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北海道自転車旅行 2000年 夏
知床峠と知床五湖
知床峠
宇登呂港から出漁する漁船のエンジン音で目を覚まし、朝食を済ませ、宇登呂の北2キロの幌別にある「しれとこ自然村」の海岸キャンプ場を6時40分に出発。空には薄雲が広がっているが、悪い天気ではない。
当初の予定ではこの朝でテントを撤収するはずだったが、もう一泊することにしたので、その旨、まだ無人の受付小屋に置き手紙をしておく。
夜の動物観察ツアーに参加したくて滞在を一日延ばしたものの、それまではヒマなので、標高740メートルの知床峠まで自転車で上ってみることにした。知床峠は過去に2回越えているが、いずれも雨と風と霧で景色はまったく何も見えなかった。でも、今日は大丈夫だろう。過去の旅では知床に来るたびに天気が悪く、相性がよくないのだと思っていたが、昨日からは一気に相性が好転したのだ。たぶん。
まだ朝早くてほとんど車も通らない知床横断道路(国道334号線)を上っていく。
自然センター前を過ぎて、あと10キロ。もちろん、ずっと上り勾配である。まぁ、のんびり行こう。なにしろ、今日はヒマなのだ。
というわけで、気楽なサイクリングだが、どこでヒグマが出没するか分からない。わずかな物音も聞き逃すまいと全身を耳にしてペダルを踏む。
森の奥でコマドリが盛んに金属的なトレモロを響かせている。ミソサザイやウグイスの声も聞こえる。知っている野鳥の声はよく耳に留まる。
初めて北海道を走った3年前はウグイスの声は聞こえても、ほかの鳥の声はほとんど識別できなかった。そばでコマドリが鳴いても、知らなければ、せいぜい“野鳥の声”がした、という程度の記憶しか残らない。道端に咲く花だって、その花を知らなければ、一瞬目に映っても、心でその存在を受け止めることはできない。都会の雑踏の中でも知っている顔は目に留まるし、「××に会った」という記憶も残るが、全く知らない大多数の顔なんていちいち覚えていない。それと同じである。
自転車旅行の経験を重ねるうちに野鳥や植物に関する知識が増えて、それまで聞こえなかったり、見えなかったりしたものが耳や目でしっかりキャッチできるようになり、自分を取り巻く世界が豊かになり、自分も豊かになった。そんな気がする。
逆光に霞んでまだ色彩を持たない羅臼岳を見上げながら、原生林の中を黙々と上っていく。
だんだん気温が上がってきた。額から汗が流れ落ちる。朝は涼しかったので、ジーパンを穿いてきてしまったが、暑い。失敗した。というわけで、ちょうど標高500メートルの標識がある地点でジーパンを脱いで、短パンに穿き替えた。東京の路上でズボンを脱いだら、変質者と間違われるが、知床の山の中では誰も見ていないから大丈夫。ヒグマが見ているかもしれないけれど。
薄雲が消えて、青空が広がってきた。原生林が途切れ、カーブが多くなってくると、峠はもうすぐだ。
振り返れば、遥か下界に空の青さが沈殿したようにオホーツク海が霞んで見える。
8時10分、ついに知床峠に到着。出発から14.2キロ、1時間半。今日は荷物もなく身軽なので、さほど辛いとは思わなかった。
それにしても、なんて素晴らしい天気だろう。空は青く晴れわたり、緑におおわれた羅臼岳が間近に大きくそびえている。
知床峠は高山というほどの高さでもないのに、もう森林限界を越えてハイマツ帯になっていて、可憐なエゾフウロが咲いている。
過去2回は霧で真っ白で、雨が降りしきり、8月なのに震えるほどの寒さだったから、今日は同じ場所とは思えないほど印象が違うし、気分も違う。
8時を過ぎて、早くもクルマや観光バスがやってきて、人が増えてきた。自転車では僕が一番乗りだろうか。
(知床峠から羅臼側を眺める)
根室海峡側は遥か眼下に羅臼の街が小さく見え、遠くにはまるで宙に浮かんだような国後島の島影も霞んで見える。羅臼まで17キロ、豪快に下ってみたい欲求に駆られるが、また上ってこなければならないので、それはやめる。
それでも羅臼側に3キロほど下った地点まで往復してきた。途中に雪渓があり、雪解け水が滝のように流れていて、その一帯に黄色い花がたくさん咲いていた。正確には分からないが、キンポウゲの仲間だろう。このあたりでも何羽かのコマドリが美声を競い合い、また、ポポ、ポポ、ポポ…とツツドリ(カッコウの仲間)が鳴いていた。
(羅臼側にちょっと下ってみる)
(雪渓とキンポウゲの仲間?)
知床峠をあとにしたのが9時15分。自然センターまで10キロを一気に下る。風と一体になって緑の中を疾走するこの快感はすごい。これがあるから何度でも懲りずに自転車で山に登りたくなるのだ。
フレペの滝遊歩道と宇登呂灯台
20分ほどで自然センターに着き、ここで今日の「夜の動物ウォッチング」の参加を申し込み、飽きもせずにまたフレペの滝まで行ってきた。なにしろ、ヒマなもので…。
今日もまたコエゾゼミが喧しく、緑輝く草原ではノビタキがさえずっている。シマアオジらしき姿も見かけた。黄色いキオンやハンゴン草、青紫のナミキ草も咲いている。夏真っ盛りという感じだが、早くもススキが金色の穂を出していた。
それから遊歩道をはずれて、灯台関係者以外立ち入り禁止の道に(誰もいなかったので)侵入し、ヒグマの気配がないかとビクビクしながら白と黒のだんだら模様の宇登呂灯台を間近に見上げて、戻ってきた。
知床五湖
自然センター内のレストランで少し早めの昼食を済ませた後、また知床五湖へ行ってみた。なにしろ、ヒマなもので…。自転車で知床五湖を訪れる人は少なくないが、2日連続で行く物好きはあまりいないだろう。
12時半に五湖駐車場に着き、5つの湖をめぐる遊歩道を今日はひとりで歩く。
(1湖と羅臼岳)
(2湖と硫黄山)
(3湖と4湖)
3湖付近のミズバショウ群落ではエゾシカを1頭見かけた。
今日も鏡のようにくっきりと知床連峰を映す5湖の岸辺にはサワギキョウが咲き、青いイトトンボがたくさん飛び交っていた。
(5湖。サワギキョウとイトトンボ)
開拓跡地
知床五湖からの帰りに開拓跡地の木陰でオスのエゾシカが休んでいるのを発見。自転車を止めて少しずつ歩み寄ると、シカはスッと立ち上がった。これ以上近づいたらシカが逃げるであろうギリギリのところでこちらも足を止めて、じっと対峙する。
間近で改めてよく見ると、白い斑点のある栗色の夏毛が美しい。角は先端に丸みがあるこげ茶色の袋角で、まだ短くて、先が二又に分かれている。たぶん去年生まれた若いオスなのだろう。写真を1枚、2枚、3枚。そこで満足して、目を合わせたまま後ずさりすると、シカは警戒を解いたのか、またその場に座り込んだ。お休み中のところ、お邪魔しました。
自転車に戻る前に近くにあった廃屋も覗いてみた。昭和40年頃まで入植者がここで牧草を育て、牛を飼っていたそうだ。結局、厳しい自然条件に勝てず、開拓を断念して、人は去り、崩れかけた家屋と牛舎だけが残っている。今も周辺には牧草が一面に生えるから、エゾシカにとってはまさに楽園である。
廃屋の庭先には帰化植物のアメリカオニアザミが咲き誇り、あたりにはシカの糞が散らばっていた。
夜の動物ウォッチング
キャンプ場に戻り、受付の兄さんにもう一泊分の料金を払い、自然村の温泉で汗を流してから、宇登呂の街に出かけ、セイコーマートで店内調理のカツカレーとサラダとお茶を買い、港の防波堤で夕暮れの海を眺めながら夕食。
上空をカモメがたくさん飛び交っているので、“爆弾”を落とされないかと頭上を気にしながらカレーをかき込み、宇登呂のバスセンターへ。
知床自然センター主催の「夜の動物ウォッチング」は18時半から。その場で参加費1,500円を支払い、貸切バスに乗り込み、まもなく出発。ほぼ満席だ。
2年前にも参加したので、大体分かっているが、バスでまず知床五湖の手前まで出かけ、そこで折り返して、車窓から強力ライトを照らして動物を探し観察しながら帰ってくるのである。ヒグマの出現を期待したい。
昼間も走った道を快適なバスで楽に移動して知床五湖入口に到着。この先はヒグマなどが活発に動き回る野生の世界で夜間は道路も閉鎖される。そこで方向転換して来た道を戻りつつ、左右の窓からライトを照らして動物探し開始。すぐにエゾシカが見つかった。僕はもう見飽きているわけだが、車内からは歓声があがる。すでにあたりはとっぷりと日が暮れ、夜の闇が舞い降りているが、シカはまだ草を食んでいる。座り込んで反芻しているのもいる。
シカは次々と見つかった。小学生の男の子が数をかぞえていて、合計35頭ぐらいはいたようだ。でも、出てきたのはエゾシカばかり。まぁ、こんなものである。
前回もそうだったが、今日も途中でバスを降りてみた。場所は開拓跡地の草原。スタッフの男性がひとり車外に出て、あたりにヒグマがいないことを確認した後、全員が下車。バスの車内灯が消され、エンジンも切られる。完全な暗闇と静寂に包まれた。周囲の木々や知床連峰の黒々としたシルエットがぼんやりと浮かび上がる。夕方から少し雲が出てきたようで、星はあまり見えなかったが、現代の文明社会ではなかなか味わうことのできない不思議な気分になった。
20時15分にバスセンターに帰着。本日の走行距離は59.6キロ。旅の通算では1,138.6キロになった。明日は今回の自転車旅行のゴール、網走に向かう。
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