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スバルラインで富士山五合目へ
2009年6月20日
5月の
西伊豆ツーリング
で戸田(へだ)峠をすっかりバテバテのヘロヘロ状態で越えた時、自転車での山越えなんてもうコリゴリだと思った。ところが、ひと月も経つと、そんなことはすっかり忘れて、性懲りもなくまた山へ行きたくなった。しかも、今回は日本一の富士山である。
実は先月も当初は富士山五合目をめざそうと考えていたのだけれど、調べてみると、直前に雪や大雨でスバルラインが何度か通行止めになった事実が判明し、計画は先送りして西伊豆へ行ったのだった。
戸田峠の直後は自信喪失状態で、もう富士山に自転車で登るなんて無理だ、と思ったりもしたが、肉体的なダメージがさほど後を引かなかったので、精神的な立ち直りも意外に早かった。それで、一応調べてみると、山梨県側の河口湖から登る富士スバルラインは全長29.5キロもあるものの、平均勾配は5パーセント、最大でも8パーセントとのことで、急坂の連続だった戸田峠に比べれば、勾配はかなり緩いということが分かった。でも、だから楽かというと、もちろん、そんなことはない。なにしろ、10キロの上りだった戸田峠の3倍の距離である。これは東海道線なら東京駅から横浜の先まで、中央線だと東京駅から武蔵小金井の先まで、僕にとってもっと身近な小田急線だと新宿から町田の手前までに相当する。電車でも30分前後はかかる距離をダラダラとした上りが延々と続く辛さはやはり並大抵のものではないだろう。普通の人はそんなところを自転車で走ろうなどとは考えない。それでも、時間が経つにつれて、よしチャレンジしてやろう、という気持ちにはなってきた。
戸田峠は急坂とともに強烈な陽射しと暑さにやられたので、あの日のようなカンカン照りの日さえ避ければ、なんとかなるのではないか。なにしろ、めざす五合目の標高は2,305メートルもあるのだ。麓を朝の涼しいうちに出発すれば、暑さの心配はないだろう。むしろ、山の上は寒いぐらいかもしれない。
そんなことをあれこれ勘案しつつ、いつしか富士山に行く気満々になっていたら、6月20日の天気が前日の予報で、まさに絶好の富士山ツーリング日和になりそうだった。よし、決行だ!
ということで、6月20日、土曜日。自宅を6時前に出発。愛車とともに京王線、中央線、富士急線を乗り継ぎ、標高857メートルの河口湖駅に9時09分に着いた。最初は曇っていたが、高尾を出たあたりから陽が射してきた。富士山は雲の中からうっすらと頭だけのぞかせている。
河口湖駅前で自転車を組み立て、9時20分にスタート。いつもなら、何かから解き放たれたような自由な気分になれる瞬間だが、今日に限っては、そういう気持ちにはならない。心の中に富士山という巨大な存在が壁のように立ちはだかっている。まぁ、あまりがんばらずに、のんびり行こう。
河口湖駅前から西へ200メートルほど行くと、セブンイレブンがあったので、おにぎりや水やスポーツドリンク、さらにチョコレートやスナック菓子などを買う。この先、途中では何も買えないと覚悟しなければならないので、水・食料とも少し多めに用意しておく。とにかく、ここからは30キロ、ず〜っと上り坂なのだ。
セブンイレブンの角を左折して南へ向かう。この道がそのままスバルラインへ繋がっているようだ。
「スバル立体」交差点で国道139号線を突っ切り、いよいよここから富士スバルラインだ。「スバルライン全線営業中」の電光表示がある。雲の上に富士の山頂だけが白く浮かんでいる。
ここでサイクルコンピュータに表示された自宅からの走行距離がちょうど4.0キロであるのを確認。この数字が34キロになる頃には、もう富士山五合目だ。遠すぎて、何の励みにもならない。この時点では、ここがスバルラインの起点で、ここから29.5キロ先がゴールだと思っていたのだが、実は起点は先ほどのセブンイレブンの角であり、すでに全区間29.5キロのうち1.5キロぐらいは走っていたのだった。このことには100メートルごとに設置された距離標の数字が僕の計算とズレているので気がついた。
(富士山に向かって、いよいよ登り始める)
とにかく、9時40分にビジターセンターを左に見て、スバルラインを上り始める。アカマツが目立つ森の奥へ向かって、まっすぐに緩やかな上り坂が続いている。
すぐにロードバイクとすれ違った。もう下ってきたということは朝一番で上ったのだろうか。自転車レースのためのトレーニングなら、上って下ってまた上る、なんてこともアリなのかもしれない。
こちらはあえてスピードを抑えて、時速15キロぐらいで走る。まだ余裕があり、スタミナ温存のためにも15キロを超えないように、ゆっくり走ろう、などと考える。
森の中からウグイスの仲間、センダイムシクイの「チョチョビー」というさえずりが聞こえてきた。さらに「ツピン、ツピン」とシジュウカラよりも早口で繰り返すヒガラや「ピィールーリーリー、ジェッジェ」などと鳴く青い鳥、オオルリの声も聞こえる。うーん、いいなぁ。エゾハルゼミも盛んに鳴いている。今年初めて聞くセミの声だ。森林も道路も雄大な感じで、なんとなく北海道の森の中を走っているような気分になる。
最初のうちは時速15キロを超えないように…なんて調子のいいことを考えていたのだが、まもなく、わざわざ速度を抑えなくても勝手にスピードは落ちて、いつしか速度計の数字は10キロ前後を行ったり来たりの情けない状態になった。それだけ坂がきつくなったのだ。額からは汗も流れ落ちる。意外に暑い。
まだ朝食もとっていないので、自転車を止めて、道端でおにぎりを1個食べる。リュックからタオルを出して汗を拭き、この先、いつでも拭けるように首に掛けておく。
入口(ビジターセンター前)から4.5キロほどで料金所があった。時刻は10時05分。スバルラインは自転車も有料で、200円(往復分)を徴収される。自転車で有料道路を走るのは関門トンネル(20円)以来だ。めったにないことなので、自転車でお金を払うのが、ちょっと嬉しかったりする。まぁ、これは200円だから言えることで、普通車みたいに2,000円も取られたら嬉しいはずはない。
後続のバスやクルマをやりすごしてから、僕も係員にお金を払い、通行券を受け取って、さらに上る。びっくりするような急勾配はないかわりに、とにかく一貫して上り。体力より忍耐力が必要な区間である。いつしか、空は曇ってきて、富士山はもうどこにあるのか分からない。
ところで、富士スバルラインを通って富士山五合目まで行くのは、自転車ではもちろん今回が初めてだが、車でなら過去に3回行っている。子どもの頃、家族ドライブで2回、中学校の移動教室でもバスで登った。確か小学校2年生の時だったと思うが、家族で五合目までドライブに出かけた時、スバルラインを自転車で走っている人がいて、驚いたものだ。あの時はとても自分にはマネのできないすごい人たちだと感心するばかりで、自分も自転車で上ってみたいなどとはまったく思わなかった。それが、今こうして自転車で富士山の裾に取りついているのだから、分からないものである。
まもなく、シカの図柄の「動物注意」の標識があった。「全線」と書いてある。いきなり目の前に飛び出してこられたら困るが、何か野生動物に会ってみたい、というのは自転車で特に山に出かける時、いつも考えることである。
(全線・動物注意!)
さて、途中で気づいたことだが、スバルラインには起点からの距離を示す距離標が100メートルごとにあり、さらに500メートル間隔で距離と勾配と標高の表示がある。たとえば、8.5キロ地点には「8.5K 勾配8/100 標高1257M」と書かれた黄色の三角柱が立っている。勾配8パーセント。事前に仕入れた知識によれば、これが全区間での最急勾配である。急といえば急だけれど、驚くほどではない。これ以上の急坂はないのかと思えば、かえって気楽にもなる。そして、標高はもう1,257メートル。スタート地点の河口湖駅が857メートルだからすでに400メートルも上ったことになる。といっても、まだ五合目までは1,000メートル以上も上らねばならないわけだが…。陽は射したり、翳ったりだが、標高のせいか、暑さは感じなくなった。それだけでもずいぶん楽だ。
そこで写真を撮っていたら、ロードバイクの男女2名に追い抜かれた。お互いに「こんにちは」と挨拶を交わす。自転車の性能も違うことだし、あちらはスポーツ、こちらは旅、と割り切って、抜かれても気にしないことにする。とにかく、無理せず、のんびり、ゆっくり、楽しみながら走ろう!
(8.5キロ地点でロードバイクの2人に抜かれる)
走り出してすぐ森の中からコルリの声が聞こえてきた。コマドリの声に似ているが、その前にチッチッチッチッ…という前奏がつくのが特徴。オオルリの声は先ほど一度聞いたきりだが、この先でもコルリのさえずりは至るところで耳にした。道路のすぐそばでも鳴いていたが、姿は見えない。青と白の美しい小鳥なのだけど。
起点から8.9キロ地点に「一合目下駐車場」があった。駐車場とトイレがあるだけの休憩所で、標高1,291メートル。時刻は10時半。もちろん、休憩。トイレにも行っておく。手洗い用の水は雨水を貯めたものらしく、「飲めません」と書いてあった。前回の戸田峠では途中に沢や湧水があったが、富士山にはそんなものはない。水はとても貴重なのだ。
駐車場の端に1本のシラカバ。恐らく若木の時代に積雪の重みで倒れたのだろう、もたれかかったガードレールの上で幹がほぼ直角に折れて、斜面の下になぎ倒されているが、そこから立ち直って、なお天に向かって伸びようとする姿が健気だった。
(一合目下駐車場のシラカバ)
再び走り出す。「一合目下」というからにはすぐに「一合目」の標識があるのかと思ったが、それらしいものは見当たらない。そもそも、この一合目とか二合目とかいうのは何を基準にしているのかがよく分からない。標高とも距離ともあまり関係がなさそうだ。駐車場の標識で一合目のことを英語でFirst Stepというらしいことは分かったけれど。
しばらく走って、起点から10キロのポイント(標高1,351m)を10時40分に通過して、ようやく道端に何やら表示板が見えてきた。もう二合目かな、と思ったら、そこがやっと一合目だった。時刻は10時46分。一合目下駐車場からはすでに2キロ以上走っている。標高は1,405メートル。五合目までの残りの標高差はちょうど900メートルだ。
(一合目 First Step 標高1405m)
ここまで直線と緩やかなカーブで南へ伸びてきた道はいったん東へ向きを変えた後、ヘアピンカーブで西に針路をとる。その急カーブの途中で車に轢かれた赤いヘビ、ジムグリ。さらに続いて、ムクドリぐらいの大きさの野鳥も1羽犠牲になっていた。
少し急な坂を観光バスが真っ黒な毒ガスを吐き散らしながら登っていく。それが2台目、3台目と続く。沿道には木の生えていない草地が多く、各所で植生を再生するための試験が行われている。やはり排気ガスの影響で木が枯れるのだろう。
11時10分に二合目。起点から約14.5キロの地点で、標高1,596メートル。僕が自転車で走った過去最高地点の柳沢峠(1,472m)をはるかに上回る高さにまでやってきた。でも、まだそんな実感はない。ここでもちょっと休憩。
(二合目 Second Step 標高1596m)
二合目を過ぎたあたりから、何やらタンポポの綿毛みたいな白いものがふわふわとたくさん漂ってきた。この先もあちこちで見たのだが、確かな正体は不明。あとで調べてみたが、ミヤマヤナギのタネではないか、というのが今のところの推定。
11時15分に全行程のほぼ中間地点にあたる15キロポストを通過。標高1,614メートル。
11時22分、起点から約16キロで樹海台駐車場というのがあったので、また休憩。標高1,663メートル。スバルラインで初めて眺望が開けて、眼下に緑の樹海が広がった。彼方には河口湖なども見えるのかもしれないが、霞んでいて、よく分からない。
それよりも何よりもカッコウが鳴いている。実はカッコウの声をナマで聞くのは初めてだ。カッコウの仲間のホトトギスやツツドリやジュウイチの声は過去に何度も聞いているのに、一番ポピュラーなはずのカッコウの声だけ聞いたことがなかった。そのカッコウがすぐ近くで鳴いている。姿を探すと、いたいた! 50メートルほど離れたカラマツの枯れ木に止まっている。けっこう感動。その場にはほかにクルマで来た中高年の観光客が3人いたのだけれど、カッコウの声には何の反応もなし。もう聞き飽きているのだろうか。
(樹海台 標高1663m)
カッコウがどこかへ飛び去って、11時30分に出発。
まもなくミソサザイの長くて複雑な歌声が響いてきた。ウグイスの声もするし、コルリも相変わらずよく鳴いている。
そろそろスタートから2時間になるのに、まだ半分ぐらいしか来ていない。五合目まで3時間あれば行けるかな、と思っていたが、これは4時間がかりになりそうだ。まぁ、ゴールしたら、あとは一気に同じ道を下るだけなので、急ぐ必要はない。のんびり走っていると、何度も自転車に抜かれる。同類がけっこういるんだなぁ、と思う。女性も何人か見かけた。でも、ほとんどがロードバイクで、タイムを意識して、ひたすらペダルをこぎ続ける人たちが多いようだ。2週間前(6月7日)にはスバルラインを車両通行止めにして、自転車レース「Mt.富士ヒルクライム」が開催されたそうだ。
11時44分に三合目。起点から18.3キロ地点。標高は1,786メートル。何やら赤い花の咲く木がある(下写真)。あとで調べたら、フジサンシキウツギ(富士三色空木)というらしい。道端の地面には小さな白い花がたくさん咲いていて、葉っぱの形からイチゴの仲間らしく、こちらはシロバナヘビイチゴというのだった。
(三合目 Third Step 1786m)
コースの前半は曇りがちだったが、標高が上がるにつれて、雲の上に出たのか、青空が広がってきた。陽射しも降りそそいできたが、暑くはない。木々の若々しい緑も気持ちがいい。このあたりはもう下界からは見えないのかもしれない。
11時54分に「五合目まで10km」の標識を通過(右写真)。まだ、バテたという感じはなく、ゆっくりながらも、着実に距離も標高も稼いでいるのだが、このあたりから右のふとももに妙な張りを感じるようになった。今にも攣りそうで、嫌な予感。マラソン選手でも突然の足の痙攣でリタイアというのはよくあるアクシデントだが、似たような症状が出かかっているのかもしれない。力を込めてペダルを踏むというより、あまり力を入れずに軽〜くペダルを回す、という感じで進む。
木の上で「ガー、ガー」とカラスらしき鳥が鳴いていた。ただ、声が普通のカラスとはちょっと違うし、体もやや小さい。同じカラスの仲間のカケスとも違うようだ。光線の加減でシルエットになっているので、羽色が判別しにくいのだが、尾羽の先端が白いのだけは分かる。高山に棲むホシガラスに違いない。
正午頃、20キロポストを通過して、21キロ地点付近の道端で休憩。おにぎりを食べる。空腹との闘いになったら、途中で補給もできず、かなり辛いことになるだろうと、十分な食料を用意してきたのだが、スタート直後に朝食用のおにぎりを1個食べただけのわりには、なぜかあまり腹が減らない。それでも、山の上で食べるおにぎりは美味い。コンビニのおにぎりというのがちょっと味気ないけど。やはり正しい日本人の山登りというのは自分で作ったおにぎりを持っていかなくては、と日頃から考えているのだが、今日はうっかり忘れてしまった。
(ここで昼食タイム)
ところで、ふと気がつくと、足元に赤みがかったアリが群がっていて、一部は僕の足によじ登ってくるではないか。草の上に下ろしたリュックにも2、3匹たかっている。僕のことを餌だと思っているのか。不気味である。急いで全部払い落し、おにぎりを1個食べただけで12時15分にスタート。太ももの張りも一応治まった。
それから2キロほどで、そこだけ路面状態の悪いヘアピンカーブを曲がり、大沢駐車場に着く。標高はついに2,000メートルを突破して2,020メートルである。ふと見上げると、富士山頂が意外な近さでドーンと見えた。いつもは遠くから眺めている富士山の中腹にまで登ってきたのだと実感できて、ちょっと感動。
(大沢駐車場から山頂を望む)
ここにはトイレだけでなく、自動販売機や売店もあった。ペットボトルのドリンク類は下界では150円のところ、ここでは180円である。もっと高いのかと予想していたが、このぐらいなら許容範囲か。ソバやウドンも500円と書いてあって、意外に安いな、と思う。そういえば、昔は富士山の上では水ですらお金を出して買わなくてはいけない、と驚くべきことのように語られたものだが、今ではそれが下界でも普通になった。
ところで、軽トラックの移動売店でジュースやトウモロコシなどを売っているおじさんによれば、眼下に見えるのは静岡県側の朝霧高原だそうだ。上空を見上げれば、思わぬ方向に太陽が照っている。方角がすっかり分からなくなっていたが、いつのまにか富士山の西側斜面に来ていたのだった。
(富士山四合目・大沢駐車場 標高2020m))
大沢駐車場を12時43分に出発して、2分で四合目に到達。標高2,045メートル。あたりはすっかり高山の雰囲気で、林相もシラビソやコメツガなどの針葉樹やダケカンバが目立ってくる。荒々しい溶岩も至るところで見ることができる。
(四合目 Fourth Step 標高2045m)
それにしても、予想以上に素晴らしい天気になった。しかも、全然暑くないのが嬉しい。
すれ違う自転車が多くなってきた。ほとんどロードバイクばかり。これまでに僕を追い抜いていった人たちもそろそろ下ってくる頃だろうか。
坂がやや急になって、再び右のふとももが張ってきたなぁ、と思ったら、起点から26キロ地点でとうとう足が攣った。しばらく休憩。標高2,190メートル。空気も薄くなってきたような気がする。
眼下に望まれる朝霧高原の向こうにそびえる山のさらに彼方には南アルプスの峰々が雲の上に連なっている。
(26キロ地点で足が攣った! 右上写真の上端に南アルプスが連なっている)
(富士の稜線も急傾斜)
足の状態はなんとか持ち直して、再びペダルを回し始める。ゴールまであと3.5キロ、標高差もわずか115メートルだ!
そこから1キロ余りで奥庭駐車場。時刻は13時20分。奥庭と呼ばれる展望地まで散策路があるらしい。片道600メートルということで、自転車を残して歩き出したが、けっこう急な下り坂で、これを下って、また引き返してくるのは大変だなぁ、と思い直す。実際、登ってくる人たちはみんなかなりきつそうにしている。
ということで、散策はやめて、10分後に再び走り出す。
「あと2500メートル」の標識を見て、少し坂を上ると、道が平坦になった。ギアを重くして、一気にスピードを上げ、ラストスパート。もう着いたも同然だ。
(ゴールはもうすぐ!)
「チュリチョリ、チュリチョリ…」と高山の鳥、メボソムシクイが盛んに鳴いている。このさえずりは「銭取り銭取り」と聞きなされ、覚えやすい。もちろん、姿は見えない。
「五合目まで1500m」の標識を過ぎて、前方にトンネルのようなシェルターが見えてきた。100メートルほどの長さのものが3つ続く。このあたりから再び上り坂となり、しかも下界から這い上がってくる霧によって急速に景色が霞んできた。富士山頂もあっというまに見えなくなった。気温も急激に下がってきたようだ。勢いよく下ってくる自転車の女の子が「キャーッ、寒いーっ!!」と叫んでいる。確かに風を切って下ると空気は冷たく感じるだろう。僕も下りに備えてウィンドブレーカーを持ってきた。
(あと1,500メートルの地点から天候が激変)
さて、こちらもゴール目前だが、3つ目の洞門を抜けた最後の坂で再び足が攣った。しかも、今度は右だけでなく左足にもきた。両足に激痛が走り、地面に足を着いたまま、動くこともできず、しばらくはじっと痛みに耐える。すぐそばでウグイスがさえずっている。
なんとか歩けるぐらいにまでは回復したので、あとは無理せず、ちんたら自転車を押しながら最後の200メートルを進み、ついに五合目に到着。標高2,305メートル。もう霧で何も見えず、近くの建物ですら霞んでいる。時刻は13時40分。やっぱり4時間もかかってしまった。
(五合目 標高2305m)
最後に足が攣るというアクシデントがあったとはいえ、今回は山登りなんてもうコリゴリだ、と思うようなことはなかった。むしろ、このぐらいなら、年に一度ぐらいはこのコースを走ってもいいかな、と思うほどだ。自転車で五合目まで来て、そこから歩いて山頂をめざす、というのはどうだろうか、などと勇ましいことを考えてみたりもする。ここから上はまだ登ったことはないけれど、僕の「日本人として一生のうちに一度は体験したいことリスト」の中にも富士登山はちゃんと入っているのだ。
とにかく、富士山五合目である。たぶん中学生の時以来だが、子どもの頃の印象とそうは変わっていない。体格のいい馬がたくさんいるのも記憶のままだ。
それにしても、すごい人の数である。外国人の姿も多い。観光バスがズラリと並び、駐車場もクルマでいっぱい。バイクも多いが、自転車はなぜか少ない。もうみんな下ってしまったのか。
着いても、特にすることはないので、六合目方面に向かって、ほぼ平坦な未舗装の道にちょっとだけ足をのばす。いよいよ霧が深く、寒々とした眺め。泥で汚れた雪がまだ残っていたが、強風と積雪で傾き、湾曲したダケカンバはちょうど新緑の季節で、桜も咲いていた。
歩いている観光客は冬のような厚着をして寒そうな人もいるし、半袖の人もいる。五合目の今朝の最低気温は5度、午前10時で9度だったというから、現在もせいぜい10度をちょっと超えた程度だろう。僕もTシャツに半ズボンだが、寒くはない。むろん、暑くもない。
ついでに五合目の平均気圧は約770ヘクトパスカル、山頂の気圧は約640ヘクトパスカルだそうである。
(まだ残雪があった)
無料休憩所でしばらく休み、土産物店もざっと眺め、14時45分に五合目をあとにする。一応、ウィンドブレーカーを着用。
走り出すと、スピードはいきなり時速50キロを突破。ちなみにスバルラインの制限速度は50キロである。霧の中、風を切って走ると、さすがにちょっと寒い。
ところが、1キロほど下ると、霧が晴れ、青空が広がって、富士山頂もくっきりと姿を現わした。すっかり夏の陽射しで、もうウィンドブレーカーを着ているのが馬鹿らしくなった。
ここで相変わらず「チュリチョリ、チュリチョリ」とよく鳴いているメボソムシクイの声を聞きながら、富士山をバックに愛車の写真を撮ってやって、再びTシャツ1枚に戻り、また走り始める。
ほぼ平坦な区間が終わって、奥庭駐車場を通過すると、あとは麓まで全線下り坂。思った以上にスピードが出る。びっくりするような急勾配ではないと思ったが、コンスタントに時速50キロを超え、たびたび55キロも突破する。自転車でこれだけ飛ばすと、けっこう怖い。
ヘアピンカーブを2度曲がって、四合目を通過したのが、15時05分。それから1分も経たないうちに大沢駐車場。森の中から高らかに響くコマドリの金属的な声と、「ジュウイチ」と鳴くカッコウの仲間、ジュウイチの声が聞こえた。
15時10分には三合目を通過。三合目から四合目まで上りは途中の休憩時間を除いても30分以上はかかったのに、下りはたったの5分だ。
このあたりからまたたくさんの白い綿毛がふわふわと舞い始める。
樹海台駐車場でちょっとだけ下界を眺めて、霞んだ風景の彼方に河口湖と西湖らしき湖面を確認し、二合目通過が15時16分。
沿道には「動物注意」の標識が頻繁に現われるが、これだけビュンビュン飛ばして、目の前にシカでも飛び出してきたら、とても避けられないな、と思いながら、注意して下っていると、一合目手前の道路脇でバキバキッと枝が折れる音がした。シカだ! 道路を横断しようとしたところに僕が通りかかったので、あわてて森の中に逃げ込もうとした様子。一瞬で通過したので、確認できたのはメスジカ1頭だったが、飛び出してこなくてよかった。
一合目通過が15時22分。速い、速い。
料金所もノンストップで通過して、なおも時速55キロで下り続け、ようやく国道139号線との交差点で信号停車。あとで確認したら、本日の最高速度は時速63キロだった!
標高差1,448メートルを下りきって、河口湖駅前に戻ったのは15時40分。五合目で飲み干したペットボトルが下界に降りてきたら、気圧差のせいでグシャッとつぶれていた(右写真)。このボトルの中には富士山の空気が詰まっているのだ。
その富士山はここからもドーンと見えるはずなのだが、もはや雲に隠れて、まったく見えなくなっていた。
(河口湖駅前。向こうに富士山がそびえているはずなのだが…)
さて、あとは帰るだけだ。しかし、現在地の標高は857メートル。ここから電車に乗っても、大月まで下り勾配の連続である。となれば、線路に沿って自転車で下るのも面白いだろう。大月の標高がどれぐらいかよく分からないが、たぶんまだ500メートルぐらいは下れるのではないか。
ということで、富士急線の線路に沿って、各駅に立ち寄ったりしながら、大月まで25キロ余りの道のりを下ってきた。あとで大月駅の標高を調べたら358メートルとのこと。河口湖駅との標高差は499メートルだった。
大月駅前に着いたのが17時07分。ここまでの走行距離は92.18キロ。富士急の運賃1,110円を節約できた。
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