このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

お大師参りと心経山
 青木から仰いだ心経山、中央の左稜線に位置するウバメガシの小森に、大師堂・護摩堂が巨岩の重なりあう上に建っています。
  「行く秋や 踏みわけてある 鹿の道」 という句があり、昔は大きな木が天をおおい昼なお暗い密林で、その下を鹿(厳島神社のお守り)が群がり棲んでいた、女人禁制の山頂でした。
  
山頂一帯から弥生時代中期後半に相当する櫛描文や凹線文などの文様を持つ土器のほか、石包丁、石鏃鉄剣などの遺跡出土しています。
お 大 師 堂 ……弘法大師の入定日(旧暦3月21日)をお大師参りとして全島で供養し、 このお大師堂 を中心に百年以前から続いています。5/8
 心経山を信仰の山として崇め、数回の山火事にも類焼を免れ、山の安全、麓の幸せ、青木石の供養にと受け継がれたと思われます。山麓での生活に必要な作物への水分確保に欠かせない森林を守っています。
 弘法大師が護摩堂を建て、護摩を焚いて修行されたと言い伝えられています。その護摩堂も心経山頂での強い風雨に耐えてきましたが、終に柱が腐って倒壊していました。2006.4.18
 信仰心や郷土愛、地元産業も変わり、この種の修復に心を悩ましています。昨年倒壊した旧家の片付け中に、昭和初期の対応を知る 資料 を青木自治会長が見つけ出しました。感無量です。(5/4)
 この心経山頂へ登られる人々に、歴史的な修行と信仰の場であることを伝え広める碑文ができました。(2008.11.2)
大師堂の裏に、弘法大師千百年忌供養塔頂上のお不動さん
大師堂のお飾り石の洞窟  お不動さん
 お大師祭りに、大師堂で護摩供養を行う先代の久保田ご住職(亀山様所蔵)。今年も、麓の長福寺で15時頃から行ないました。

 心経山の中腹からは、当番の男衆が水やお接待の品々を往復して運び上げ

お接待の休憩所準備

H17年 心経山当番の男衆小休止

心経山参道の満開の山ツツジがお出迎え 2006.4.18
(6/4)

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください