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《ドン行自転車 屋久島行き*2002年 夏》

  都井岬


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     幸島のサル

「ラジオ体操、行きますか?」
 Kさんに誘われて、6時半頃、外へ出た。早くもクマゼミが盛んに鳴き、民家の庭からはニワトリの雄叫びが聞こえる。今日も天気はいいが、風が強い。
 近くの公民館の広場へ行くと、小学生の男の子2名が来ていた。ひとりが小さなラジオを持っている。それを地面に置き、4人で囲むようにして、ラジオ体操。いったい何年ぶりだろう。「第1」は身体が覚えていたが、「第2」はすっかり忘れていた。それにしても、子どもは2人だけ。昨日は4人だったらしい。ヘンなおじさんが来る、というので参加者が減ったのでなければいいけど(しかも、今日はヘンな人が増えているし…)。

 ラジオ体操から帰ると朝食。このあたりはオクラ栽培が盛んだそうで、味噌汁の具もオクラだった。
「オクラはナマで食べても美味しいんですよ」
 といって、三戸のおばあちゃんは裏の畑からわざわざ新鮮なオクラとプチトマトを取ってきてくれた。

 さて、今日もできるだけ早く出発して、涼しいうちに距離を稼ぐつもりだったが、この宿に泊まってしまっては幸島へ渡らぬわけにはいかない。昨日のうちに行っておけばよかったと後悔したが、もう遅い。
 隣の家が渡船をやっているので、Kさんと一緒に訪ねて、少し早めにお願いする。往復1,000円だそうだ。
 8時25分頃、堤防に繋がれた小船に乗り込み、ほんの数分。潮の流れが速い瀬戸を渡り、照葉樹の森に囲まれた入江に回り込むと、浜にサルがたくさん出ていた。9時に迎えに来てもらうことにして、岩場に上陸。

 

 島には約100匹のサルがいるそうで、潮の引いた浜辺一帯にも30匹ほどはいるだろうか。人馴れしていて、近づいても逃げようとはしない。
 あちこちでひとかたまりになって、互いに毛づくろいをしている。母親とその子どもたちらしい。赤ちゃん連れも多い。岩の上にぽつんと1匹だけで座って、まるで瞑想しているようなのもいる。
 サルはずっと眺めていても飽きないが、時間がないので、30分ほどで切り上げ、戻ってきた。

     都井岬の野生馬

 さて、民宿を出発したのは9時半過ぎ。おばあちゃんは朝から稲刈りだ。いつまでもお元気で。
 すでに陽は高く昇り、暑い。今日の予想最高気温は宮崎が
33度、鹿児島が32度。
 スタートしてすぐに上り勾配となる。最初から四苦八苦。当面の目的地は野生馬で有名な都井岬だが、岬まではずっとアップダウンの連続だそうだ。
 真っ青な海と真っ赤なハイビスカス。クルマだったら快適なドライブが楽しめるに違いないが、自転車だと息も絶え絶え。これはもはや旅行ではなくて修行である。しかも、あまり立派な人にはなれそうもない修行。つらいッス。
 急な坂を上って海食崖の上に出てはダーッと平地まで下り、小さな集落を通過、そしてまた急な上り。その繰り返し。
 サーファーで賑わう恋ヶ浦を過ぎ、再び上ると、岬の突端に展望所があった。ここにもヤシの木やハイビスカスが植えられ、あずまやもある。ここで小休止。キリギリスが鳴き、ニイニイゼミの声がする。
 25分も休んで、1045分に出発。再び坂を下ると、宮ノ浦の集落。これが都井岬の手前では最後の集落だ。そして、またまた上り坂。
 道端に動物の糞がたくさん落ちていて、なかに植物の種が混じっている。サルの糞かな、と考えながら走っていたら、左手の山の斜面にサルが1匹出てきた。

(山からサルが下りてきた)

 道は都井岬へ向かって、山林の中をどこまでも上っていく。今までで一番長い上り。何台ものクルマやバイクに抜かれ、ハンドルをふらつかせながら、エッチラオッチラと重いペダルを踏む。すぐに息が切れて、一休み。気を取り直して、また走り出す。
 ようやく岬の尾根まで上りつめ、ここから反対側へ急激に下っていく国道448号線を右に見送り、県道36号線に入って、さらに尾根伝いに上る。駒止めの門というのがあり、カーブを曲がると、山林が途切れ、前方に雄大な丘が広がり、馬が草を食んでいるのが見えてきた。「御崎馬」と呼ばれる日本在来種の野生馬だ。
 1140分、ようやく観光ホテルなどがある岬の中心部に到着。ここまで18キロ。路上にも馬がいるが、見物は後回しにして、とりあえず冷房の効いたビジターセンターに逃げ込む。入館料500円。
 御崎馬は1697年に高鍋藩秋月家が都井岬に軍馬を放牧したことに始まり、以来300年、自然繁殖を重ねて今に至ったものだという。現在の頭数は牡57、牝63の計120頭。このうち、今年生まれた子馬は牡6、牝10の計16頭とのこと。サラブレッドよりやや小柄ながら、意外に姿のよい馬である。昔の侍はこんな馬に乗っていたのか、と思う。


     都井岬灯台

 1225分にビジターセンターをあとにして、岬の先端をめざす。馬糞の散らばる道をいったん下ってまた上り。坂がきついので、勾配を少しでも緩和するため蛇行して走る。
 2キロほど行くと、ドライブインがあり、そこで昼食。時刻は1245分。
 冷房がなく、扇風機が回っているだけの店内で、汗を拭き拭き、チキンピラフを食べ、パッションフルーツジュースを追加注文して、13時過ぎに再び炎天下に出る。
 200メートルほど坂を上れば岬の駐車場。自転車を止めて、ほかの観光客に混じって土産物屋の並ぶ道を抜け、階段を上がると都井岬灯台だ。灯台の概要は以下の通り。

 位置は北緯312203秒、東経1312045秒。塗色構造は白色、塔形。灯質は単閃白光、毎15秒に1閃光。光度は97万カンデラ。光達距離は25.5海里。高さは地上から灯火まで10メートル、水面上から灯火まで255メートル。初点灯は昭和4年1222日。

 この灯台は150円で内部見学できるので、螺旋階段をてっぺんまで登ってみた。
 
宮崎県最南端に位置する岬を取り巻く青海原。北側は日向灘。幸島からの海岸線がずっと見渡せる。南側は志布志湾。そして、遠く大隈半島の山並みも霞んでいる。さらに南の洋上遥かには薄ぼんやりと種子島らしき島影も望まれた。風がなんとも心地よい。
 灯台下の売店でかき氷の誘惑に負けて休憩後、再び自転車に乗って引き返し、途中、草原の丘にも歩いて登って、馬を間近に眺め、都井岬をあとにしたのは1405分。




     串間

 さぁ、あとは行けるところまで行くだけだ。先ほどの悪戦苦闘から一転して長い下りを快調に下っていくと、路上に今度はサルが大量出現。クルマの窓から観光客がビデオカメラを向けているが、あまり恐れる様子も見えない。僕も間近に寄って写真を1枚。
 国道448号線に戻って、串間方面へさらにぐんぐん下っていく。しかし、途中で嫌なものが視界に入った。眼下に広がる平地の向こうに、すごく急な上り坂。いま走っているこの道はあの坂へ通じているのだろうか。信じたくない。そうでないことを願う。
 しかし、やはり…だった。坂を下りきったところが都井集落で、そこからまたまたキツーイ上り。あまりの急坂に気力も尽きて、自転車を押して上る。電線でホオジロがさえずり、山からはホトトギスの声も聞こえたが、鳥の声も励みにはならない。
 なんとか峠を越え、都井トンネルをくぐってダーッと下ると、再び平地に出て本城という集落に着く。ここからは平坦な道かと思いきや、すぐにまた上りだ。もうガッカリ。
 その後も小刻みなアップダウンが続き、16時頃、ようやく串間市街に入った。昔懐かしい汽車の図柄の「踏切注意」の標識が立っている。きのう南郷駅前で別れて以来の日南線の線路で、それを渡ると、これも南郷駅前以来の国道220号線にぶつかった。
 串間駅前で自転車を停めた。ここまで43キロしか走っていないのに、もうバテバテ。すっかり気が抜けて、何もする気が起こらない。
 駅の待合室のベンチに座り込んで、ぐったり。今日はこの街に泊まってしまおうかなぁ、と思う。
 列車がやってきた。ディーゼルカーの2両編成。のんびりと車窓を眺めながら列車に揺られる旅がとても魅力的に思えてきた。

   志布志

 40分近く休んで、少し元気が回復し、再び自転車の人になる。どこか安いホテルでもないか、と考えつつ、ゆっくり走るうちに、やっぱりこれから志布志まで行ってしまおう、と思い直した。あと14キロ。普通に走れば1時間もかからないはず。どんなにゆっくり走っても日没までには着くだろう。
 というわけで、串間からは再び国道220号線を行く。
 やがて、都井岬以来の海が見えてきた。志布志湾。砂浜の海水浴場もあり、断崖続きの日南海岸とはだいぶ様子が違ってきた。
 串間駅から7キロ、今日の走行距離が50キロを超えたところで、宮崎県から鹿児島県に入る。東京からずっと走ってきたわけではなくても、やはり自転車で鹿児島県まで来たかと思うと、ある種の感慨が湧く。時刻は1720分。
 後半はけっこう坂があったが、なんとかこなして、18時ちょうどに志布志駅前に到着。日南線の終点である。ここまでの走行距離は59キロ。
 それにしても、こんな小さな駅になってしまったのか、と思う。かつての志布志駅は宮崎からの日南線のほかに都城線(都城〜志布志)と大隈線(志布志〜国分)が接続する鉄道の要衝で、実は高校1年の夏に九州旅行で一度来たことがある。当然ながら規模の大きな駅だった。それが、都城線と大隈線が廃止された今はホーム1本だけの小さな駅で、駅員すらいないのだった。
 志布志駅に近いビジネスホテルに投宿。1泊4,700円。屋上の洗濯機が無料で使えるのが有り難い。
 今日の走行距離は
60.4キロ。明日はなんとしても鹿児島まで走る。そして、あさっては屋久島だ!



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