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〜 雪月花 新撰組異聞外伝 編 〜


〜 桜の浮かぶ湯気の中で 思ひぞ我が来る 〜


登場人物

近藤勇、土方歳三、

沖田惣次郎、沖田みつ、

山口廣明、山口一



「あぢさはふ 妹が目離れて 敷栲の 枕もまかず 桜皮巻き 作れる船に 真楫貫き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南嬬 辛荷の島の 島の際ゆ 我家を見れば 青山の そことも見えず 白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎ廻むる 浦のことごと 行き隠る 島の埼々 隈も置かず 思ひぞ我が来る 旅の日長み」

「万葉集 第六巻 九四二番」より

作者:山部赤人(やまべのあかひと)



今は春。



ここは、多摩。



桜の花が次々に咲き始めている。



ここは試衛館。



沖田惣次郎は土方歳三が歩いている姿を見付けると、明るく声を掛ける。

「土方さん!」



土方歳三は立ち止まると、沖田惣次郎を不思議そうに見た。



沖田惣次郎は土方歳三の前に来ると、微笑んで話し出す。

「土方さん。近藤さんの部屋に行くのですか?」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで頷いた。

沖田惣次郎は土方歳三を笑顔で見た。

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「近藤さんに何か頼みたい事でもあるのか?」

沖田惣次郎は土方歳三に恥ずかしそうに話し出す。

「ありません。」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎。言葉と態度が違うぞ。」

沖田惣次郎は土方歳三を恥ずかしそうに見た。

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「近藤さんに惣次郎の望みを伝えるよ。遠慮せずに話しをしろ。」

沖田惣次郎は土方歳三に微笑んで話し出す。

「桜の花を浮かべた桜湯に入りたいです。出来たら、桜湯の一番風呂に入りたいです。近藤さん達と花見に行きたいです。花見の時には、美味しい物をたくさん食べたいです。桜の咲いている内に、この二つをぜひやりたいです。もし二つが無理なら、一つは絶対にやりたいです。」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「分かった。俺からも近藤さんに話しをしておくよ。」

沖田惣次郎は土方歳三に嬉しそうに話し出す。

「土方さん! ありがとうございます!」

土方歳三は沖田惣次郎を微笑んで見た。

沖田総司は土方歳三に笑顔で話し出す。

「土方さん! 一所懸命に稽古を行いますね!」

土方歳三は沖田惣次郎に苦笑しながら話し出す。

「惣次郎。近藤さんには必ず話しをする。二つは無理でも、一つは必ず約束させる。だから、普通に稽古を行ってくれ。」

沖田惣次郎は土方歳三を不思議そうに見た。

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「近藤さんの部屋に行くから、詳しい事は後で話をしよう。」

沖田惣次郎は土方歳三に嬉しそうに話し出す。

「土方さん! お願いします!」

土方歳三は沖田惣次郎を微笑んで見た。



沖田惣次郎は土方歳三に背を向けると、嬉しそうに呟きながら歩き出した。

「土方さんが近藤さんに話しをしてくれる〜 少なくとも願いがどちらか一つは叶うんだ〜 嬉しいな〜 張り切って稽古をしよう〜」



土方歳三は沖田惣次郎の後姿を見ながら、苦笑して呟いた。

「惣次郎は俺の話しの意味を分かっていないようだな。どちらにしても、惣次郎の願いを一つは叶えないと、更に凄い事が起きそうだな。近藤さんには気を引き締めて話をしよう。」



沖田惣次郎の姿は見えなくなった。



土方歳三は近藤勇の部屋へと向かって歩き出した。



ここは、近藤勇の部屋。



土方歳三は近藤勇の部屋へと入って来た。

近藤勇は土方歳三に微笑んで話し出す。

「歳。呼び立てて悪かったな。」

土方歳三は近藤勇に微笑んで話し出す。

「気にするな。」

近藤勇は土方歳三に微笑んで話し出す。

「おみつさんから文をもらったんだ。」

土方歳三は近藤勇を不思議そうに見た。

近藤勇は土方歳三に微笑んで話し出す。

「歳なら私より良い方法を考えてくれると思って呼んだんだ。」

土方歳三は近藤勇を不思議そうに見た。

近藤勇は机に置いてあった文を手に取ると、土方歳三に微笑んで差し出した。

土方歳三は近藤勇から文を受け取ると、不思議そうに読み始めた。

近藤勇は土方歳三を微笑んで見た。



土方歳三は文を読み終わると、近藤勇に微笑んで話し出す。

「なるほどね。」

近藤勇は土方歳三を微笑んで見た。

土方歳三は近藤勇に文を差し出した。

近藤勇は土方歳三から文を受け取ると、机に置いた。

土方歳三は近藤勇に微笑んで話し出す。

「話しが変わるが、惣次郎が近藤さんに頼み事があるそうだ。」

近藤勇は土方歳三を不思議そうに見た。

土方歳三は近藤勇に微笑んで話し出す。

「惣次郎は、桜の咲いている間に、桜の花を浮かべた桜湯の一番風呂に入りたいという事と、花見をしながら美味しい物がたくさん食べたいと話しをしていた。」

近藤勇は土方歳三に微笑んで話し出す。

「桜湯に入るために桜の皮が必要だな。桜の皮を分けてくれる所を探してみよう。」

土方歳三は近藤勇に微笑んで話し出す。

「花見をしながら美味い物を食べるのは無理なのか?」

近藤勇は土方歳三に苦笑しながら話し出す。

「試衛館の門下生達を連れて、美味い物を食べるとしたら、かなりの量を用意する事になるだろ。花見だけなら問題ないが、惣次郎を満足させるには、かなりの覚悟が必要だぞ。」

土方歳三は近藤勇に苦笑しながら話し出す。

「確かに。」

近藤勇は土方歳三を微笑んで見た。

土方歳三は近藤勇に微笑んで話し出す。

「話しは戻るが、惣次郎の一番風呂に浸かる事については問題ないと考えて良いのかな?」近藤勇は土方歳三に微笑んで話し出す。

「一日で全員が桜湯に浸かる訳ではないから、惣次郎の剣の腕前や状況を考えると、一番風呂に浸かる事は問題ないと思う。」

土方歳三は近藤勇に微笑んで話し出す。

「惣次郎の剣の腕前は確かに凄いが、指南免許を取得した訳ではないだろ。惣次郎から申し出て桜湯に入る訳だろ。形として、桜湯の一番風呂に入るために、何か条件を出した方がよくないか?」

近藤勇は土方歳三に不思議そうに話し出す。

「何か良い方法でもあるのか?」

土方歳三は近藤勇に微笑んで頷いた。



その翌日の事。



ここは、試衛館。



沖田惣次郎は試衛館の中を一人で歩いている。



土方歳三は沖田惣次郎を微笑みながら呼び止めた。

「惣次郎。」



沖田惣次郎は立ち止まると、土方歳三を不思議そうに見た。



土方歳三は沖田惣次郎の前に来ると、微笑んで話し出す。

「惣次郎。近藤さんの部屋に行くぞ。」

沖田惣次郎は土方歳三を不思議そうに見た。

土方歳三は近藤勇の部屋に向かって歩き出した。

沖田惣次郎は土方歳三の後に続いて歩き出した。



ここは、近藤勇の部屋。



土方歳三と沖田惣次郎は、近藤勇の部屋を訪れた。

近藤勇は土方歳三と沖田惣次郎を微笑んで見た。



近藤勇は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎。桜の咲いている間に、桜湯に入る事にした。」

沖田惣次郎は近藤勇に笑顔で話し出す。

「近藤さん! ありがとうございます!」

近藤勇は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「桜湯は何日かに分けて入る。惣次郎が一番風呂に入るのは問題ないが、一つだけ条件を出す。それが出来れば、今回の桜湯の全ての一番風呂に入っても良いぞ。」

沖田惣次郎は近藤勇に嬉しそうに話し出す。

「近藤さん! ありがとうございます!」

近藤勇は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎への条件は、歌を覚える事だ。」

沖田惣次郎は近藤勇にふてくされた様子で話し出す。

「え〜! 条件というのは、剣に関する事ではないのですか〜?!」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎に剣に関する条件を出しても意味が無いだろ。」

沖田惣次郎は土方歳三にふてくされた様子で話し出す。

「確かに〜 土方さんと違って〜 剣に関する事を条件に出しても〜 余り意味が無いですよね〜」

土方歳三は沖田惣次郎を苦笑しながら見た。

沖田惣次郎は近藤勇と土方歳三にふてくされた様子で話し出す。

「どの様な歌を覚えるのですか〜?」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「桜の皮が詠み込まれている歌があるんだ。惣次郎が期限内に歌を覚えたら、今回の桜湯の全ての一番風呂に浸かる事が出来るのだから、早く機嫌を直せ。」

沖田惣次郎は土方歳三に微笑んで話し出す。

「分かりました。早く教えてください。」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで歌を詠み出した。

「あぢさはふ 妹が目離れて 敷栲の 枕もまかず 桜皮巻き 作れる船に 真楫貫き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南嬬 辛荷の島の 島の際ゆ 我家を見れば 青山の そことも見えず 白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎ廻むる 浦のことごと 行き隠る 島の埼々 隈も置かず 思ひぞ我が来る 旅の日長み」

沖田惣次郎は土方歳三に不思議そうに話し出す。

「本当に歌ですか?」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「万葉集の長歌だ。」

沖田惣次郎は土方歳三に不思議そうに話し出す。

「歌の意味は?」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「嫁さまの目のとどかない遠くにやってきて、手枕もしないで、桜皮を巻いた船に梶を通して漕いでくると、淡路の野島も印南嬬も過ぎて、辛荷の島々の間からわが家のある方を見ると、山のどこかも分からず、たくさん雲が重なってきました。漕ぎめぐる浦ごとに見えなくなるどの島の埼でもいつでもどこでも故郷のことを思います。旅が長いので。以上の様な意味になる。」

沖田惣次郎は土方歳三に怪訝そうに話し出す。

「土方さん。もしかして私の事を騙していませんか?」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「近藤さんが傍に居るのに、俺が惣次郎を騙しても何の得にもならないだろ。惣次郎が疑問に思うなら、歌についての確認を取ったり調べたりすれば、直ぐに分かる事だろ。」

沖田惣次郎は土方歳三に納得した様子で頷いた。

近藤勇は土方歳三に微笑んで話し出す。

「惣次郎。桜の咲いている間に桜湯に入るためには、長くとも四日から五日程度で覚える事になるぞ。」

沖田惣次郎は近藤勇を見ると、真剣な表情で話し出す。

「何が何でも覚えます!」

土方歳三は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎も山口一という子に会った時に、短歌だけでなく長歌も覚えていると知ったら、感心するぞ。」

沖田惣次郎は土方歳三に真剣な表情で話し出す。

「はい!」

土方歳三は沖田惣次郎に紙を差し出すと、微笑んで話し出す。

「今の歌を紙に書いた。精進して覚えろよ。」

沖田惣次郎は土方歳三から紙を受け取ると、真剣な表情で話し出す。

「はい!」

近藤勇と土方歳三は、沖田惣次郎を微笑んで見た。

沖田惣次郎は近藤勇と土方歳三に軽く礼をすると、元気良く部屋を出て行った。



沖田惣次郎が近藤勇の部屋を出てから後の事。



試衛館では普段と違う事が起こった。



沖田惣次郎は、稽古と食事と寝る以外の時は、真剣な表情で紙を見つめるようになった。

試衛館の門下生達は、沖田惣次郎の近くで話をしたり何かを始めたりすると、物凄い表情で睨まれるようになった。

沖田惣次郎が部屋の中に居る時は、部屋の外から物音が聞こえるだけでも、物凄い表情で睨まれるようになった。

試衛館の門下生達は、沖田惣次郎の居る部屋には近づかないようになり、念のために、食事と寝る以外の時は、部屋の外で過ごすようになった。



近藤勇と土方歳三は、試衛館内の不思議な雰囲気を、苦笑しながら見る事が多くなった。



それから何日か後の事。



多摩では、桜は綺麗な姿で咲き続けている。



ここは、試衛館。



沖田惣次郎は真剣な表情で紙を握り締めると、気合を入れるように大きな声を出した。

「よし! 行くぞ!」

勢い欲立ち上がると、近藤勇の部屋へと向かって歩き出した。



ここは、近藤勇の部屋。



近藤勇と土方歳三は、部屋の中に居る。



沖田惣次郎は近藤勇の部屋に真剣な表情で入ってきた。



近藤勇は沖田惣次郎を微笑んで見た。

沖田惣次郎は近藤勇に歌の書かれた紙を手渡すと、真剣な表情で話し出す。

「お願いします。」

近藤勇は沖田惣次郎から歌の書かれた紙を受け取ると、微笑んで話し出す。

「惣次郎。詠っていいぞ。」

沖田惣次郎は近藤勇に真剣な表情でゆっくりと詠いだした。

「あぢさはふ 妹が目離れて 敷栲の 枕もまかず 桜皮巻き 作れる船に 真楫貫き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南嬬 辛荷の島の 島の際ゆ 我家を見れば 青山の そことも見えず 白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎ廻むる 浦のことごと 行き隠る 島の埼々 隈も置かず 思ひぞ我が来る 旅の日長み。以上です。」

近藤勇は歌の書かれた紙を机に置くと、沖田惣次郎を微笑んで見た。

沖田惣次郎は近藤勇を不安そうに見た。

近藤勇は沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎。短い期間の中で良く覚えたな。」

沖田惣次郎は近藤勇に確認するように話し出す。

「近藤さん。私は歌を間違わずに詠えたのですね?」

近藤勇は沖田惣次郎に微笑んで頷いた。

沖田惣次郎は笑顔で大きな声を出した。

「やった〜!! 桜湯の一番風呂に続けて入る事が出来るぞ〜!!」

近藤勇と土方歳三は、沖田惣次郎を微笑んで見た。

沖田惣次郎は笑顔で喜び続けている。



その翌日の事。



ここは、試衛館。



沖田惣次郎は桜湯に気持ち良さそうに浸かっている。

桜湯には、沖田惣次郎の望み通りに桜の花が浮かんでいる。

沖田惣次郎は桜の花を片手ですくった。

湯は掌から静かに流れていき、桜の花たけが残った。

沖田惣次郎は掌の上の桜の花を微笑んで見た。

桜の花はしっとりとした様子で濡れている。

沖田惣次郎は桜の花を桜湯に静かに戻した。

桜の花は桜湯の上で再び浮かび始めた。

沖田惣次郎は桜湯に浮かんでいる桜の花を見ながら、微笑んで呟いた。

「あぢさはふ 妹が目離れて 敷栲の 枕もまかず 桜皮巻き 作れる船に 真楫貫き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南嬬 辛荷の島の 島の際ゆ・・・ あれっ? 続きは何だっけ?」

桜の花は桜湯の上でゆっくりと揺れながら浮かんでいる。

沖田惣次郎は桜の花を見ながら、真剣な表情で考え込み始めた。



沖田惣次郎は急に笑顔になると、桜の花を見ながら呟いた。

「え〜と、我家を見れば 青山の そことも見えず 白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎ廻むる 浦のことごと 行き隠る・・・ あれ? また忘れた。」

桜の花は桜湯の上でゆっくりと揺れながら浮かんでいる。

沖田惣次郎は桜の花を見ながら、真剣な表情で考え込み始めた。



沖田惣次郎は急に笑顔になると、桜の花を見ながら呟いた。

「島の埼々 隈も置かず 思ひぞ我が来る 旅の日長み。」

桜の花と桜湯の湯気が、沖田惣次郎が少し動いたので揺らめいた。

沖田惣次郎は桜の花を見ながら、嬉しそうに声を出した。

「以上! 完璧! これでいつ山口君といつ出逢っても大丈夫!」

桜の花と桜湯の湯気は、沖田惣次郎が動くために、止まる事なく揺らめき続けている。



それから数日後の事。



ここは、江戸の町。



一重の桜で、早く咲き始めた桜は散り始め、遅咲きの桜が見頃となっている。

八重の桜では、早咲きの桜が咲き始めている。



沖田惣次郎は姉のおみつと一緒に、江戸の町を歩いている。



沖田惣次郎はおみつに微笑んで話し出す。

「試衛館で何日かに分けて桜湯に入ったんだ。」

おみつは沖田惣次郎を微笑んで見ている。

沖田惣次郎はおみつに微笑んで話し出す。

「全ての桜湯の一番風呂に入ったんだ。」

おみつは沖田惣次郎に不思議そうに話し出す。

「近藤さんは桜湯の一番風呂に入らなかったの?」

沖田惣次郎はおみつに微笑んで話し出す。

「実は、桜の皮を詠み込んだ万葉集の長歌を正確に覚えたら、桜湯の一番風呂に入って良いと言われたんだ。だから、全部覚えたんだ。」

おみつは沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎。長歌を覚えたのね。凄いわ。どの様な歌なのか教えて。」

沖田惣次郎はおみつに苦笑しながら話し出す。

「秘密。」

おみつは沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎。もう忘れたの?」

沖田惣次郎はおみつに苦笑しながら話し出す。

「そんな事は無いよ。」

おみつは沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「惣次郎が私の前で桜の皮を詠み込んだ長歌を正確に詠む事が出来たら、桜を見ながら美味しい物を食べましょう。」

沖田惣次郎はおみつに笑顔で話し出す。

「本当?!」

おみつは沖田惣次郎に微笑んで頷いた。

沖田惣次郎はおみつに笑顔で詠い出す。

「あぢさはふ 妹が目離れて 敷栲の・・・」



山口一と兄の山口廣明は、江戸の町を歩いている。



山口廣明は山口一に微笑んで話し出す。

「桜の皮をもらったから、桜が咲いている間に桜湯に入る事が出来るな。」

山口一は山口廣明に普通の表情で頷いた。

山口廣明は山口一に微笑んで話し出す。

「万葉集に桜の皮を詠んだ歌があるよな。歌の奥深さを感じるよな。」

山口一は山口廣明に普通の表情で頷いた。

山口廣明は山口一に微笑んで話し出す。

「少しずつ交代で詠っていこう。」

山口一は山口廣明に普通の表情で頷いた。

山口廣明は山口一に微笑んで詠い出す。

「あぢさはふ 妹が目離れて 敷栲の、」

山口一は山口廣明に普通に詠い出す。

「枕もまかず 桜皮巻き 作れる船に 真楫貫き、」

山口廣明は山口一に微笑んで詠い出す。

「我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南嬬、」

山口一は山口廣明に普通に詠い出す。

「辛荷の島の 島の際ゆ 我家を見れば 青山の、」

山口廣明は山口一に微笑んで詠い出す。

「そことも見えず 白雲も・・・」



沖田惣次郎はおみつに微笑んで詠い出す。

「・・・千重になり来ぬ 漕ぎ廻むる 浦のことごと 行き隠る、あれ?」

おみつは沖田惣次郎を不思議そうに見た。

沖田惣次郎は真剣な表情で考え込み始めた。



沖田惣次郎とおみつの元に、歌を詠む様な調子の声が聞こえてきた。

「島の埼々 隈も置かず 思ひぞ我が来る・・・」



沖田惣次郎はおみつに笑顔で話し出す。

「島の埼々 隈も置かず 思ひぞ我が来る 旅の日長み! 以上!」

おみつは沖田惣次郎に不思議そうに話し出す。

「今聞こえてきたのをそのまま詠ったように思えるけど。」

沖田惣次郎はおみつに微笑んで話し出す。

「偶然だけど、今聞こえてきたのは歌の最後の部分なんだ。」

おみつは沖田惣次郎に不思議そうに話し出す。

「不思議な事が起こったのね。」

沖田惣次郎はおみつに笑顔で話し出す。

「本当だね!」

おみつは沖田惣次郎に微笑んで話し出す。

「先程の出来事は、誰かが教えた訳ではないから、由としましょう。」

沖田惣次郎はおみつに笑顔で話し出す。

「姉さん! 桜を見ながら美味しい物をたくさん食べさせてください!」

おみつは沖田惣次郎に微笑んで頷いた。

沖田惣次郎はおみつに笑顔で話し出す。

「姉さん! ありがとう!」

おみつは沖田惣次郎を微笑んで見た。



山口廣明は山口一に不思議そうに話し出す。

「なぁ、一。なぜ歌の最後の一部分を、少し大きい声で詠ったんだ?」

山口一は山口廣明に普通に話し出す。

「兄さんと歌を詠んでいる途中で、同じ歌を詠っている人の声が聞こえてきた。歌が途中で止まったから、分からなくなったと思ったんだ。少し大きな声で歌を詠んでみたら、続きが聞こえてきた。」

山口廣明は山口一を不思議そうに見た。

山口一は山口廣明に普通に話し出す。

「歌を詠んでいた人の声は、以前に多摩の試衛館で会った人の声と凄く似ていた。」

山口廣明は山口一に不思議そうに話し出す。

「惣次郎君の事を言っているのか?」

山口一は山口廣明に普通の表情で頷いた。

山口廣明は山口一に不思議そうに話し出す。

「江戸の道場で惣次郎君の名前を聞かないから、用事で江戸に来ているのかな?」

山口一は山口廣明を普通の表情で見た。

山口廣明は山口一に不思議そうに話し出す。

「一の声が聞こえたのに、声を掛けてこないという事は、別人なのかな? それとも、気が付いていないのかな?」

山口一は山口廣明を普通の表情で見ている。

山口廣明は山口一に微笑んで話し出す。

「もし惣次郎君だとしたら、元気にしているという事だね。」

山口一は山口廣明に普通の表情で頷いた。

風が吹いた。

桜の花びらが山口廣明と山口一の元に舞い落ちてきた。

山口廣明と山口一は、桜の花びらの舞い落ちる様子を見た。



桜の花びらは地面へと舞い落ちた。

山口廣明は山口一を見ると、微笑んで話し出す。

「せったくだから、桜湯に桜の花を浮かべながら入りたいよな。少し寄り道する事になるけれど、桜の花を持って帰ろう。」

山口一は山口廣明に普通の表情で頷いた。

山口廣明は山口一に微笑んで話し出す。

「綺麗な桜の花を採って帰ろうな。」

山口一は山口廣明に普通の表情で頷いた。



山口廣明と山口一の姿は、江戸の町の中に居るたくさんの人達の中に紛れてしまい、直ぐに分からなくなってしまった。



桜湯と山口一のために、桜の皮を詠み込んだ歌を必死で覚えた、沖田惣次郎。

桜の皮を詠み込んだ歌を既に覚えていて、普通に詠んだ、山口一。



沖田惣次郎は、山口一に助けられた形になった。

山口一は、沖田惣次郎だと分かって助けたのか、それとも、偶然なのか?

沖田惣次郎が山口一に逢うまで、桜の皮が詠み込まれている長歌を覚えていられるのか?

幾つかの謎が残ってしまった。



沖田惣次郎、後の新撰組一番組組長 沖田総司。

山口一、後の新撰組三番組組長 斉藤一。

二人が京の町で出逢うのは、暫く先の事となる。




〜 完 〜





はじめに       後書き

目次


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