の刑事ドラマには、犯人を説得するのに母親が使われました。
この母親という設定が「懐かしさ」なんだろうと思います。


懐かしいという気持ちには、若返りの作用もあるというし
前にも書きましたが、アルツハイマーの患者に初恋の人を会わせたら
よくなったという話もあります。


恋愛にも懐かしさがあります。
初めて会ったのに懐かしく感じる。
きっとその人は、あなたの夢を叶えてくれる人だと思います。^^


「キッド」のラストシーンは、御存じですか?
夢を叶えるには、今からでも遅くない。
きっとそうに思えると思います。^^

 

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03/07/21    『考える人』

雑誌は、殆ど読むことはないのですが、先日、東京に行った時に「考える人」という雑誌を見つけました。
季刊誌で1年前に発刊された雑誌です。1年前の創刊号を買ってきたのですが、内容が私にピッタリでした。
ユニクロがメインスポンサーになっていて、殆どコマーシャルがないのも気にいっています。


小林秀雄のことが書かれてありました。
この人のことを御存じな方はどれほどいられるのかは判りませんが
私の知っている範囲で書かせてもらいます。


たしか「近代批評の神様」という言われ方もしていたと思うのですが確かではありません。
一番の代表作は「本居宣長」だったかな。難解なので読んでいません。
「考えるヒント」というのが今でも文庫本で出されていると思います。
中原中也と親交があって女性関係でもめたのかな。(テレビドラマにもなりましたね)


その小林秀雄が言うには、知識が先攻してしまう愚かしさ、その賢しらを身に付けてしまったら
元の「無垢」には戻れない。
だが逆に賢しらを捨て去ることこそ、私達には「知識」が必要なのです。
といっている訳です。


こうなると「うーむ」と唸るだけなのですが
毒をもって毒を制すということなのかなと思う。
じゃあ、その「知識」は何処にあるんじゃ!
となるわけですが、案内人の坪内祐三さんは
「例えば、すなわち小林秀雄の文章を読むことであるのです」と結んでいます。


にゃるほど!(ネコの額ほどのわかった!という意味^^)
知識というのは、劇的に自分を変えてくれるものなのであろう。
でなかったら永久に「無垢」には戻れないのだから・・

 

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