このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
ある日の神岡鉄道 | 2006(平成18)年10月9日(月・祝) -その1- |
KM-150型気動車 | ||
1984(昭和59)年10月1日、国鉄神岡線を引き継ぐ形で開業した神岡鉄道。 豪雪地帯でもある沿線の住民の足として、そして何より、神岡鉱業で生産される濃硫酸の輸送のため、なくてはならない鉄道でした。 しかし、次第に濃硫酸輸送が鉄道からタンクローリーに切り替わり、2004(平成16)年10月をもって全ての貨物輸送が廃止されると、もともと沿線人口が少ない神岡鉄道は収入源を失ってしまい、翌2005(平成17)年には株主により廃止が決定されることとなりました。 飛騨山脈の乗鞍岳を源流とする高原川に沿って神岡と猪谷を結ぶ神岡鉄道は、2006(平成18)年11月30日をもって廃止となりました。 廃止まで残り2ヶ月を切った10月の上旬、初めて神岡鉄道に乗車してきました。 高山線で猪谷駅に到着すると、白色の車体にオレンジ色と紺色のラインが入った神岡鉄道の気動車の姿が見えました。 この日の運用は、KM-151「おくひだ2号」(1984(昭和59)年、新潟鐵工所製)でした。 列車には、すでに多くの乗客が乗車しており、「どうせ座れないなら」と、ゆっくりと撮影を行いました。 発車の時間となり、列車に乗り込み、奥飛騨温泉口駅までの車窓を楽しみました。 左上:KM-150型気動車 右上:銘板 (以上、猪谷駅にて 205D) 左下:KM-150型気動車 (奥飛騨温泉口駅にて 205D) | ||
駅 | ||
1966年、国鉄神岡線の神岡駅として開業した奥飛騨温泉口駅、1984年に現駅名に改称されました。 2002年には二代目となる現駅舎となり、かつて貨物列車を牽引していたKMDE10形ディーゼル機関車が駅前に展示されています。 左上:奥飛騨温泉口駅 右上:駅名表示板 左下:七福神 布袋 右下:KMDE10形 | ||
神岡鉄道の開業に伴い開業した、神岡大橋駅。 駅名の通り、神岡峡を跨ぐ神岡大橋の西詰にあります。 付近にある朝浦八幡宮の脇からは、神岡峡を見下ろすこのとのできる遊歩道「藤波八丁」が、藤波橋まで続いています。 左:神岡大橋駅 右:七福神 弁財天 | ||
1966年、国鉄神岡線の飛騨船津駅として開業した飛騨神岡駅、1984年に現駅名に改称されました。 山田川の作り出した谷を跨ぐ鉄橋上にある高架駅です。 ホームからは、船津地区が一望できます。 この日は、本当に天気がよく、飛騨神岡駅ホームのベンチで、富山駅で購入した「富山湾弁当」を景色とともに美味しく頂きました。 左上:飛騨神岡駅 右上:駅名表示板 左下:七福神 恵比寿 右下:飛騨神岡駅遠景 | ||
1966年、国鉄神岡線の神岡口駅として開業した神岡鉱山前駅、1985年に現駅名に改称されました。 駅からは、神岡鉱業の工場が見え、まさに「鉱山前」といった感じです。 駅の入口はまだ真新しく、かつては、直営のコンビニが併設されていたそうですが、閉店後に建て替えられたようです。 階段を上がり、ホームへと出ると、かつては貨物列車で賑わっていたであろう広々とした構内に、役目を終えたKMDD13形ディーゼル機関車が留置されていました。 左:神岡鉱山前駅 右:KMDD13形 |
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