このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


当時は次々と新しい乗り物が登場した。現代のものから比べるとずいぶんと変わった形をしていたようである。


初期の乗合自動車(バスの前身)
黒塗りオープンカーに日よけの
ほろを取りつけたもので、4〜5
人乗りであった。

複葉の水上飛行機

創案された当時の人力車開業医のマイカーとなった人力車


創案当時の自転車。歩いた方が早そうだ

倉敷川を浚渫し、倉敷前神橋付近の船着場から、
倉敷川を下り、藤戸を経由して児島湾に出る。
岡山三幡港まで小型蒸気船を1日1往復の運航
をすることになった。右図はそのときの営業案内
の広告チラシである。


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