このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

奈良朝のお姫さまの物語
-後 編-

*光仁天皇御陵*

肉親である安積親王の薨去によって
伊勢斎王の任を解かれた井上内親王は平城京へと戻ります。
父天皇は既に位を称徳天皇に譲り、上皇となっていました。
酒好きで既に長じた子供も数人という白壁王と結婚したのは
井上内親王の意思なのか、
それとも政治的な配慮があったからなのか・・・。
しかし、そこには平穏な日々がありました。


*孝謙・称徳天皇高野御陵*
井上内親王の異母妹の称徳天皇は
生涯を独身で通し、後継者を示さないまま崩御しました。
藤原の血を両親から受け継ぎながら、
藤原氏を否定した称徳天皇。
この時、遺詔を作成して
井上内親王の夫君である事を理由に
天智天皇の皇孫・白壁王を
天皇の位につけたのは
藤原雄田麻呂、後の百川だったといいます。
白壁王が即位し、井上内親王は皇后となりました。
しかし僅か数年にして息子の他戸親王と共に
その地位を追われ、幽閉されてしまいます。
その罪とは・・・。
そして、廃された皇太子の代わりに
その座についたのは山部親王です。
後に山部親王は回想しています。
「百川がいなかったら今の自分はなかったであろう」
と。

ももか命名・「謀略の美学家」の百川のお墓は
桜が生い茂る公園となっています。


*藤原百川墓*

*井上内親王宇智御陵**他戸親王陵墓*
井上内親王と他戸親王の母子は
同日謎の死を遂げました。
二人の葬られている五條市には
井上内親王を祀る御霊神社が数多く存在します。
彼女には「吉野皇后」という異名があるのですが
それはこの五條市が吉野に近いからなのでしょうか。


改修後(2001年)
*井上町の井上社(中街道)*
改修前(1999年)
後に桓武天皇を悩ませる事になる井上内親王の御霊は
多くの御霊神社を生みました。
ここもその一つ。

*春の秋篠寺*

奈良時代最後の官寺で、初めて地名をその名に頂いたお寺です。
この美しいお寺の創建年代を考える時、
ももかは井上内親王を思い浮かべます。

井上内親王の娘である酒人内親王は
異母兄の桓武天皇の妃となった後にも
母の菩提を弔う為に東大寺において
万灯会を何度か行ったといいます。
桓武天皇はこの美しく妖艶な皇女に対し
思うさま振舞う事をとがめたりはしませんでした。
それは自分の即位に辺り犠牲になった皇后への償いの為だったのでしょうか。
酒人内親王との間には朝原内親王が生まれましたが
彼女は子供を儲けることなく亡くなり、
これによって聖武天皇の直系の血は断たれたともいえます。

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