このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

阪急新大阪連絡線 新大阪〜神崎川駅編

(皇紀2667年平成19年3月15日)


前々回は新大阪〜十三 前回は、新大阪〜淡路と探索したら次は新大阪〜神崎川駅ルート

この新線も新大阪〜淡路同様2003年に免許切れで幻の路線になったのだ。

新大阪連絡線の調査のため、新大阪近辺へ!

空き地は、複々線用

新大阪〜十三間の山陽新幹線橋脚斜めの場所です。

十三間は橋脚通り斜めへ進むが神崎川駅へ向う新線は直線なのだ。

地図

十三との分岐点になるはずだった場所です。

十三は斜め橋脚を潜り宝塚線へ行くが神崎川方面はこのまま直進へ

奥に家があります!まだ人が住んでます・・・

阪急宝塚線を越えて行くのだ。

とその前に今もこの辺の土地は阪急の土地でした。

宝塚線を越えると、本題の神埼ルートになります。

地図

資材置き場がある。これは阪急の遺産?

調べたけど分かりませんでした。

国道176号線を潜るとこんな感じです。

高架・複線で作るはずだったので用地が足りないね。

古い家もあるので地上げしてないね。

昭和49年の時点でも阪急は用地回収に乗り出してません。

とある地域での大反対運動が響いたのでしょうかね・・・

用地回収をしてなかったことより、びっくりしたことがありました。

何とこの辺の駐車場代が月18000円・・・

一応遺産を求めて新幹線沿いを進みますが、何もない・・・

野中北2丁目

奥に神戸線が見えてくるので、この辺で神崎川駅方向へカーブしないと合流出来ませんからね。(妄想)

で阪急の遺産はなし・・・

新幹線とのお別れ地点の山陽新幹線の橋脚を見ると・・・あれ?新幹線の橋脚に

JR東海の文字

地図

斜めに進む。

阪急の遺産なし

余談ですが民事再生中のケンウッドがありました。

十三病院と駐車場があり、この辺りが分岐点だったかもね。

この駐車場の看板見たけど阪急ではなかった。

結局遺産はなし!

これで新大阪連絡線の遺産  探索は終了


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