このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

夏越の祓
6月30日

諏訪大社の末社にあたる浮島社は
祓戸大神を祀る。
御作田社での御田植神事の後、
神官や氏子達はここに移動し
大祓いの神事を催す。
下社春宮の裏手を流れる清流・砥川。
時には荒々しい流れに変じる「暴れ川」だ。
浮島はこの川の中にある。
どんな大水の時でも
決して流された事のないこの浮島は
下社七不思議の一つ。

神代の昔、蘇民将来と巨旦将来という兄弟が住む村に、武塔天神(素盞嗚命)が立ち寄り一夜の宿を求めました。裕福だった弟の巨旦将来はそれを拒み、貧しかったにもかかわらず兄の蘇民将来はそれを受け入れ出来る限りのもてなしをしました。武塔天神は蘇民将来に「天下に悪病が流行した際は、ちがや(茅萱)を以って輪を作りこれを腰につけておればそれを免れるだろう」と言い残します。悪疫が流行し多くの人々が倒れる中で、蘇民将来とその家族は難を免れました。以来悪疫が流行るときには「蘇民将来の子孫」といって茅輪を作り門口に張れば災難を免れると伝えられるようになりました。(『備後風土記逸文』和銅六年)

全国の諸神社では年二回の大祓神事において、この故事に基づいて茅輪を作り、これをくぐり超えてこの年々の間に知らず知らずのうちに心身にふりかかった罪穢を除き心身の清浄ならんことを祈願するようになったといわれています。これを「茅輪
ちのわくぐり」「輪越わごしの祭」といい、夏の祓の場合は「夏越なごしの祓」ともいいます。茅は菅や薄の事。下社では末社の浮島社にて行われています。
6月30日の夕刻、いつもは砥川の水音しかないこの浮島に人々が集まります。茅輪は28日に作られこの日の為に置かれます。様々な神事の後、境内に集まった氏子達には祓いの紙(ひとがた)が配られます。中には切麻(ぬさ、木屑)と小さく切った紙、それから男性用人形と女性用人形が入っています。無病息災を願いながら穢れを移した人形は再び紙に封じて神社に返します。その後で茅輪をくぐります。神官に続き氏子総代・役員、それから一般の人達の順に「祓へ給い清め給へ」といって「左右左」(8の字形)にそれぞれ3回くぐるのです。昔は河中に矛や幣束を立て、かがり火をたいて雅楽を奏し、盛大に執り行なわれたそうです。

*同日上社本宮で行なわれる夏越の祓は
こちら

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