このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

平安京でみつけた陰陽師

晴明さんの姿を追い求めて。


安倍晴明神社

晴明公産湯井の跡

阿倍王子神社(西門)
安倍晴明神社は大阪・阿倍野にあって、阿倍王子神社が管轄している小さなお社です。
晴明さんの出生地は不明ですが、大坂説・常陸説・讃岐説が一般的です。
ここはその大坂説(阿倍野説)の根拠となる場所で、
鳥居の側には「安倍晴明誕生碑」があり境内には晴明さんの産湯井もあります。
それにしてもこの黒いブツは一体・・・。



嵯峨墓所

安倍晴明像(長仙院)
*長仙院さんからは掲載許可を頂いております。
*『津々浦々「お化け」生息マップ(技能評論社発行2005)に掲載中
晴明さんのお墓は法城寺にあったといいます。
その後寺が名を変え五条から移転した後に晴明塚と呼ばれたそのお墓も移されたといいます。
晴明さんのお墓は東福寺の境内にもあったとされますが、
現在は少しばかり名残の竹林が見えるばかりで何もありません。
実際にお墓らしいお墓というとやはり嵯峨墓所でしょうか。
ひっそりとした住宅街の中に美しく整備された晴明さんのお墓。
墓石にはくっきりと五芒星がみられます。
現在はここに参拝のマナーが書かれた看板があるそうです。
時代は変わったのですね・・・・。

さて、この晴明さんの木像は長らく清円寺にあったものですが、
廃寺に伴って御本尊及び
「弥陀三尊」「延喜帝第四之王子道観親王(蝉丸か?)」
「妙法院少将法印権大僧都」の木像と共に長仙院に移されました。
お会いした感動そのままに、ぶしつけのように右から斜めから正面からじ〜っくりと拝見させて頂きました。
さぞかし、変な小娘と思われた事でしょう(笑)




稲住神社

鎌達稲荷神社
この辺りは晴明さんの子孫・土御門家の屋敷のあった場所。
そしてこの小さなお社は晴明さんを祀っています。
土御門家の邸宅にあったお社。
和銅年間に鎮座という事なので平安京でも古いもの。

梅林寺
安倍氏が土御門を称するようになるのは南北朝の頃だったそうですね。
応仁の乱により都を逃れた土御門家は、帰京後この梅小路付近に屋敷を構える事になるのです。
このお寺は土御門家の菩提寺でもあり、「安倍」姓(土御門ではなくて安倍なんですよ)24基を見る事が出来ます。
前庭の、ちょうど灯篭の下の辺り。
ここには天球儀台石があって天球儀や渾天儀を置き天体観測をしていた事が窺い知れます。




鎮宅霊符神本廟

鎮宅霊符神社(奈良市)

なにやら中国っぽい佇まいですよね。
ここの鎮宅霊符神像は晴明さんの開眼といわれています。
香炉には六芒星、獅子狛犬の台座には日月星辰があって、思わず晴明さんを偲んでしまうのです。
鎮宅霊符社というと奈良にもあります。
陰陽師が住んでいた事から陰陽町と名づけられたその地に
そもすると気付かないくらいひっそりと存在しているお社なのです。



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