このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

のんびり歩き隊

                                                                 2018. 2. 3    晴れ


          城山&南福島ぶらりウォーク
           福島県 福島市                                                               のんびり小隊


今年、「2回目の電車でGo!」です。何時ものように乗ったら、、、直ぐ、呑むです。

燃費の良くない山爺なので、缶酎ハイ、ブランデー梅酒、ビールを準備しました。今回の行先は何処ですか、、、

東北本線下りの車窓から望む、安達太良山のビューポイントはここが一番かなあ~ (大玉村PLANT−5付近)

   

南福島駅です。構内の高架橋から正面に信夫山が見えました。

前回の「電車でGo!」は松川駅で下車し、「土合山」をめざしました。その際、、、「城山」の存在を知りました。

城山は「じょうやま」と読みます。

昔、YくんのAP探しに南福島に来ましたが、、、初めて、南福島駅に降り立ちました。

近郊に福島大学や福島県立医科大学があるので、学生さんが多い街です。

南福島駅をスタートし、東北新幹線&東北本線の隧道をくぐると、めざす「城山」までは一直線です。

福島県立福島明成高等学校です。グランドから安達太良山や吾妻小富士を望むことが出来ます。

農業高校なので実習場には「福島の果樹」がいっぱい植えられていました。

山爺に「果樹の剪定作業を教えてくださ~い。」

日本赤十字社福島支部と血液センターです。吾妻小富士と一切経山が真近かに見えます。

 

「城山観音堂・城山公園」歩行者入口の案内板がありました。十字路(細い路地)を真っ直ぐに進みます。

   

スギ林の中に城山観音堂が見えて来ました。まだ、日影には雪が残っています。

麓にある圓通禅寺の聖観世音菩薩(ツバキ観音)です。城山にはツバキが群生しています。

椿の花が観世音菩薩に化身し、世界の平和と安寧を守護することを祈願して、平成元年に建てられました。

城山の中腹から十万劫山~花見山~女神山~千貫森を見ることが出来ました。

信達三十三観音霊場 第五番札所の城山(じょうやま)観音です。

お堂の中には約170cmの木造聖観音菩薩立像が安置されています。(福島市有形文化財)

大森城主 芋川氏の墓です。写真中央が初代藩主 越前守正親、右隣が二代藩主 備前守元親の墓石です。

備前守元親は上杉方の武将として大阪冬の陣(1614年 慶長19年)に出陣しました。

二の丸跡に建てられた「大森城山 物見櫓」です。三月末まで閉館でした。残念!

二の丸跡にある遊具施設、案内板では左手がキャンプ場になっていました。

キャンプ場の炊事場

大森城本丸跡です。

雪の下に隠れて判りませんでしたが、何処かに四等三角点(143.6m)があります。


大森城の歴史

1548年(天文17年)伊達氏の内紛が終わり、十五代 晴宗の弟 実元の領地となりました。

1585年(天正13年)実元は子の成実に家督を譲り、八丁目城(松川町)に隠居しました。

1585~1589年(天正17年)十七代 政宗は大森城を拠点に東安達、安達、田村と戦う。

また、相馬・会津と戦うため、鉄砲隊500人を連れ、片倉景綱と土湯を越えて会津に参戦。

1591年(天正19年)「九戸の乱」が勃発し、豊臣秀次、徳川家康が大森城下の常光寺に宿陣。

同年、政宗は領地を豊臣秀吉に没収され、蒲生氏郷の客将 木村吉清が大森城主となりました。

1593年(文禄3年)木村氏は大森城を廃し、杉目城に町家寺社を移して、この地を「福島」としました。

杉目城(福島城)は現在、福島県庁が立地している一帯が城跡です。(平城で阿武隈川・荒川が外濠)

1601年(慶長6年)上杉領 大森城代として前述の初代藩主 芋川正親が白河より移りました。

ランチタイムです。本日のメニューは何ですか、、、

   

「スキヤキ牛めし+玉子」とデザートは「プチモンブラン」です。折角、絞ったのに~

空堀跡です。

本丸跡(芝生広場・お花見広場)はサクラの咲く頃、ハイキングに最適でしょう。

手の届く所に吾妻小富士がありました。

   

大森鉱山(大森金山)、左写真の正面の傾斜地に大森鉱山の製錬場がありました。

1939年(昭和14年)に建設され、1946年(昭和21年)まで操業されました。

1558~1569年(永禄年間)、1573~1591年(天正年間)の開坑と言われています。

徳川幕府時代の1596~1614年(慶長年間)には盛んに採掘されたそうです。

その後、明治時代に廃山となりましたが、1913年(大正2年)に採掘を再開しました。

   

城山は信達平野にお椀を被せたような形をしています。山際を歩くことも出来ますが、、、

雪があり、踏み跡もないので、舗装道を歩いて戻ります。滝ノ前地区の堀は大森城の水濠の名残りです。

城山の麓にある信達三十三観音霊場 第四番札所 曹洞宗補陀落山 圓通禅寺です。

南福島駅に戻ろうかなあ~、迷います。

歩き足りないので福島駅まで歩くことにしました。国道115線を横切ります。

   

福島駅西口への案内板が出て来ました。何となく、アキレス腱が痛いのですが、、、頑張れました。

福島駅が正面に見えて来ました。

あずま橋の上を歩いていた時、福島駅13時30分発の郡山駅行きの電車が通過して行きました。

   

昨年の「桜会」の旅行会以来の福島駅西口です。郡山駅行き14時20分発の電車では帰宅に間に合わないので、、、

13時50分発の新幹線で帰ることにしました。汗を拭いている間(約14分)に郡山駅に到着してしまいました。

それにしても、暑いなあ~、時間が出来たので、「もりっしゅ」で生ビールを呑んでから帰宅しますか。(大吟醸一杯追加)



前回の松川ぶらりウォークで南福島にある「城山」を知りました。これは行かなければ、、、と思いました。

「電車でGo!」は山あり、城あり、歴史あり、そして酒ありと「歴史探訪の旅」に成りつつあります。

それも出来るだけ、歩いて行くことに意義があります。アキレス腱の状態が良くなって来ていますが、、、

先月末、人間ドックを受診しました。しかし、、、結果は良くありませんでした。

腎臓は××、目に至っては白色・緑色・黄色の3個のLEDが点滅してしまいました。

一年前は異常なかったのになあ~、これ以上、悪くならないように治療することにしました。

一年、一年と言っていられませんねぇ~


   

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