このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

のんびり歩き隊

                                                               2017.1.18               晴れ


          富士見山&白河ぶらりウォーク
           福島県 白河市                                                              のんびり小隊


白河駅前の空き地は綺麗に整備され、屋外イベント用のステージなどが建っていました。

約10年前の駅周辺の様相とは全く、違っていました。

   

h本日は電車で白河駅まで来て、富士見山に登ろうと思っていましたが、、、

朝、何かと忙しく、クルマで来ました。クルマは駅前の無料駐車場に停めました。

城山公園(小峰城)などへの案内板があったので覗いて見ました。昔はありませんでした。

東北本線の下に「こみね・ふれあい通り」と言う、新しい隧道が出来ていました。

以前、駅の北側(反対側)へ歩いて行くには、廻り道をしなければなりませんでしたが、、、便利になりました。

隧道の中には白河の歴史や観光案内のパネルが展示されていました。

娘が白河に住んでいた頃、白河ラーメンを食べ歩きました。「田楽」さんの辛しミソタンメンが美味いです。

田町大橋から那須連山を眺めましたが、茶臼岳は雲の中でした。

マウントジーンズ那須スキー場のゲレンデ

白河は城下町なので神社仏閣が沢山あります。4月には境内の枝垂れ桜が綺麗に咲くでしょう。

国道294号線を郡山方面へ歩いて行くと、羅漢山霊園入口の案内板があります。

富士見山への入口にもなっています。

褜姫(えなひめ)神社です。

源義経が平泉の藤原秀衛のもとに向かった際、義経に恋する皆鶴姫が後を追いました。

皆鶴姫は京都からの長旅で歩行困難となり、この地で亡くなりました。

皆鶴姫の懐中にあった梅の実を里人が遺品として蒔き、実を結んだのが「八房の梅」の所以です。

   

羅漢山霊園入口にはゲートがあります。門限(8:30~17:00)があるのでクルマ利用時は注意してください。

長い~長い~石段を登って登山口まで行きます。

石段途中から那須連山を望む、新幹線が通過すれば、「絵」になるのですが、、、写真でした。

入山者への注意書きです。「16時30分までに下山してください。」とのことです。

羅漢山霊園駐車場から歩いて、富士見山までの移動時間は約10分です。

これでは、トレーニングにならないので、スタート・ゴール地点を白河駅とした次第です。

登山道と言うよりは、、、通信施設点検のための管理道ですねぇ~

太陽光発電のパネルが沢山、並んでいました。東日本大震災以降に造られたものなのでしょうか。

KDDIの基地局

左奥にテレビ中継設備があり、ここで登山道は行き止まりになっています。右手に降る管理道がありました。

事前学習して来ました。フェンス脇の藪の中に一等三角点がある筈です。藪漕ぎです、、、

   

福島県にある一等三角点は県境を含めて31箇所あります。

その中で、3番目に低い一等三角点が富士見山にあります。標高は437.17mです。

知っていましたか、、、磐梯山も安達太良山も一等三角点ではありません。

富士見山山頂からの展望はありません。山名からすると、昔、昔は富士山が見えたのでしょう。



後記

正月早々、ローカル紙に「花塚山から富士山が見えた!?」のニュースが掲載されました。

これまで写真で確認された緯度に基づく北限は「麓山(羽山)」、距離に基づく北限は「日山」でしたが、、、

今回、花塚山から富士山が見えたことで、富士山までの距離が308kmとなり、同時に緯度も更新されました。

平成23年から複数回、富士山を捉えていたそうですが、より鮮明な画像を求め、挑戦を続けたそうです。

富士山を追い続け、55回目で、、、おめでとうございます。



ウサギの足跡かなあ~

茶臼岳、剣ヶ峰、朝日岳、隠居倉を望むことが出来ました。

早く、新幹線が通過しないかなあ~

道路の両脇に仮設住宅が建っていました。まだ、まだ、東日本大震災(原発)の忌まわしい爪痕が残っています。

一日も早く、帰還出来ることを願っています。

今年の3月で東日本大震災から6年目を迎えます。小峰城の石垣は10箇所にわたり、大きく崩落しました。

復旧工事は平成29年度の完成を予定し、順次、立入可能となった箇所から開放するとのことです。

櫻門跡、櫻門は本丸御殿の南側入口にあたる門です。

御殿の庭に通じていて、藩主の住居区に近く、藩主などが利用したと思われます。

三重櫓

松平定信は8代将軍 徳川吉宗の孫にあたり、松平家の養子となりました。

白河藩主に就任したのは「天明の大飢饉」の年、1783年(天明3年)のことでした。

凶作を最小限に食い止め、白河の民を思い、白河を発展させた名君です。

その後、白河藩政の手腕を評価され、幕府の老中首座に就き、「寛政の改革」に取り組みました。

おとめ桜の碑

初代藩主 丹羽長重は幕府の命により、小峰城の大改修を行い、石垣造りの城郭を築き上げました。

その際、本丸の一角の石垣が幾度となく崩れるため、人柱を立てることになりました。

不運にも「おとめ」さんが捕らえられ、悲運な最期を遂げました。小峰城完成後、、、

「おとめ」さんを哀れんで、桜を植え、これが「おとめ桜」と称されるようになりました。

穏かに見える茶臼岳ですが、、、峰の茶屋の稜線は強風なんだろうなあ~

娘の新任地の脇を通り、白河駅に戻ります。

泉崎村の国道4号線沿いにある、お洒落な肉屋「ノーベル」さんです。シロコロホルモンを買いました。

その後、矢吹町でありながら、白河ラーメンの「つむら家」さんでチャーシューワンタン麺を食べ、、、

鏡石町の弘法不動の湯(旧まるなか温泉)に立ち寄りました。

鏡石スマートから東北道で帰宅しようと思いましたが、ETCが動作しません。まだ、3年も経っていないのに、、、



今年、初めての「電車でGo!」を企画しましたが、、、実現しませんでした。

郡山駅を出発したら、直ぐにブランデーを呑んで、、、一等三角点の富士見山に登ってなど、、、

それでも、のんびりと様変わりした白河の街を歩くことが出来ました。

次回は福島県で標高が2番目に低い一等三角点の山をめざしたいと思います。


   

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