このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
『奥の細道』 |
酒田 |
羽黒を立て、鶴が岡の城下、長山 氏重行と云物のふの家にむかへ られて、誹諧一巻有。 左吉も共に 送りぬ。川舟に乗て酒田の湊 に下る。淵庵不玉と云医師の許 を宿とす。 あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ 暑き日を海にいれたり最上川 |
![]() | 不玉宅跡の碑 出羽三山詣でを果たし、鶴岡から酒田にやった来た芭蕉が、まず訪れたのが「淵庵不玉と云医師の許」だった。淵庵(不玉は俳号)は、庄内藩主の侍医を勤め、酒田俳聖の中心人物だった。尾花沢の清風とも交流があったという。 その不玉宅跡は現在佐藤歯科医院となっているが、その敷地内に「芭蕉逗留の地 不玉宅跡 三人の中に翁や初真桑 不玉」と彫られた碑があり、「芭蕉遺跡 不玉亭」の解説板が立っている。 |
史跡 旧鐙屋 不玉宅跡の裏手に、井原西鶴の『日本永代蔵』のなかで、「坂田の町に鐙屋といへる大問屋」と書かれた鐙屋がある。建物は幕末の物というが(昭和51年の酒田大火にも焼失を免れた)、古い様式の船問屋の面影を残し、国の史跡に指定されている。芭蕉が歌仙を巻いた「近江ヤ」(『曽良旅日記』)は、この「あぶみや」ではないか、という説もある。 | ![]() |
![]() | 寺島彦助宅跡 鐙屋前の通りを日和山の方向へ少し歩くと、郵便局前の道路わきに、「奥の細道 安種亭令道寺島彦助宅跡」の標柱が立っている。曽良が、「十四日 寺島彦助亭ヘ被招。俳有。夜ニ入帰ル。暑甚シ」、と記した、その彦助宅の跡地である。 |
芭蕉像 酒田市の中心街から西に向かって坂道を上ると、日和山公園がある。ここには、寛文12年(1672)、この地に広大な「御城米置場」を構築した河村瑞賢の倉跡の記念碑や、文化元年(1813)建造の常夜灯、今残る最古の木像灯台などがある。酒田市は市制50周年(昭和59年)を記念して公園を整備、来遊文人の文学碑を建立、「文学の散歩道」を作った。公園に入って真っ先に目につくのがこの芭蕉像だ。 | ![]() |
![]() | 芭蕉句碑a 芭蕉句碑は3基あるが、これが一番古いもので、天明8年(1788)の建立という。大きな自然石に、「温海山や吹うらかけてゆふ凉 はせを」と刻まれている。 |
芭蕉句碑b 上の碑のすぐ近くに、この碑がある。どっしりとした自然石に、「暑き日を海に入れたりもがミ川 芭蕉」と刻まれている。碑陰に、「酒田ロータリークラブ創立20周年記念」、「句は芭蕉が奥の細道の途次当地で吟じたもの。書は……柿衛本から採取……昭和五十四年九月」の文字が見える。 | ![]() |
![]() | 芭蕉句碑c 「あふみや玉志亭にして納涼の佳境瓜をもてなして発句をこふて……」の前書きの後に、「初真桑四にや断ン輪に切ン はせを」以下、曽良、不玉、玉志の句、元禄二年晩夏末、と記した銅版が、自然石にはめ込まれている。芭蕉の真蹟懐紙(本間美術館蔵)をもとにした句文碑。 |
木造六角灯台 日和山公園の西端、酒田港を見下ろす位置に建つこの灯台は、明治28年(1895)建造の宮野浦灯台を移築保存したもの。洋式木造灯台で残る最古の一つという。 | ![]() |
![]() | 酒田港本港 この古い港は、江戸時代初期に河村瑞賢が西回り航路を開いてから、大いに発展した港。昭和49年に北港ができて、外国船の入港など中心はそちらに移った。防波堤の先は最上川河口。左手が最上川上流、右手が日本海。 |
不玉句碑 日和山の「文学の散歩道」には、『奥の細道』にも名をとどめた「淵庵不玉」をはじめ、多くの文人の句歌碑や文学碑が二十数基もある。これは芭蕉7泊の宿をした伊東不玉の碑。句は「博労の泊り定めぬ秋の風」。 | ![]() |
![]() | 蕪村句碑 句は「新米の坂田は早しもがみ川」、「早し」は新米の積み出しの早さと、最上川の流れの速さの両方にかけられている、と解説板にある。碑の文字は、天保版「蕪村句集」による、とも。 |
子規句碑 子規の句碑が2基あるが、これはその一つ。句は「鳥海にかたまる雲や秋日和」。「その紀行文『はて知らずの記」』によれば、明治二十六年(1893)八月九日来酒し、翌朝には吹浦に出発しているので、その時の作と思われる」、と解説板にある。 | ![]() |
![]() | 齋藤茂吉歌碑 茂吉の歌碑も二つあるが、これは昭和37年、酒田短歌会の建立になるもので、日和山句歌碑の中でも古いもので、大きさも風格も随一と思われる。刻まれている歌は、「おほきなる流となればためらはず酒田のうみにそそがむとする」。昭和22年、酒田を訪れた時の作、と解説板にある。 |
残照 日本海 日本海沿岸には、落日の名所が少なくないが、酒田もその一つ。酒田に2泊したが、梅雨明け前の7月中順、1日目は曇り、2日目もすっきりしない天気だった。せめて最上川河口でも見に、と宿で借りた自転車を走らせていると、雲の切れ目から青空がのぞき始め、どんどん広がってゆく。河口近くの砂浜に着くころには太陽も顔を出し、空と海を鮮やかに染めながら沈んでいった。それはまったく息を呑むような美しさだった。広く長い砂浜には車で乗りつけた地元の人が数人、黙々とリール竿を振っていた。 | ![]() |
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |