このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


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(=´▽`=)ノ 皆さんこんにちは
今回は前回ご紹介した香椎宮の飛び地 不老水大明神
【300歳まで長生きし5代の天皇に仕えたとの言い伝えがある
武内宿禰(たけのうちすくね)が掘った「不老水」という霊泉の事】
の本殿、香椎宮の事を少し書きたいと思います。

香椎宮は神亀元年(724年)の創立とされ、西征中この地で没した仲哀天皇の霊を、
神功皇后が祭ったのが宮の起源とされる由緒正しい神社でございます。
本殿は
「香椎造り」といわれる日本唯一の建築で、国の重要文化財に指定されています。
福岡市内に住んでいれば、まず知らないって人は居ない程、有名な神社です。

(‾‥‾a;)ぽりぽり あれ!? 確かに紀行物のネタとしては良いと思うけど?
時空紀行と言うには押しが弱いネタでは?
た・た・確かに(‾◆‾;)うっ・・・しかし、ご心配には及びません。
事前に諜報員(誰の事?)からの情報で
ここには何と戦艦の大砲が奉納されているらしいのです。
時空紀行初の戦争遺産系のお話になる予定ですが・・・

┌(_ー_ ;┌ )┐ムムム 神社に大砲・・・どうしても結びつきません。
本当にあるのか?
こうして、おじさんとまめとの時空紀行珍道中が始まった訳なんですよ。
戦争遺産系は扱いが難しいですが、今回は明るく書いていきますよ。

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境内から本殿に向かう方向にある弐の鳥居。奥には楼門も見えています。

(‾◆‾;)うっ・・・ある種の結界を感じてしまいます。ここから先は神域だぞと、
うさぎ連れで入るには、かなり勇気が必要な門構えです(笑)

m(_ _;)m すいませーん。うさぎ連れでおじゃましまーす。

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鳥居を潜って(まめ連れなので気分は潜入スパイです。笑)本殿の敷地内に入ると、
立派な御神木の「綾杉」がお迎えしてくれましたよ。
幹の一つはS字をかくように伸びていて、いかにも御神木と言う雰囲気を出しています。
この木は西暦200年に神功皇后自らが植えられたという御神木で、
新古今和歌集に「ちはやふる香椎の宮のあや杉は神のみそきにたてる成けり」と詠まれたり、
また夏目漱石も「秋立つや千早ぶる世の杉ありて」と句を残した老木です。


(´-ノo-`)ボソッ...案内版の受け売りですけどね(笑)

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神門と先に見える拝殿は、朱色の柱に白壁とめでたい紅白に彩られ、とても明るい雰囲気でしたが、
よく見ると神門左右から伸びる社殿を囲う塀(内部は回廊)があり、さらには本殿を囲う塀が神域を固めています。
まるで結界を張り巡らしたような作りです。
これは本殿には絶対、邪気は入れないなって思ったおじさんでした。

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諜報員(だから誰の事だって)からの報告があった不思議な奉納物はどこだぁ!?って探していると

こ・こ・これは大砲ですか?
 (゜ロ゜;)....う・・うそ
砲身内部にはスパイラルが切ってあります。どう見ても本物かと・・・??
本物の大砲の砲身が何故、この神社に奉納されたのでしょうか?
説明版を読んでみると・・・

大正11年に皇后 陛下が香椎宮を参拝した時に乗っていた軍艦の大砲だそうです。
え!?それだけ? (‾‥‾a;)ぽりぽり

大正天皇が乗っ来た戦艦ってなんて言う船よ?
そして何故、砲身が奉納された訳ですか?
まったく背景が見えて来ない説明です。

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本殿の脇に置かれ、まったく場違いなオーラを出しているこの大砲。
もう少し詳しく調べて見ると、その戦艦と言うのは戦艦攝津(せっつ)で、摂津に装備されていた砲身みたいです。
奉納元は佐世保鎮守府(させぼちんじゅふ)「海軍の機関」より大正12年に奉納されたものらしいです。

戦艦摂津は明治45年に竣工した河内級戦艦の二番艦として呉で建造された
日本最初の弩級戦艦だったらしいですが、大正10年のワシントン条約により武装解除が求められ、
その際に撤去された砲身が香椎宮に天皇がこの戦艦摂津で来られた記念に奉納された。
と言う事の様です。

(=´▽`=)ノ なるほど。なるほど。
これでやっと、この香椎宮にこの大砲が奉納された意味が分かりましたよ。


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ついでだから、いったい戦艦のどの部分の大砲なのかも調べて見ました。
奉納されていた大砲は正式には「12センチ40口径41式単装速射砲」で戦艦の副砲に当たる見たいです。
戦艦摂津の武装を調べて見ると、この砲は8門設置されていて、その内の1門がこの地に奉納されている見たいですね。

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どうでしたか今回の戦争遺産のお話は?
戦争遺産系の物はここもそうですが、何処でも、ちょっと日陰者扱いです。
どうしても負の遺産のイメージが強いからなのでしょうね。

しかし、平和な今だからこそ、その負の遺産にスポットをあてて見るのも、
時空紀行の役目ではないかと思ってます?
時空紀行では少し変わった見解で物事を見てみると言うのも大事な事だと思ってます。
ですから、素直に当時の本物の大砲を見に来る事が出来たと感謝して
今回の時空紀行を締めくくりたいと思います。

博多のおじさん&まめ

次回はクリと同じく戦争遺産を祭る神社に言った時のお話を書く予定です。
いやーここの神社も中々凄い事になってました。
それではまたね。


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