このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

北海道自転車旅行*1998年夏

阿寒横断道路を行く (屈斜路湖〜阿寒湖)


   前日へ    翌日へ     自転車の旅Index    TOP


 屈斜路湖畔で迎える朝。
 僕がテントを張っているのは屈斜路湖の南部に突き出た和琴半島の西側の湖岸で、水辺から2メートルほどの場所である。水際のラインはほぼ一定で、波もなく、わずかにチャプチャプと音を立てる程度、というのがそれまでの屈斜路湖であった。
 ところが、眠っている間に湖は豹変した。それまでの緩やかな東風にかわって西寄りの風が強く吹き始め、湖面は激しく波立ってきたのである。
 テントを揺さぶる強風とバシャンバシャンという波のざわめきに目を覚ましたのが未明2時過ぎのこと。身を起して外の様子を窺う。真っ暗でよく分からないが、なんだか凄いことになっているようだ。
 それでも避難するほどではないと判断して、また寝袋にもぐり込み、頭上に襲いかかるような波音に怯えながら、風に揺れる天井を眺めていたら、いつのまにか眠ってしまい、気がついたら4時を過ぎて、少し明るくなっていた。
 もう一度、外をのぞいてビックリ。なんと波がテントから50センチ足らずのところにまで迫っているではないか。これはのんきに寝ている場合ではない、と慌てふためいてテントから這い出したが、かと言って、することもないので、とりあえず露天風呂に出かけて、身体を温めた。
 幸い雨は上がっていて、テントも無事撤収。
 波立つ湖の上空にはまだ雲が垂れこめているが、雲間からは薄日ももれて、美幌峠付近には淡い虹も見えた。これを吉兆と考えたい。

 (ほかの人のテントにも波が迫る!)

 さて、今日は2泊した屈斜路湖畔をあとにして、阿寒湖へ向かう。屈斜路湖や摩周湖は何度も訪れているのに、阿寒湖にはまだ行ったことがない。大きな旅館やホテルが立ち並び、湖面には遊覧船が浮かぶ大観光地のイメージが強くて、なんとなく敬遠していたのであるが、今回の旅の終点は釧路ではなく、襟裳岬に近い広尾と決めているので、十勝方面へ抜ける通り道ということもあって、阿寒湖へ行ってみる気になった。昨夜のライヴで接したアイヌ詞曲舞踊団「モシリ」の人々が暮らすアイヌコタンを見てみたいという気持ちもある。
 管理人のおじさんに釧路方面は大雨で風も強いっていうから気をつけなよ、と忠告され、レストハウスのおばさんには気温が低いから気をつけなさい、と注意されて、7時20分に出発。

 走り出してまもなく、前方に縦長の大きなリュックサックを背負って歩く3人を発見。後ろからだと体が隠れてリュックに足が生えているように見える。いわゆるトホダー(徒歩旅行者)だろうか。追い越す時に声をかけようとしたら、3人とも女の子だった。
「ずっと歩いてるんですか?」
「いえ、ヒッチします」
 なるほど、いわゆる「猿岩石」現象かどうか知らないけれど、ヒッチハイク旅行も一般化しているようだ。僕も経験があるけれど、特に北海道ではそう難しいものではない。
「がんばってくださーい!」
 励ますつもりが、逆に激励されて、一気に加速。国道243号線を一路弟子屈(てしかが)へ向かう。ほぼ釧路川沿いの平坦で走りやすい道である。
 途中で小雨がぱらついたものの、それもすぐに止んで、15キロほどで弟子屈の市街に着き、セイコーマートでこれからの山越えに備えてペットボトルの水を購入し、ついでにスポーツ新聞も買う。
 1面には競馬のフランスGⅠレース、ジャック・ル・マロワ賞で日本から参戦したタイキシャトル(岡部幸雄騎手)が優勝したことが報じられていた。先週、日本調教馬として史上初めて海外GⅠを制したシーキングザパール(武豊騎手)に次ぐ2週連続の快挙である。この旅行とは何の関係もないけれど、一応書き留めておく。

 弟子屈は3つの国道が交錯する交通の要衝で、ここには「摩周温泉」という道の駅があるので、そこで少し休憩してスポーツ紙に目を通してから、いよいよ国道241号線、いわゆる「阿寒横断道路」を行く。
 阿寒湖畔まで40キロほどの道のり。天気はまずまずだが、風は相変わらず強く、しかも向かい風である。
 しばらくは平坦な牧草地の中を走るが、弟子屈から10キロの地点を過ぎると、両側が鬱蒼とした森林地帯に変わり、上り勾配が始まる。
 坂はいつ果てるともなく、延々と続く。ペダルが重い。大幅にペースダウンして、右に左に急カーブを繰り返しながら、ハンドルをふらつかせつつ少しずつ上っていく。
 ひとつカーブを曲がるたびに、そろそろ峠の標識が見えるのではないか、と期待するが、新たな視界が開けるたびに、さらなる上り坂が目に飛び込んでくる。期待は何度も何度も裏切られた。あるいは、峠はまだまだずっと先なのかもしれない。そう思うと、地図を開いて現在位置を確認するのも怖くなる。
 山々には霧がかかり、下界にも雲が立ち込め、霧雨が降り出した。たびたびすれ違ったり、追い抜かれたりする観光バスやバイクを横目に、何度も立ち止まって休みながら、ただ黙々とペダルを踏む。
 体力よりも気力が消耗してくるが、どんなに長い坂道でも、いつかは尽きる時がくる。それだけが心の支えである。急ぐ必要はない。頑張るのはやめて、ゆっくり行こう。

 落石か雪崩対策の防護トンネルが連続する険しいルートを上りつめて、ようやく前方に「阿寒町」の標識が見えてきた。十数キロにわたって延々と続いた上り坂もようやく終わりだ。あとは爽快な下りが待つばかり。なんとも言えない解放感。これは自転車でしか味わえない気分である。

(ずいぶん登ってきた。)

 まもなく下りに転じて、「双岳台」の標識を通過。雄阿寒岳と雌阿寒岳の絶好の展望地らしいが、霧が立ち込め、わずかに道路際の針葉樹のシルエットがおぼろげに見えるだけ。これまで阿寒湖への関心が薄かったので、雄阿寒岳と雌阿寒岳についても、その山容や位置関係についての知識が曖昧で、霧がなければどんな大パノラマが広がっているのか、映像が浮かばない。

 ビュンビュン加速して、さらに3キロほど下ると、今度は「双湖台」の駐車場がある。ここには観光客の姿が見えたので、僕も自転車を止め、階段を登ると、眼下の霧にかすむ原生林の中に小さな湖がかすかに姿を見せていた。それがペンケトーで、アイヌ語で上の湖という意味だそうだ。ここから見ると北海道の形に似ている。もうひとつ、奥にパンケトー(下の湖)というのが見えるはずなのだが、今は深い霧の彼方である。
 売店で熱いコーヒーを買って飲んでいると、阿寒湖から上ってきたというライダーがいたので、阿寒湖の天気を聞いたら、雨は降っていなかったとのこと。

(双湖台から眺めるペンケトー。パンケトーは霧の中)

 双湖台を出発して、雄大なカーブを切りながら原生林の中をグングン下っていくと、突如として雲が切れ、青空が広がり、夏の陽射しが降ってきた。こんな晴天はいつ以来だろうか。そう考えても、すぐには思い出せない。それぐらい久々の晴れ間である。
 あまりに劇的な天候の変化に嬉しくなったのも束の間、目の前にはまたまた急な上り坂が待ち受けていた。阿寒湖畔まで下る一方だとばかり思い込んでいたので、がっかりだ。降板した投手がベンチ裏で一服していたら再登板を命じられたようなものである。風を切って坂を下ってきたので、膝が冷えて、そう簡単にはエンジンがかからない。
 仕方なく重いペダルを踏んで、高くそびえる針葉樹林の間をのろのろと上る。白く輝くアスファルトの上を動きの速い雲の影が次々と過ぎていく。坂道は辛くても、気持ちはだんだん浮き立ってきた。

 再び下って、まもなく釧路から北上してきた国道240号線と合流し、そこからまた上り。あと5キロ。気分的にはもう阿寒湖に着いたも同然で、勾配も気にならなくなった。
 この付近の道路の両側にずっとフェンスが張られているのは、近年、この一帯のエゾシカの生息数が増え、自動車との衝突事故が頻発しているせいである。エゾシカにはもう飽きるほど会ったが、それでもまたどこかにいないかとキョロキョロと探しながら坂を上っていくと、やがて前方に阿寒湖畔の温泉街が見えてきた。時刻は12時半を過ぎたところ。

 疲れも一気に吹き飛んで、颯爽とした気分で街なかへ入り、まず最初に阿寒湖畔ビジターセンターに立ち寄る。
 ここは阿寒の自然に関する展示と解説が充実していて、阿寒湖の湖面標高が419メートルもあって、屈斜路湖より300メートルも高いことなども初めて知った。道理で上った距離に比べて下りが短かったわけである。また、有名なマリモも水槽の中で大きく育ったのを展示していて、マリモについてはそれでとりあえず満足したことにする。
 センターからは湖畔の自然探勝路が伸びているが、それは後回しにして、まずはキャンプ場に向かう。
 それにしても、すごい賑わいである。今回の旅で訪れた中では間違いなく最大の観光地で、巨大なホテルや旅館が林立し、メロンやカニやガラス容器入りのマリモ、木彫りの民芸品などを売る店が軒を連ね、観光ツアーのデラックスバスがひっきりなしに到着し、大勢の観光客が闊歩している。自転車旅行者としては場違いなところに来てしまった、という感じ。
 そうした湖畔の観光街を走り抜け、街はずれの林に囲まれたキャンプ場に到着。管理人のおばさんに400円の料金を払い、さっそくテントを張る。昨日はずっと雨ざらしだったので、フライシートはまだ少し濡れているが、午後の陽射しと風にあてればすぐ乾くだろう。テントと近くの木の間にロープを張って、レインウェアも干しておく。

(阿寒湖畔キャンプ場。翌朝撮影)

 身軽になって、再び自転車で出かける。
 まず、街なかの食堂で昼食をとり、またビジターセンターを訪れた。

 センターの裏手から始まる自然探勝路を歩く。
 あたりの林はミズバショウの群生する湿地で、木道を歩いていると、頭上ではカラの仲間が賑やかである。見上げると、ハシブトガラやゴジュウカラ(北海道のは腹部が白いシロハラゴジュウカラという亜種らしい)の姿が確認できた。
 さらに樹上で何やら動くものがいるので、目を凝らすと、なんとエゾリスではないか。初めて目にする野生のエゾリスで、マツボックリをくわえている。シマリスよりひと回り大きく、全身が茶褐色。
 リスは幹を伝って地面に下りると、木道の上でいったん足を止め、それから林の奥へ跳ねるように駆け込んでいった。短い出会いではあったけれど、感動して、阿寒湖も捨てたものではないな、と思う。

 さらに林の中を歩いていくと、やがて阿寒湖の湖面が見えてきて、その湖畔にボッケと呼ばれる場所がある。ボッケとはアイヌ語で「煮え立つ」という意味だそうで、火山活動の名残をとどめる小さな火口群のことである。大小の窪地の底には多数の噴気孔があり、底に溜まった水は煮えたぎり、熱泥をボッコン、ボッコンと吹き上げている。その温度は100度近くあるという。大きなものは直径が10メートル以上もあるボッケの荒涼とした光景を眺め、硫黄の臭いが漂う湖岸に出ると、ここでも水辺の至るところで、熱水が湧いている。湖水と混ぜれば、いい湯加減の露天風呂ができそうではある。
 一度は晴れ上がった空に再び雲が出て、湖面も鈍い色をしているが、岸辺に立って、あたりを見渡すと、意外に原始的な自然が残されていることが分かる。
 探勝路沿いの木の幹には日本最大のキツツキ、クマゲラの食痕などもあって、これまでずっと敬遠していた阿寒湖にいつしか親しみを覚えるようになっていた。



 阿寒湖の自然に触れた後は温泉街の中にあるアイヌコタンを訪れる。北海道内でも最大級のアイヌ人集落で、およそ200名が生活しているという(右写真は翌日早朝撮影)。
 広い坂道の両側にずらりと木彫りの民芸品などの店が並び、一番奥の「オンネチセ」(アイヌ語で古い家、大きな家の意味)という劇場では観光客向けにアイヌ古式舞踊が実演されている。その宣伝カーが街なかを走り回っていて、バックに流れるムックリの音が妙に耳に残る。
 そして、このアイヌコタンで何よりも目につくのは丸太を組んで作った鳥居の上から全体を見守る木彫りのシマフクロウ。シマフクロウはコタンコロカムイ、つまり集落の守護神である。
 そのコタンの中ほどに「丸木舟」があった。こちらは木彫りの民芸品などを商う店で、やはりモシリの曲が流れ、CDも販売している。そして、店先には昨日屈斜路湖の店にいて、ライブにも踊り子として出演していた彼女がいた。
「きのう自転車で来てたんですってね」
 あのひどい雨の中を自転車で行ったなんて洒落にもならないので、彼女たちには黙っていたのだが、帰りはスタッフの男性に自転車ごと車で送ってもらったので、知れ渡ってしまったようだ。それで有り難がられたのか、呆れられたのかは知らないけれど。
 彼女がモシリの中心人物アトゥイさんの娘であることは昨日のライブの時に知ったのだが、兄弟姉妹は12人もいて、毎日、女の子たちが交替で屈斜路湖へ出かけて、ライブに出ているという。阿寒湖と屈斜路湖との間は片道1時間弱だそうだ。しばらく立ち話で、ライブの感想などを述べるうちに、ほかのお客が来たので、店をあとにする。

 阿寒湖の温泉街の中にある「まりも湯」という共同浴場で汗を流し、レストランで夕食を済ませた後、アイヌコタンオンネチセでやっている「アイヌ古式舞踊」を観た。
 ホテルや旅館の泊り客が詰めかけ、満員の盛況で、座席のないお客さんもいた。
「なんで立って観なあかんの」
 座れなかったおばちゃんが腹を立てて、ぶつくさ文句を言っている。

 さて、舞台が始まった。年配の女性3人が歌い手で、それに合わせて民族衣装をまとった若い踊り子たちが様々な伝統舞踊を次々に披露していく。至ってシンプルなプログラムである。昨夜のモシリライブの方が断然面白かったが、彼らのパフォーマンスも実はアイヌの古式舞踊をかなり忠実に取り入れたものだということが確認できた。
 観客の多くは博物館の陳列品を眺めるようなつもりで、アイヌの歌を聞き、踊りを見物していたのではないかと思うけれど、アイヌ文化は決して過去の遺物ではない。アイヌ民族の伝統を継承しつつ、現代に相応しいアイヌの文化を創造しようと試みるモシリのような人々もいるのだ。そのことをもっと多くの人に知ってもらいたいと思う。
 本日の走行距離は78.0キロ。明日は足寄方面へ向かうつもり。


  前日へ    翌日へ     自転車の旅Index    TOP


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください