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1949〜2008 GOOD-BYE EXPRESS GINGA

寝台急行「銀河」最後の乗車

    

 私は1月13日に東京に行くことがあった。その時は折角だから、2008年3月15日で廃止となる、寝台急行「銀河」新大阪に21時17分に到着。この「のぞみ」に乗っていればその日のうちに東京につけるのに、わざわざ夜行急行の「銀河」に乗るために新大阪で下車。こんなことをするのって、自分くらい?最も20時45分のひかりレールスターでの乗り継ぎ予定だったし、何せ「銀河」も、今年の3月で引退だからね。

 で、21時17分、新大阪に到着。広島から新大阪まで使った「のぞみ」は、東京行きの最終列車。これに乗ればその日のうちに東京に着くし、東京のホテルは高いとはいえ、銀河の発車時間とさほど違わない。これは「銀河」が廃止になるのも納得せざるをえないのだが。悲しいけど、それが現実なのだろうか?

 

 さて、銀河の大阪発車は22時22分。時間的にも間に合うし、新大阪駅のレストランは21時を過ぎると閉まっているお店が多い。隣の大阪駅はこの時間ならまだ営業しているお店も多いだろうし、駅周辺には多いだろう。まあ新幹線のレストラン街は朝早く、夜早い、とはよく言うが・・・。電車で一駅西に戻り、大阪で夕食を済ませ、「銀河」の発車する番線に向かう。既に列車は入線しており、さすがに大阪駅は鉄道ファンが多いな。写真を撮り、乗ってみるとまあ利用者も多いこと。元々銀河は利用者がそれなりにいたが、大半は最終新幹線に乗り遅れた人で、明らかに出張に行く人が多いのだが、今日は鉄道ファンの乗車も多いこと。車内放送を録音したり、車内設備の撮影などをする人も多くいた。

 「銀河」、昭和25年から走り続けるベテランだが、東海道新幹線の開業後も、需要が桁外れに高い区間だけに、ずっと走り続けていた。急行ながら寝台車のみといっていい内容だった。昭和50年3月までは2往復が運転され、1往復は新幹線の岡山開業までは姫路まで運転されていた時期があった。また名古屋までは紀伊勝浦行きの寝台急行「紀伊」を連結していた。昭和50年3月に、1往復は米子まで延長の上、特急に格上げとなって「いなば」を名乗るようになり、昭和51年には大阪〜新潟間の特急「つるぎ」が24系25形の2段寝台となり、それで余剰になった20系が「銀河」に使われるようになった。ブルートレインの客車を使った初の寝台急行で、以後、各地で余剰になった20系のうち、製造から10年経っていないもの等耐用年数があるものは、寝台急行に転用されることになり、寝台急行も体質改善が進んでいった。

 そして、下り列車は比較的好調に推移していく中、上りは東京着が9時36分と、新大阪発の新幹線の始発より遅くなることで不評だったが、昭和59年2月に時刻が改められ、上下とも東海道新幹線の走らない時間帯をカバーするダイヤに改められた。

 だが、この頃になると20系客車の幅52cmの寝台が不評になり、また20系客車の老朽化も問題になってきた。一方で、20系とともに高度経済成長時の日本を支えた寝台車、583(581)系電車は、新幹線の延伸や飛行機の大衆化だけでなく、夜は24系25形、昼は485系などといった「身内のライバル」にも押され、余剰となってきた。この583系を銀河に使う計画があったようだ。先頭車のクハネ581、583には「銀河」のヘッドマークも用意されたが、A寝台のことや、全区間直流電化区間の「銀河」より、「きたぐに」に転用した方が効率が良く、また「銀河」は当時、関東地区から関西地区への客車の回送車両を連結することがあるなど、客車の方が都合がよかったことで、客車のままで残ることになった。ただし車両は「きたぐに」「津軽」「妙高」に使われていた14系寝台車が使われることになり、3段式のB寝台ながら、幅は70cmとサービスアップされた。

 

 そして国鉄最後のダイヤ改正で、「銀河」の特急化もうわさされ、現実に国鉄では「銀河」の特急化を検討していた時期があった。だが、特急化したときに、平行する東海道新幹線との料金のバランスから、急行のままで残り、客車は2段式の24系25形へとグレードアップ。また「銀河」はA寝台の需要が高く、これは2段式になった後も残されることになった。

 そして国鉄は分割民営化、JRとなったが、これと言っててこ入れがされず、国鉄末期のままで走り続けた。これでも需要の高い東京〜大阪間だけに、利用客もそれなりにいたのだが、やがて車両の老朽化と、値段にあわなくなった設備などで、利用客は下降線をたどっていた。新幹線の始発、最終が早く、遅くなったり、夜行高速バスもこの区間では充実したこと、また昼間は新幹線vsシャトル便の競争が繰り広げられる中、この「銀河」は蚊帳の外になり、3月での廃止が決まっていた。

 

 さて、「銀河」は大阪を22時22分、定刻に発車。

 私事だが、昨年も1月に「銀河」を使ったのだ。それはこのときは「サンライズ瀬戸」で上京する予定であったのだが、瀬戸大橋が通れなくなって「サンライズ瀬戸」が運休となり、「サンライズ出雲」は満席で、「銀河」に乗ったものである。このときの「銀河」は、どちらかと言うと最終の東京行き新幹線に乗り遅れた感じの人が多かったのだが、今日の「銀河」は、明らかに鉄道ファンの姿が多い。勿論普通の客もいたと思うが。京阪神地区と首都圏は、多くの夜行高速バスがあるのだが、「銀河」の場合はそれも影響あるのだろう。確かに普段「サンライズ」を使ってみると、カーテン1枚の寝台に6300円払うのは高過ぎる。

 

 新大阪、京都と客扱いをし、停車駅には鉄道ファンも多くカメラを向けている。

 そして、大津を過ぎると、車内放送は終わった。
 

 その頃から私も夢の中に入ったのだが、西日本管内ではショックも大きくなく発進停止をしていた運転手が多かったのだが、いつしか深夜に発進停止のショックで何度か目がさめた。なんか東海管内の運転は下手だなあ。に、なおさら感じたのだ。 浜松、静岡で目が覚めたぞ。

 朝、小田原を過ぎた辺りで目が覚める。いつもなら少し遅い時間を「サンライズ瀬戸」で通過することが多いが、「サンライズ瀬戸」ならシャワーがついている。これは車内で寝癖を整えたり、リフレッシュが出来て重宝しているが、銀河の場合はそれがない。この辺りにも夜行列車衰退の原因があるのだろうか。

 翌朝、東京駅に6時42分に到着。その後、私は本日宿泊する上野のホテルに荷物を預け、大宮へと向かうのであった。

 

 東京駅にも、多くの鉄道ファンがカメラで迎えてくれた。「銀河」も、走り続けて59年、その歴史に終止符が打たれようとしているのは、私が36回目の誕生日を迎える前日でもあるのだ。

 

 また、「銀河」廃止で、急行列車がひとつ、姿を消す。残る急行列車は、青森〜札幌間の「はまなす」、上野〜金沢間の「能登」、大阪〜新潟間の「きたぐに」、岡山〜津山間の「つやま」の4本のみとなる。しかし「特急」も、「特別急行」の略称で、急行の「Express」に対して「Limited Express」。国語学的にもおかしくなりますね。全然特別な存在ではなくなりましたね。

 

 寝台急行も、この国から完全に姿を消します。そして、EF65形電気機関車による、定期旅客列車も、1965(昭和40)年以来、約43年の歴史に、終止符を打ちます。

 

   

(写真左)大阪駅発車前の「銀河」。宮原の24系25形客車を使用。

(写真右)EF65PF牽引で東京駅に到着した「銀河」。この「銀河」廃止で、EF65牽引の定期夜行列車は完全に見られなくなります。

 

 

   

(写真左)「銀河」の方向幕。急行の文字ももう見られない。東京到着後、すぐに「大阪」に変わりました。

(写真右)EF65PF牽引で品川駅に到着した「銀河」(2007年9月17日に撮影)

 

 

   

(写真左)品川駅の「銀河」。乗車日はカニ24形の0番台でしたが、写真の荷物5t積み対応のカニ24形100番台が、多く使われていました。(2007年9月17日撮影)

(写真右)EF65PF牽引で新大阪駅に到着した下り「銀河」(2006年10月15日に撮影)

 

この日の「銀河」編成

←東京 EF65PF(この日は1114号機でした)+オハネフ25+オハネ25+オハネフ25+オハネ25+オハネ25+オハネ25+オハネフ25+オロネ24+カニ24 大阪→

大阪行きでは、カニ24の前にEF65形電気機関車(1000番台、通称EF65PF形)が連結されます。

 

 

「銀河」ダイヤ(2008年1月)

 23:00

 23:08

 23:26 

 23:42

 00:15 

 00:37 

   

    

 01:55 

    

 05:01 

 05:43 

 06:33 

 06:43 

 07:13 

 07:18 

 東京

 品川

 横浜

 大船

小田原

 熱海

 沼津

 富士

 静岡

名古屋

 岐阜

 米原

 大津

 京都

新大阪

 大阪

 06:42

 06:35 

 06:18 

 06:03 

 05:32 

 05:08 

 04:47 

 04:23 

   

 00:57 

    

 23:52 

 23:09 

 22:58 

 22:28  

 22:22 

 

また、「銀河」の歴史を簡単にまとめました。 こちら をご覧下さい。

 

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