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4月27日にムオンラの市場で苗(ミャオ)族の女性を見かけました。かれらは高地に住んでいて水が不自由なので一週間に一回しか入浴せずそのため体臭がひどいとのベトナム人通訳の話でした。この付近のタイ族もそうですが、民族衣装を着けているのは女性だけです。 純朴といえば純朴なのですが、とても田舎くさいイモねーちゃんでした。 衣装がタイ族とは異なります。 |
現在の雲南地方から北ベトナムに住んでいたベトナム人(京=キン族)が大発展したのは、他の民族より先に低地帯に下りてきて効率が高い水田稲作農業を始めたからではないかとおもいます。稲作で経済が潤えば、それだけ人口が増えて文化が高くなるからです。また歴代の中国王朝が滅びた時に逃亡したのはベトナムでした。ベトナムと中国間の沿岸航路が開発されており、この海のシルクロードに乗って何千年間に数百万人の人たちが移動してきたのは文化がある程度栄えていた北ベトナムではなかったかとおもいます。このように中国文化の強い影響があるため、ベトナムの民族衣装は「清」時代の中国服に似ています。中国文化と技術を利用してキン族が繁栄して、南部へ勢力を拡大しました。その結果、 海のシルクロードの航海・通称を担当していたチャムパ王国 が滅び、チャムパ人は15世紀ごろに散り散りばらばらになってしまいました。それに追い討ちをかけたのが南ベトナム崩壊時のボートピープルとカンボジア内戦による虐殺だった。
じゃあ、なぜ少数民族は山岳部にまだ残っているのか?キン族のように平地に降りなかったのか?
今から約一万年前から6000年前に地球に大きな気象変化がありました。地球温暖化です。そのため、高山にとどめられていた氷河が溶けてそれがダムのような形で蓄えられていました。とある衝撃で氷のダムが崩壊し、一挙に数億トンの水が放流されたのです。もちろんそれに伴い激しい地震も発生したのです。一つのダムが崩壊することにより発生した地震は隣のダムに影響して次のダムが崩壊。それが次々と連鎖反応を起こして天文学的な量の水が短時間に海に流れ込んだのです。平地に住んでいた人たちの目には「大洪水」と映ったことでしょう。
さて、地球は中身がぎっちり詰まったボールです。その表面に高い山があれば一部分が内側に引っ張られます。へこんだ分は別な部分が盛り上がる形で体積が一定に保たれます。数百億トンの氷荷重が山岳部からなくなったということは山岳部が盛り上がることになります。その分低い部分がさらに低くならざるを得ません。このように地球が出っ張ったり引っ込んだりしていることをアイソスタシーと地質学では呼んでいます。
この大洪水から逃れるために人類の先祖は高地に移動したか、あるいは高地に住んでいた人たちだけが助かったのかもしれません。この遠い恐怖の記憶があるために山岳民族たちはなかなか山を降りようとしないのかもしれません。
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2008-05-09 作成
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