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「赤い華」
夢の架け橋—その1
春というのに、気が晴れない
あんなに、春を待っていたのに
比呂美は一年前の自分を思い出しては、涙がほとばしった
後悔をしても、今さらなんになるんだ
そう思うと、道端でそっと咲いている小さな花にも優しくなれる
もう、いいや!
そう言切って、出勤の準備に入った
あ〜そうだ、今日は勤務が終わって、友達に逢う
あんなに楽しみにしていたのに、なんだか、約束をして、時間が経つと、色あせた洋服のように、着る気もしない・・・・・そんな心境だ
出勤の時間が迫っているにも関わらず、妙に落ち着いた自分の気持ち
不思議の国へ行ったように、比呂美は宙に浮いた、そんな感じで服を着、口紅をさし、そして、昨夜かかって来た不思議な電話の番号設定を携帯にして、いつものように最後に家の鍵をかけた
職場は自宅から電車と自転車を利用して、40分のところの繁華街にあった
阪丸デパートの履物部門に比呂美は所属
いつも食堂を利用するため、朝はお弁当の手間が省ける
食後は比呂美がお気に入りのホットケーキとコールティー
あまり趣味がないため、食べるのが唯一の楽しみとしている
人から趣味を聞かれたら、食べ歩きと答える事にしている
ひと通りの仕事を終えて、帰る
今夜の友との語らいはドタキャン
家に着くと、早くテレビでも観て、好きな本を読んで、うとうと夢の世界へ・・・・・行きたい〜
夜遅く11時
比呂美の携帯から昨夜かかってきた番号で着メロがなった
「はい、もしもし」
無言
そして、プッンと切れた
夢のかけ橋—その2
あ〜夢・・・・・かっ
比呂美はぐっすり寝て、再び起きたが、パソを少し弄って直ぐに寝床についた
その夢とは〜
一年前にあの人と別れたその日の事だった
比呂美は自分の気持ちを上手く表現出来ず、やけになって言ってしまった
「終わり・・・・・もう、終わりよ・・・・・。終わりに・・・・・しようよ」
おとなしい賢次は、比呂美の言葉に黙って聞いているだけだった
「私の気持ちは、もう、わかってくれているよね」
「わかっているつもりだよ。しかし、君は僕の気持ちをわかっているのかは、疑問だけどね。」
比呂美の高飛車な言い方に、さすがの賢次もそう言葉を返した
夕暮れ時の僅かな時間にふたりの問答がいつまでもつづいた
昨年の桜が咲く頃の苦い思い出
それが、昨夜の夢の中で再現された
比呂美は実は賢次と別れた理由は、密かな計画があったのだ
つまり、比呂美自身の人生計画には残念ながら賢次の姿はなかった
結婚をしてどうするっていうのか〜
所詮、自分の父と母の生き様を、繰り返し、次世代にもそれを受け継がせるだけ
父は男
母は女
男は昔能動的で女は受動的
それが、典型的な昔のそれぞれの生き方、考え方だったのだ
しかし、自分は今の仕事を続け、人として、独立している
男性のパラサイトでなくても、生きていくことができる
そんな事を考えていると、ふと、昔の賢次とのアルバムを見たくなった
3年は付き合っただろうか?
賢次の夢と比呂美の夢は、すれ違い
いつから、そうなったのか・・・・・
虹の架け橋—その3
桜咲く 咲かぬは恋の 咲いて咲くなり
アハッ
意味不明の俳句を口ずさんで、ひとりごとを言っている自分が可笑しかった
35にもなって、いまだに、好きとか、嫌いとか・・・・・なんだかんだと言っている自分は、もっとおかしい
もう、務めて15年
完全な古株さん
誰が見てもスーパーレディ
けれど、家に帰るとひとりでめそめそしている
ん?
着信記録に3件も入っている
ん?同じ番号で、再び鳴り出した
又、里の両親からの心配メールかと「受話器を取る」ボタンにクリック
「元気でやっているか?」
「あら、春樹さん、お久です」
「お久もお久、随分お久だよ」
「本当ね、お仕事は順調なのですか?」
「ぼちぼちですよ。そちらは、相変わらずのりのりでやってそうじゃない」
「のりのりはいいけど、肝心の結婚はまだですよ」
「あははは、そうなの〜又、振られたのかい?」
「又って、あら、失礼しちゃうよ」
「ごめん、お詫びに今から、食事を奢るよ。駅前まで来ているのだけれど、来いよ」
「奢りなら行こうかなぁ・・・・・」
「相変わらず、勿体をつけるやつだな。いやなら、いいよ」
「行く、行く、めったとないチャンス。今から飛んで行くから、ちょい待ちね」
「5分で来いよ。」
「ん?そりゃないよ」
親友の三枝春樹は、大学時代から、いつも朗らかでユーモアマン
卒業しても何かと世話をやく
けれど、いきなり何の用だろう・・・・・比呂美はふといやな予感が脳裏を駆け巡ったのであった
春とは言え、小雨降る夜は、花冷えの寒さが、身に染みる、そんな午後であった
虹の向こうにーその1
「ごめん、5分以上かかったわね、ふふっ」
「こら、遅刻だぜ。今日の奢りは、ヒロッピーだな」
「そりゃないよ。男同士の約束だわ」
「おっと、自分で男って認めるの?」
「冗談じゃないわよ。この淑女を捕まえて、私がそう言ったからと言って、そんな台詞はいただけないわ」
春樹は小学校の教師
昔から子供に慕われていたし世話好きであった
35歳は独身貴族の曲がり角
そろそろ、周りも許さない状況
春樹も比呂美も自分自身が考える時期でもあった
—彼女との相談事なのかなぁ〜
比呂美はそう思った
それにしても、超明るい
ならば、何事?単なる元気コールで、お久の会話を求めているのかな?
冬は確かに永かった
やっと、迎えた春も、泡の如く早く消え去る、そんな季節
しかし、人の運命はそうはいかない
傷ついた過去は、消え去る事もなく、いつまでも引きずるのであった
比呂美、賢次、そして、春樹の三人の運命は、そんな過去の結晶のようなもの
知っているのは、春樹・・・・・その人のみ
賢次と春樹は小学校から仲がよかったふたりは、大学まで同じ学校に進んだ
賢次は工学部、春樹は教育学部
大学で比呂美と知り合ったのは、賢次のほうであった
男勝りの比呂美は工学部、電気電子が専門
最近話題の光ファイバーに興味を持っていたし、ここの教授はその研究で有名な島田氏であった
勿論人気の島田ゼミに学生が殺到
地道に考える賢次らしかった
結局就職は電気とはまったく関係のない、デパートの履物部門
虹の向こうにーその2
それは、遠い学生時代の一片であった
おとなしい賢次には、いつも活発で、常に人が集まっている春樹が側にいた
しかし、大学生活を境にして、それぞれの生活で忙しかった
同じく活発でクラブも掛け持ちをするくらい忙しい生活をしていた比呂美が頼りにしている人
その人は意外にも、賢次であった
卒論の相談をする時は、泊りがけで下宿に缶詰状態
賢次は裕福な家庭に育ち、春樹は隣町に住んでいたが、片親で育った
春樹は母親を助ける孝行息子
実は、春樹、賢次が2歳の時に父が亡くなった
二卵性で生まれた春樹と賢次
母の収入のみでは生活できず、路頭に迷っていたら、母の親友の三浦かなこに里子として出したのが、賢次であった
兄弟だから、そのように育てたい
それは、静子もかなこも同じ気持ち
家族ぐるみの付き合いで、お互いの生活が始まった
幸い、かなこの家庭は夫が弁護士で、裕福
静子は安心していた
しかし、かなこは賢次にはあくまで自分の子としたかったため、総てを打ち明けてはいなかったのだ
子に恵まれなかったかなこは、やはり、自分の子としておきたかった
静子もそれは承知していたため、なんのトラブルもなく、時は過ぎ去っていった
しかし、静子は我が子春樹には、その総てを明らかにしていた
それは、春樹が高校一年の夏であった
軽い気持ちで聞く内容ではなかった
耐え難いものがあった
しかし、母を思うと、それは仕方がなかった選択と思い、許す気持ちになった
「弟・・・・・か。」
そう言って、夕暮れの空を見上げれば、鳥達が塒に帰る
虹の彼方へ〜そんな夕暮れであった
虹の向こうにーその3
春樹の携帯に賢次の着メロ「虹のかなたに」がかかってきたのは、ちょうど外出の準備にかかったところ
「春樹君・・・・・僕だよ。ちょっと用があるけど。今日、ゼミ行くのかい?僕は休講が続いているから、暇な一日になりそうだよ〜」
「あはッ、なんだい、なんだい、こっちは暇じゃないよ。まっ、弟分の賢次からのお願いだから、聞いてやってもいいけど、おごりかい?あははは。冗談だよ。」
「脅かすなよ。じゃ〜おごりで決まり!時間は何時にすればいいいの?」
春うらら、賢次と春樹が久しぶりに会う
学校近くの喫茶「プチ」
ここは名前のごとく、超小さい喫茶で、カウンターだけしかない
賢次の母が経営しているが、殆どいなくて、アルバイトの学生にまかせっきり
いつも爽やかな麻理が、今日もカウンター五越しでコーヒーを入れていた
「オッス!麻理」
「呼び捨て(@_@;)」
「賢次は?」
「あら、賢次さんはとっくにおみえよ。春樹さん、遅刻」
「あははは、なんだ、まだ、5分あるよ」
「お約束の時間はとっくに過ぎています!」
「あへ?嘘だい」
「本当です!」
そこへ、賢次が奥から眠い目をこすりつつ出てきた
「時計あってます?」
「ん?あれ?あってないの?」
喫茶「プチ」から、その日は、夜遅くまで笑い声が消える事はなかった
春うらら
まさに、青春まっただ中の、春うららの出来事であった
それから春樹は大学の教育学部を卒業して、中学校の社会の教師
賢次は工学部でソロ二—の開発部に所属
主に携帯電話の研究で、イギリス・中国へ出張が多い
海外派遣が何年もつづき、賢次は比呂美と会う機会を自ずと失っていた
虹の向こうにーその4
賢次は比呂美と別れてから、その寂しさを、仕事にぶつけていた
しかし、割り切れない自分の気持ちを、どう整理すればいいのか
ふと、ひとりになった時に思うのであった
いままで続いていた比呂美からのメールが、ある日を境にしてぷつんと切れた
—そうか・・・・・彼女とは終わったのだ
大学を卒業して、いままで仕事にだけ突っ走ってきた賢次
付き合ってから、お互いが空気のような存在だったが、その存在を失って、はじめてわかった空しさと孤独
その時、ふと賢次の脳裏に浮かび上がったのは、春樹その人だった
—どうしているのだろうか・・・・・
改めて電話をするには考えてしまう
けれど、今、再び、懐かしく思う存在であった
そう思いながらも、忙しい日々は、賢次を自由にしてはくれない
「おい!今夜どう?」
部長からの誘いが携帯にかかってきた
「いいですよ」
「じゃ〜喫茶プチで待っているからね」
「ええ、了解しました」
賢次は技術畑
けれど、各支店に携帯の説明をするため、派遣しなければならない仕事が頻繁にある
その話に関連してのお誘いなのだ
中国から帰ったばかりの賢次は、会社の寮に出張帰りの鞄を玄関に置いたままだった
喫茶プチは、自分の母親が経営しているが、学生アルバイトにお店を任せていた
しかし、最近は母がよくプチに顔を出すようになった
自宅マンションは、店から10分もかからない所にある
母は中年になって、生きがいを喫茶プチに求めるようになった
昔と違って、話をするだけの喫茶店のイメージから、今は、おしゃれチックなイメージを求めなければならない
若者は、閉ざされたお店のイメージより、中から外が直接見られるオープン喫茶がはやり、喫茶プチも昨年の秋からオープン喫茶に装いを新たにしたのであった
風薫る5月・・・・・それは、賢次が比呂美と別れた季節でもあったのだ
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