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北海道自転車旅行 2000年 夏

 最高の知床

 過去に2回越えた知床峠はいずれも雨と霧で何も見えなかったりして、知床半島とは相性の悪かった僕ですが、5回目にして初めてといっていいような晴天に恵まれ、知床の自然を堪能しました。

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 知床半島の海辺のキャンプ場。オホーツクの波音を聞きながら一夜を過ごし、新しい朝がきた。相変わらずの曇り空で、手元の温度計によれば、気温は17.5度。Tシャツに短パンでは少し肌寒い。
 ここに連泊なので、今日はテントを張ったまま、必要なものだけリュックに詰めて出かける。自転車が軽いと、それだけで気分がいい。

     オロンコ岩

 まずは宇登路の港の近くにそびえるオロンコ岩に登ってみた。周囲をほとんど垂直の断崖絶壁に囲まれ、てっぺんが平らな巨大な岩山で、まさに宇登呂のシンボルになっている。
 頂上まで遊歩道があり、崖にへばりつくような細い階段を登りきると、360度の展望が開けるが、知床連山は雲に隠れ、全体的に陰鬱な風景である。オホーツクの海も鉛色で、寒々としている。ただ、水平線付近だけは明るいブルーなので、沖合は晴れているらしい。今後の天候の回復を祈りたい。

 岩山の頂上は意外に広くて、トリカブトやツリガネニンジンが咲いている。初めて見る濃い黄色の花は植物図鑑で調べると、エゾノヨロイギクというそうだ。
 断崖にはオオセグロカモメが営巣し、鋭い金切り声が飛び交っていた。

 


     知床観光船

 オロンコ岩の次は知床観光船で海上遊覧。半島先端の知床岬まで往復するコース(3時間、6,000円)と途中までの硫黄山コース(1時間半、2,700円)があって、8時15分発の第一便は硫黄山コースである。ところが、今日は波が高いため、さらに短い水晶岬折り返しの1時間コースに変更され、料金も2,300円だった。

 大勢の観光客を乗せて宇登呂港を出た観光船「おーろら」はサケ・マスの定置網を避けながら沿岸を行く。
 まもなく、幌別の海岸にポツンと取り残された小さな“我が家”が見えた。
 ブユニ岬を過ぎると、いよいよ200メートル近い断崖絶壁が続くようになる。地表に湧き出た地下水があちこちで滝となって流れ落ちている。

 しかしながら、そうした素晴らしい景観よりも観光客の関心は船のまわりを群れ飛ぶオオセグロカモメやウミネコに向いている。船内売店でカモメの好物として「かっぱえびせん」を売っていて、これが飛ぶように売れている。僕もつい買ってしまった。これを投げてやれば、アヒルみたいにでかいカモメが上手に空中キャッチするし、指先でつまんで差し出せば、サッとくわえていく(ときどき指をつつかれる)。なかには船上に舞い降りて、目の前でえびせんをねだるヤツまでいて、なかなか楽しい。みんな夢中になっている。でも、これってカモメたちの健康には絶対よくないよなぁ、とも思う。

   

 とにかく、そうこうするうちに、水平線付近の空にだけ見えていた晴れ間が頭上にまで広がってきて、鉛色だった海面も青色に変わってきた。知床半島ではあまり天候に恵まれたことがないのに、今日は珍しく良い天気になりそうだ。

 本当は海上にイルカやクジラが姿を見せたり、海岸にヒグマが現われることを期待していたのだが、そういうことはなく、1時間で港に戻った。
 乗船時に係員が乗客を撮影していて、その写真がもう出来上がって、貼り出されていたけれど、もちろん買わない(値段は見なかった)。僕も写っていたが、そのまま廃棄処分となるのだろう。

     知床自然センター

 再び自転車の人となって、次に向かうのは宇登呂から知床横断道路を5キロほど山に入った知床自然センター。キャンプ場前を過ぎて、幌別川の河口の橋を渡ると、上りが始まる。
 エッチラオッチラ上っていくと、
「ヒグマ生息地域 厳禁! 餌やり・接近」
 の看板が目に飛び込んできた。「熊出没注意」の標識は北海道各地で見かけるが、知床半島だとさすがに現実味がある。

 標高150メートル地点にある自然センターに到着し、ここでいろいろと情報収集して、さらに大画面で知床の四季の自然を紹介するダイナビジョンも観覧。有料(500円)だが、僕はこの自然センターを運営する「自然トピアしれとこ管理財団」(現・知床財団)の賛助会員になっているので、無料だった。

     フレペの滝遊歩道

 次はセンター裏手から始まるフレペの滝遊歩道の散策。ここはもう何度か歩いた馴染みの道である。
 今年は林の中でコエゾゼミの鳴き声が凄まじく、まるで脳ミソにセミが止まったかと思うほど耳の奥にビンビン響く。至るところセミだらけ、という感じ。
カシワの木キオン ミズナラやカシワなどの林を抜けて草原に出ると、遠くにエゾシカが1頭、頭だけ見えた。

 草原を彩るのはキオン(黄苑)ハンゴン草(反魂草)。ともによく似たキク科の植物で、直立した茎の先端が分枝して小さな花が房状に集まって咲いている。花の姿はそっくりだが、葉っぱの形が全く違うので、見分けがつく。この見分け方は自然センターで得たばかりの知識で、キオンの葉は細長く鋸歯があり、一方、ハンゴン草の葉はオバケの手みたいに分裂しているのが特徴。ちなみにハンゴン草は北海道各地でよく見るオオハンゴン草とは見た目の印象が全然違う。

 さて、草原が尽きると、急峻な断崖絶壁で、水量の少ないフレペの滝(乙女の涙)が流れ落ちている。眼下は真っ青なオホーツク。断崖はオオセグロカモメやウミネコの絶好のコロニーになっていて、とても賑やか。上空にはアマツバメが飛び回っている。
 
 

 それにしても、よい天気になった。朝方は空全体を覆っていた雲がどんどん東へ移動して、すでに上空はすっかり晴れわたり、海も草原も夏の色に輝いている。最後の雲の群れが知床連峰にせき止められ、山並みを包んでいるが、雲の動きは速く、少しずつ山を乗り越えて、彼方へ去っていく。ずっと隠れていた緑の峰々もだんだん全容を現わしてきた。知床でこんな晴天はたぶん初めてである。

  
  (知床の山並みがだんだん見えてきた! 一番高い山が羅臼岳)


     知床五湖への道

 自然センターに戻り、次はさらに奥地の知床五湖へ向かう。ここから9キロの道のり。
 「熊出没注意」の標識が目につくなか、なだらかなアップダウンで進み、岩尾別でいったん海岸まで下って、再び上る。このルートは確実にエゾシカに会える道だったが、今日はなぜか1頭も見かけなかった。

(岩尾別でいったん下って、また上る)

 その代わり、知床の山並みが間近に迫り、まだいくらか雲を纏っているものの、スケールの大きな山岳風景が展開する。過去の旅ではいつも曇りや霧で山も見えなかったが、今日はカンカン照りで、暑い。

  

 開拓跡地の中をグイグイ上って、汗だくになって、12時半に知床五湖に着いた。「秘境」ということになっているが、駐車場には観光バスがズラリと並んでいる。
 混雑するレストハウスの売店でオムライスで腹ごしらえして、ついでにコケモモハマナスソフトクリームも買ってしまう。こういう観光地は誘惑が多くて困る。

一湖とオホーツク。草原の彼方は200mの断崖。     知床五湖ネイチャーウォッチング

 さて、13時半から知床自然センター主催のガイドツアー「知床五湖ネイチャーウォッチング」に参加。過去2回はヒグマ出没のため、奥地は立ち入り禁止で、一湖と二湖しか見られなかった。どうせ今回も同じだろうと思っていたが、今日は五つの湖すべて歩けるそうだ。

 女性のレンジャーさんに引率されて、子どもから年配の人まで十数人の一団で歩き出し、笹原の中の道を歩き出すと、まず一湖の水辺に出る。
 対岸は開拓跡地の草原になっていて、湖には入植者が放したフナが繁殖している。湖面標高は239メートル。対岸の草原の果ては切り立った断崖になって海に落下しているのだ。
 一湖の湖岸を半周すると、湖水の彼方に知床連峰が晴れやかにそびえている。知床の最高峰・羅臼岳(1,661m)の谷筋にはわずかながら雪も残っている。あと数日で消えてしまうだろうとのこと。

(一湖)

 一湖をあとに原生林に入る。トドマツなどの針葉樹とミズナラなどの広葉樹の混交林。至るところに湿地があり、ミズバショウも生えている。これはシカやクマの好物で、食痕や足跡も残されていた。この森のどこかにヒグマが潜んでいるのだ。目の前に出てこられても困るが、遠く離れた場所にならぜひ姿を見せて欲しいものだ。 

 原生林を抜けると、二湖。
 去年は対岸も見えないほどの霧に包まれていたが、今日は一点の曇りもない。小さな島が浮かぶ湖の彼方に硫黄山が聳えていて、山頂の右肩には残雪が輝き、麓に近いところに噴火口も見える。最後の噴火は昭和11年のことで、噴火周期は50〜60年というから、そろそろまた噴火が近いかもしれない(?)。その名の通り、硫黄を噴出し、その純度は99.9パーセントと極めて高いという。
 ちなみに二湖も湖面標高は一湖と同じ239メートル。五つの湖はすべて地下水脈で繋がっていて、水位は一定なので、湖面標高はすべて同じだそうだ。

(二湖)

ヒグマの爪痕 さて、ここからは初めての道。一般の観光客は忙しいのか面倒なのか、五湖のすべてを回ることはせず、一湖だけ、あるいは二湖までで引き返してしまうので、二湖を過ぎると、出会う人の数もめっきり少なくなり、秘境ムードが味わえる。
 レンジャーさんの解説を聞きながら原生林を歩き、次々と密やかな湖水と出会う。
 ひとりでぼんやり歩いていては見逃してしまうようなさまざまな発見もあった。白や赤や黄色や茶色など色々なキノコが生えていたり、アカゲラやクマゲラの食痕があったり、トドマツの幹にヒグマの爪痕があったり…。
 三湖にはスイレンの仲間のネムロコウホネが黄色の花を咲かせていたし、遠くでアオバトの声も聞こえた。

(三湖)

 しかし、何よりも感動的だったのが、五湖。静かな湖面は完璧に巨大な鏡と化して、知床連峰と真っ青な空と白い雲をくっきりはっきり映している。いつも知床を歩いているレンジャーさんですら「私もちょっと感動しています」というほどの鮮烈さ。これ以上ないほど最高の気象条件に恵まれた知床五湖めぐりであった。

(五湖は水の鏡)

 普通に歩けば1時間のコースをたっぷり2時間以上かけて歩いて出発地点に戻り、ここで解散。16時過ぎに帰途につく。途中でエゾシカを計8頭発見。彼らも日中は林の中で暑さを避けていたのだろうか。陽が傾いて、ようやく活動を開始したらしい。




     知床の夕暮れ

 17時半にキャンプ場に戻り、宇登呂の「磯地」という郷土料理店で食事を済ませ、港に急ぐ。北海道でオホーツク海に沈む夕陽を拝めるのは宇登呂だけなのだ。
 防波堤にはほかにも数人の観光客が陣取っていたが、僕はわずかに日没には間に合わなかった。それでも、水平線に接するように棚引く雲はまだ金色に輝き、太陽が沈んだあたりは残照で赤く染まっていた、上空は雲ひとつない快晴で、空の青さがだんだん深みを増してくる。東の空には半月が浮かんでいた。

宇登呂の夕暮れ セイコーマートで買い物をして、キャンプ場に帰る。海辺の道を夕風に吹かれながら自転車でのんびり走るのは何とも言えず気持ちがいい。
 それから丘の上の温泉へ。昨日はキャンプ場のスタッフの兄さんに車で送迎してもらったが、今日は歩いていってみた。だいぶ薄暗くなった坂道は徒歩でも結構きつくて、しかも、途中でエゾシカの群れが林の中から目の前に出てきて、びっくりした。
 温泉でさっぱりして、帰ろうとしたら、もう外は真っ暗。足元すら全然見えない。懐中電灯を忘れたので、まったくの手探り(足探り)状態で急な砂利道を下ってきた。また、シカが出てくるかもしれないし、シカならまだいいけれど、ヒグマが出てもおかしくないから、結構怖かった。
 本日の走行距離は35.7キロ。明日は知床半島をあとにする予定だったが、一日延期。昨年は悪天候で中止になった「夜の動物ウォッチング」が明晩開催されることが分かったので、参加するため。夜までどうやって過ごすかは未定。


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