このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

ファイルナンバー 001:ラブホテル直行隧道?

(福島県南相馬市小高区)

 

浜通りの大動脈、国道6号線。日曜午前10時。

 

下り坂を何台もの車が連なって通り過ぎてゆく。

 

曇りがちなれど気温高し。

 

ここは福島県南相馬市小高区。旧町名の相馬郡小高町の方が分かりやすいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

上の画像の反対側はこの様になっている。上り切った地点が小高区と双葉郡浪江町の境界だ。

 

追い越し車線が設けられ、積雪時などの渋滞が無くなったのは喜ばしい限り。

 

走行車線を調子に乗って飛ばすと浪江町の標識のすぐ脇でネズミ捕りを行っている事が多い。

 

どうしてもアクセルを踏みがちになるのに取締りとは「卑怯」と言う外無い。

 

引っ掛かると大変気分が悪いのでスピードはくれぐれも控えめに。

 

 

 

 

 

上の画像から目一杯引いて撮影して見ると、国道の脇に使途不明の空き地が確認できる。

 

画像の左端、空き地の先はまだまだ続いているようにも見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空き地の隅から分岐する未舗装路が確認できる。

 

その先は暗がりになって状況が見通せない。

 

切り通しか、隧道か、はたまた単なる谷なのか…

 

暗がりの向こうには家屋の屋根が見える。

 

道路が続いているとするならば不自然な光景である。

 

 

 

 

 

スゴい値段設定だ…

 

かなり昔からこのラブホテルが有るのは承知していたが、ヤケクソ気味の値段だ。

 

「50m先」は上の画像の謎の暗がりの方角を指すのでは無く、看板から50m先の国道に

存在するラブホテルの正規の入口に向かう道路を示している。

 

 

 

 

 

 

 

 

謎の暗がりの方向に進んで行くと、用を成さなくなったバリケードが倒れていた。

 

「崩落に付き当分の間通行止めと致します 通行止 小高町役場」

 

いつから通行止めだったのだろうか?相馬郡小高町鹿島町、そして原町市の一市二町が合併し南相馬市が誕生したのは平成18年1月の事である。

旧町名の「小高町」の名前が掲示してある事からすると、少なくとも数年前から車両の通行は出来なくなっていたようだ。

 

役場がわざわざこのような看板を設置すると言う事は、ここは町道なのだろうか?

 

 

 

バリケードの先は倒木が道を塞ぎ、天然のバリケードとして機能している。

 

これでは車両の通行は不可能だろう。

 

暗がりの正体が見えてきた。もう少し進んでみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗がりの正体は大きな素掘り隧道であった。

 

これは意外なことだ。国道から走行中に見ると、この隧道は周辺の木々に巧みに隠蔽されて

坑口の様子が伺えないのだ。コンクリート巻き立ての隧道ではなかったのだ。

 

現役の国道から30mと離れていない所に素掘り隧道が存在する事に軽い興奮を覚えた。

 

ご覧のような状況であるから、扁額や銘板の類は一切無い。

 

誰が何の為に掘ったのか、いつごろ掘られたのか、一切不明である。分かる事は「隧道がある」と言う事実だけである。

 

 

 

隧道の内部に入ってみる。

 

内壁は比較的落ち着いており、差し迫った崩落の危険は無さそうだ。

内壁は重機を用いて掘り抜いたようでもあり、人力で掘ったようにも見えて判然としない。

 

画像では分かりづらいが、隧道は大きな断面を有している。

幅は6m程、高さは3.5m程であろうか。普通乗用車同士であれば余裕ですれ違えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

隧道の出口近くには、通行止めの原因となったであろう巨大な落石が放置されていた。

 

高さは1m程、幅は2.5m程もあろうか。

 

こんな物が落ちてきたら、私であろうと乗用車あろうと一瞬で原型を留めないであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隧道を抜けると、バリケードの存在が確認できる。恐らくは入口付近で見たものと同様に小高町役場が設置した物であろう。

 

バリケードの先には何件かの家屋が見える。

 

これは先程の看板で示されていたラブホテルの裏側と見て間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

隧道の出口はご覧のように小規模な切り通しになっている。

 

結構な規模の土木力が使われた事は間違いない。ラブホテルのオーナー氏(もしくは土地権利者)が施工した私道と言うスケールの話ではない。

 

恐らくこの道(と隧道)は旧小高町が何らかの意図をもって施工された町道だろう。

ある時、計画が中断され今現在のような不思議な光景になったものと考えている。

 

もし、この道の由来をご存知の方がいらっしゃったら私までご一報頂きたい。

 

 

 

 

 

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