このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
乗務員通路 |
15:タイタニック号に乗った乗務員 16:タイタニックが消える日 |
15:タイタニック号に乗った乗務員 ・エドワード・ジョン・スミス船長 スミス船長はタイタニック号に乗る前、バルチック号・アドリアチック号・オリンピック号と渡った後 タイタニック号の船長を任されます。しかしタイタニック号と人生を共にしています。 ・H・T・ワイルド航海士長 彼は姉妹船のオリンピック号に乗っていた人物で出航間際に急遽タイタニック号の航海士長を任されたのでした。彼はタイタニック号に何かが起こるかもしれないとタイタニック号に乗るのを拒んでいましたが結局乗船する事になったのでした。しかしワイルドは死亡してしまいました。 ・W・M・マードック1等航海士 1等航海士マードックは上記のワイルドが乗船した事により、ランクを1つ下げられ、1等航海士となったのでした。そして氷山衝突時、右舷の救命ボートの指示に当たりました。ほかの乗員は女や子供を先に乗せていましたがマードックだけが男も一緒に乗せていたようです。比較的に乗客には厳しくしていなかったようです しかし残念ながら死亡しています。 ・チャールズ・ハーバート・ライトラー2等航海士 左舷側で救命ボートの指示をしていました。その後タイタニック号が沈むにつれ浸水が激しくなりライトラーは海に投げ飛ば されてしまいます。しかし奇跡的に折りたたみ式ボートBで生存しています ・ハーバート・ジョン・ピットマン3等航海士 ピットマンの詳しい事は分かりません。生存しています ・ジョゼフ・グローブス・ボックスホール4等航海士 主に照明弾を撃っていました。2号救命ボートにて生存いています ・ハロルド・ゴットフリー・ロウ5等航海士 タイタニック号沈没後唯一現場に戻ったのがロウです。14番救命ボートで現場に戻り3人を引き上げたがそのうちの1人は 死亡した。ロウは生存しています ・ジェームズ・ポール・ムーディ6等航海士 見張り台からの氷山報告を最初にうけたのが彼。非難指導をしていたが残念ながら死亡しています。 ・J・ブルース・イズメイ 彼はホワイトスター・ライン船舶会社の社長でした。彼は氷山警告を無視してスピードをあげるように指示しておきながら 氷山衝突後、ボートに乗って生存しています。この行為にイズメイ社長は皆に批判を受けました。 ・トーマス・アンドリュース 彼はハーランド・アンド・ウルフ会社の造船技師であった。航海中の調査やチェックをする為にこのタイタニック号に乗り込んだ。アンドリュース氏は色々な所を歩き回っては、チェックをしていた。氷山衝突時には沈没まであと1時間半と断言したのも彼です。しかしアンドリュース氏はタイタニック号衝突事故で人生を終える事になります。 ・ハロルド・ブライト 彼はホバーフォード号・ルシタニア号に乗船し、そしてタイタニック号の下級無線通信士として働く事になった。氷山衝突時、通信機の前に座っていたのは↓で紹介しているフィリップスだった。ブライドはフィリップスが通信機の前に座っている間、救命胴衣をつけてやったりと手の離せないフィリップスの世話をしていた。彼は運良く折りたたみ式ボートに救い上げられ一命を取り留めています。 ・ジョン・G・フィリップ 彼は二等通信士であった。氷山衝突時、黙々と通信機の前に座り、救助を要請していた。フィリップスは船長から逃げるように言われても10分、15分と以前として送信を続けていた。そうしてようやくフィリップスは逃げる事を決意し、船尾に走っていったが、それが生きている最後の姿だったとブライドは言います。 16:タイタニックが消える日 タイタニック沈没からおよそ100年経とうとしている今、海底のタイタニックは滅びようとしています。 その原因の1つが海の水に含まれる「バクテリア」というものからです。当時の鉄は今の鉄に比べもろく、バクテリアにより タイタニックの鉄の壁は溶かされつつあります。このままではもうすぐ消滅してしまいます。 |
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当HPは参考文書として集英社「タイタニックは沈められた」著者:ロビンガーディナー・ダン・ヴァンダー・ヴァット 実業之日本社「不沈 タイタニック 悲劇までの全記録」著者:ダニエル・アレン・バトラー を参考にさせて頂いております。 |
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