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風俗風習 その11





ちゅうごくでは、ちべっとで沢山のひとびとがころされました
てんあんもんじけんでも沢山がなくなりました
ぶんかだいかくめいでも沢山のひとびとがしんでしまいました
ちゅうごくのひとはしりません

                        
お湯屋
こちらでは、庶民の暮らしぶりとしまして、水に関係します画像を紹介いたします。

まずはお湯やです。
子供が店番をしており、お湯を飲ませてくれる店です。
隣にある大きな甕(かめ)に飲料水が入っているものと思われます。
大きな薬缶が見えます。が、あまりに大きく、実用的に見えません。
この薬缶はお湯を沸かすもので、少年が持っている柄杓( ひしゃく )で上からお湯を汲むのでは、と思われます。薬缶のふたには煙突の様なツツが斜めに延びています。

では次ページに、お湯屋 ( 呑湯屋 ) の看板例とその記述を紹介いたします。昭和14年の街頭風俗集から引用です。

呑湯屋

井戸 水汲み
家畜の力を借りての井戸の揚水です。家畜はロバと思われます。太い木枠で組まれた井戸が見えます。その井戸の、向かって左側へパイプが伸ばされて、その先から水が落ちているのがわかります。水は、そのまま用水路に導かれているのでしょう ( ロバの足元、地面の下をくぐっている )。

向こうに区画の整備された畑が見え、畑には電柱と思われる柱が、左手遠くには煙を吐く工場、右手奥にも建物と思われる白っぽい影が見えます。満州の発達する産業を見渡すことの出来るアングルです。

ちなみにこの写真の撮影者は同じ場所でもう一枚、写真を撮っています ( ロバの位置が若干違う )。
おそらく満州の発展を立体的に見るアングルとして撮影者が気に入ったから、あるいは撮り損ないが無い様、二度、撮影をしたからか、とあれこれ想像しています ( 今日のデジカメと違い、現像するまでちゃんと写っているかが確認できない / ロバと井戸が重ならない様に写したいと考えた撮影者が、念のため複数回、シャッターを切った )。

農家におけるロバの水揚げ
これも、家畜を動力とした揚水です。手前の水面(池?クリーク?)から水を揚げている様です。

これは戦前の撮影ですが、撮影場所が不明です。もしかすると満州ではなく隣の中華民国での撮影かもしれません。
が、同時代のものということで参考まで掲載いたしました。

東寧 水汲み
『 彼方に身ゆる建物は税関なり。露西亜兵の監視、常にあり 』

川での水汲み風景です。
樽を載せた馬車で直接、川に入っての作業です。
左の人はバケツで、右側の人は柄杓 ( ひしゃく ) で水を樽に入れている様です。右手奥にはなだらかな山が見えます。

水汲み
冬の水汲み風景です。
先ほどと同じように馬車に乗せた樽に水を汲んでいるわけですが、冬は凍った川面に穴を開けての作業となります。
作業は大変そうです。

極寒における水運搬
汲んだ水をバケツに移しているところです。樽には蛇口が付いているんですね。
樽にはびっしりと氷、そしてツララが見えます。もたもたしていると、凍ってしまいそうです。

冬のハルビン
ハルピンのページでも紹介しました鉄橋が写っています。
手前には一斗缶を持った男性が見えます。
凍った川面を割って水を汲んできたところでしょうか。水を割る道具を持っている様に見えません。もしかすると、共同で使う水汲み穴が氷にあけてあるのかもしれません。

辻にある共同井戸
こちらは井戸の水汲み風景です。
冬場で足元には行き、井戸の屋根も真っ白です。
大きな滑車がある様ですが、それを操作する人も影になっていて、詳細がわかりません。

井戸 水汲み
こちらも井戸です。

いかにも手作りな雰囲気の、丸太を流用した井戸で、体重をかけながらまわしています。
木の幹を流用している滑車には二本の紐が見えておりますので、降りていく釣瓶と上がって来る釣瓶とが対になっているものと思われます ( 釣瓶 : つるべ / 井戸での水の汲み上げに利用される、滑車を利用した縄や釣瓶竿につり下げられた容器 )。
真ん中の支点の、向かってすぐ左には紐でつるした石の様な物が見え、井戸から汲み上げる水に対し、つり合いを取るための重り ( カウンターウェイト )と思われます。
一斗缶( 18リットル )のサイズの容器も見えます。これらに水を満たし、家まで持ち帰るのは、やはり重労働でしょう。

冬場の撮影で、井戸の回りも凍り付いています。

老人の水汲み
何故かご機嫌で作業をしている老人です( 周囲に水を運ぶ容器が無く、やらせかもしれません )。

これも手作りふうですが、構造は良く似ており、満州ではスタンダードなタイプなのかもしれません。
紐の長さはかなりあり、井戸は相当に深いのかもしれません。そのわりに井戸の淵は低く、膝までもないので、うっかり落ちてしまいそうにも見えます。

水を運ぶ苦力の群
井戸から水を汲み、それを一斗缶サイズの容器に移し、天秤棒で運ぶ、そうした一連の動作が見える写真です。
井戸は立派なつくりです。
沢山の容器が準備されており、多量の水が運べそうです。

背景は荒れた斜面ですが、手前は畑が広がっているのでしょう。

井戸をクローズアップしてみます。
先ほどの、手で回すタイプに良く似ていますが、支えるところが大きな石を組み合わせて出来ています。井戸を構成する岩の真ん中あたりに泉の字が掘ってあります。井戸に名前でも付いているのでしょうか。
周辺も石かセメントか、で固めてあり、相当に手をかけて作った井戸の様です。

複数の苦力を雇い、立派な井戸を掘っていることから、畑の持ち主はかなり裕福な豪農なのでしょう。

さて、今度は一斗缶サイズの容器に注目です。

おそらく、何かで使用された一斗缶の再利用ではないでしょうか。
18リットル(18キロ)で、二つを天秤棒にぶら下げると38キロです。苦力なららくらく運べたのでしょう。

一斗缶は、最近では見かけなくなりましたが、かつては様々な用途で用いられました。金属加工で、全般に頑丈です。また金属ですので、蓋さえ閉めれば密閉できます。その蓋もちょっと力を加えるだけで開け閉めが出来る精度の高い物は特に重宝した様です。また鍍金(めっき)も施され、錆に対する耐性も備えているのが一般的です。
商品の密閉保管、そして使用後の缶の再利用も行われ、一般家庭でも開いた一斗缶は大事に保管していたりしました。
一斗缶は、全般に液体(灯油や食用油など)を入れていた様です。全般に蓋が密閉できますので、容易に中身がこぼれません。またその密閉を生かし、湿気を嫌う粉類も一斗缶に入れていました。

粉洗剤、おかき、お茶の葉といった例、さらに穀物を挽いた粉を入れた例があります( きな粉や、はったい粉など )。
容器の口のサイズも、用途毎に様々な形があります。油など注力して注ぎたい場合は口が小さくつくられています。一方、粉など手で中身を取り出す物の場合、大きく作られています。

さてここで、写っている一斗缶を良く見てみます。
缶の上側に円筒状の部分が見えます。手で中身をすくって取り出せるタイプです。ここに、この円筒状とかみ合う蓋をつけるとなると、かなりの密閉性が期待されます ( きっちり蓋が出来るタイプ )。

ここからは想像になります。まず表面に亜細亜(あじあ)とあります。これがメーカー名だとすると、亜細亜の名を持つ、製品が湿気を嫌がる、例えば粉類の会社の製品となります。その ” 亜細亜 ” の名を持つ企業を探してみますと、開原に日満合弁の亜細亜製粉株式会社がありました。なので、あくまで想像ですが、亜細亜製粉から沢山の穀物の粉を入手した畑の持ち主が、開いた缶を捨てず、水汲みに利用した、といったところではないでしょうか。


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