このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

更新日 2008/3/30

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夕張製作所(北炭機械)


株式会社 夕張製作所は1938(昭和13)年3月,旧若鍋尋常小学校(のちの若菜小)跡地を利用して建設されました。戦時中は炭車から鍋釜に至るまであらゆる金属製品を手がけ,夕張以外の北炭空知炭坑地区にも出荷されたと伝えられています。1965(昭和40)年に北炭機械(株)と名前が変わりましたが,古い世代は「夕製」という呼び名に親しみを覚えるようです。

「夕製」の入口は今よりも少し細く急な坂を登っていくと,その門構えがあった。この当時も立派な受付事務所があり,往時の姿が彷彿される。

門をくぐって右側には大きな工場棟が6棟,左側は製図技師などが作業をする事務所棟である。現在は3棟のみが残り,事務所棟は撤去されている。奥は化成工場の煙突。

工場の山側には夕張鉄道線や化成工場の引き込み線など何本もの線路があったはずである。この当時は踏切跡と思われる短いレールが一組だけ残っていた。現在はユーパロの湯へ向かう道路となっている。

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