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東京見聞録  
2007年1月5日(金) 一日目   <大宰府天満宮と九州国立博物館、博多豚骨ラーメンともつ鍋>


福岡へ行く>

 今年は例年になく長く帰省しているので、この時間を利用して福岡へ遊びに行ってきました。最大の目的は大宰府天満宮にお参りして、その側に立つ九州国立博物館へ行くこと。あとは博多ラーメンを思う存分食べること。表面上はこの二点に尽きます。

 最寄の停留所を朝8時8分に出発する高速バスに乗って福岡は天神へ。最近は福岡−下関間にも1時間に1本という頻繁な本数の高速バスが出ているので本当に便利です。しかもJRで行くよりも安いし時間もかからない。乗り換えもない。家のほぼ前から天神の中心まで運んでくれる。これだけの好条件が揃ったらJRよりもバスを使ってしまうのは仕方ないのかもしれません。

 バスの中でうつらうつらして、気が付くともう天神。時刻は9時半。yneさん、Dkさんとの待ち合わせ時間である10時半までまだ1時間あったので、その時間を利用して長浜へ行き、早速「元祖長浜屋」で長浜ラーメンを食べて来ようと目論みました。天神から長浜までは距離にして約2キロ。歩いて往復45分、食べる時間が15分とすればちょうど行って帰って来れる、と。

 「元祖長浜屋」は文字通り長浜ラーメンの元祖の店らしく、替え玉の発祥もここ。市場が近いこともあって24時間営業しているという情報を仕入れていました。店に入って席に着くだけですぐに出てくるラーメンはもはやここでしか味わえません。6年前の夏にもみんなと行ったことはあったけど、あのときはそこまでラーメンに入れ込んでなかったので記憶も曖昧です。そういうわけで今回きちっとした形で食べて、味を確かめておこうと思いました。ラーメンハンターを名乗るなら、絶対に外せない一店なので。。

 そういった期待を胸にして、てくてくと歩くこと20分、ようやく元祖長浜屋に到着しました。しかし、何故か店の電気がついていない。あれ?24時間じゃないのかな?と思って張り紙を見てみると。。。何と正月休みなるものが存在して、1月1日〜5日までは完全休業だったのです。これはやられた。24時間営業だからてっきり今日も開いていると思ったのに。いつも思うけど、僕は調べものをしても詰めが甘いみたいです。今日が休みということをきちんと調べておかないとなぁ。さすがにがっかりだったので、帰り道は歩く気力もなく、100円バスに乗って天神まで戻りました。ううぅ、今回の旅は幸先よろしくないぞ。

<太宰府天満宮>

 長浜ショックを引きずったまま、10時半に西鉄の福岡天神駅前改札でyne、DKの二人と待ち合わせ。これから3人で大宰府天満宮+九州国立博物館へ向かいます。偉大なるラッパーであるDKを中心に韻の踏み合いをしていると、いつの間にか大宰府に到着。三年ぶりの大宰府。天神と大宰府は思ったよりも近い。

 今回の本来の目的は九州国立博物館ですが、大宰府に来たら太宰府天満宮にお参りしないわけにはいきません。大宰府に行って太宰府天満宮に参拝しないのは、ラーメン屋に行ってラーメンを頼まないのと同じではないか。。三が日は終わっているとはいえ、新年の太宰府天満宮は駅から大混雑でした。


<西鉄大宰府駅>

<混雑する表参道>

 大宰府に着いたのは11時過ぎだったけど、参道の混雑を見る限り昼時になると食事亭は混むだろうと、先に昼食をとることにしました。参道といえば無難なのが蕎麦。以前も入ったことがある「やす武」へ入って、おろしそばを注文。永平寺で食べたおろしそばと比べると、大根おろしが甘く、麺も適度な腰で、総合的に柔らかくて優しい印象の蕎麦でした。まあこれが一般的なおろしそばで、越前そばのほうが個性的なのかも。


<梅が枝餅も売っているやす武>

<おいしいですおろしそば>

 腹ごしらえをして、いよいよ大宰府天満宮に参拝。さすがに全国的に有名な天満宮だけあって、人でごった返しています。しかも何と言っても学問の神様だから、入試を控えたこの時期は余計に人が多い。やっとのことで本殿に辿り着き、行列に並んで参拝してきました。学問の道を邁進することができますように、と。お願いします道真様。


<橋>

<橋から眺めてみる>

本殿と有名な梅の木。この梅の木を見て、道真はかの有名な句である
「東風吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」を詠んだらしい

 参拝してから今年二回目のおみくじを。太宰府天満宮特製のピンク色をしたおみくじを引くと、今回も中吉でした。肝心の学問は「入学試験できる 油断するな」だと。これから先、もう入学試験というものはないんだけど・・・。博士課程への進学口述試験がこれに当たるならまあいいか。

 とは思ったものの、やっぱり不安だったので絵馬を書くことにしました。絵馬は1枚800円と高額だったので、1枚の絵馬に3人で書いて奉納。論文が雑誌に載りますように、とかいろいろ。3人で1枚に書いたから、3分の1くらいしか願いが叶わないなんてことはないだろうな・・・。他に奉納された絵馬を見ても、太宰府天満宮だけあって学問関係のお願いがほぼ全てを占めていました。基本的には福岡・山口・大分のどこそこの高校に受かりますようにとか、どこそこの大学に合格しますようにとか、薬剤師国家試験に合格しますようにとか、そういうのが大半。土地柄「九州大学に合格しますように」というのが多かったけれど。


<桃色のおみくじは梅のイメージか?>

<絵馬も大量に奉納されてます>

<九州国立博物館>

 大宰府天満宮で一通りの参拝を終えて、いよいよ九州国立博物館へ。天満宮の横道を少し歩くと、神社のような博物館への入り口が見えてきます。ここから長い長いエスカレーターに乗って、ようやく博物館の前へ。エスカレーターはなぜか幻想的な雰囲気を醸し出しています。聞いた話だとこの敷地、元は全部太宰府天満宮のものだったらしい。何とまぁ広大な敷地を有していること。一面ガラス張りの博物館に山というか緑が映りこんでいることからも、周りは全て山に囲まれています。よくこんなところに博物館を作ったね。


<博物館への入り口>

<エスカレーターライトアップ>

<トンネルを抜けるとそこは博物館だった>

 中に入るとさすがに最新の国立博物館らしく近代的です。しかし同時に自然と調和させようとしている意図も感じられます。屋上の打ちっぱなしコンクリートを隠すように木の骨組みが組まれていたりとかね。九州国立博物館は国立博物館としては東京・京都・奈良に次いで4番目で、他の三つが美術系博物館であるのに対し、国立博物館としては始めての歴史系博物館として作られたそうです。国立博物館を名乗る博物館としては1897年の京都国立博物館以来、108年振りの新設博物館なんだと(ウィキペディアによる情報)。

 早速4階の常設展を見物。旧石器時代から江戸末期までのものが展示されているけど、基本的に力を入れているのは古い時代みたいです。コンセプトは「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」で、アジア各国の展示品や、日本との繋がりを重点的に示していた展示品が多かった。あとは地元九州、特に福岡周辺で出土・発見された考古学的史料の展示も。板付遺跡とか箱崎宮所蔵とか。こういう明確なビジョンがある博物館はいいですね。九州は中国・朝鮮に一番近かったわけだから、そりゃアジアという視点が出てくるのもごく自然なことだと思います。

 ただものすごく展示品の数が多いので、見る側としては興味深いけど非常に疲れたりします。あとは後世に下るに従って、何となく展示が薄くなっている印象がありました。古代から中世にかけては国宝・重要文化財クラスの展示物も多かったけど、最後は何となく尻すぼみ。一番最後の展示品が明治時代のアイヌの衣装だったからな。アジアからの文化の伝来という意味では、どうしても古代から中世にかけてに重点が置かれるとは思うけれど。

 でも最後の尻すぼみ感を除けば、見ごたえは十分あるし、迫力のある映像も何箇所もあるし、文化財を触って楽しめるコーナーもあるしで、かなり充実した博物館でした。さすがに国立博物館で最大の展示数を誇るだけのことはある。

 4階の常設展を見た後は、3階でやっていた特別展「若冲と江戸絵画」へ。ここは外国人のナントカさん(名前忘れた)が所蔵している若冲(じゃくちゅう)やその他の江戸時代の日本画家の絵画を展示しているところでした。ここも結構展示物は多かったのだけど、絵のことがあまりよく分からないのと4階の展示で疲れていたのもあって、yneさんと二人でさっと流すだけにしてしまいました。対して絵に造型の深いDKさんはじっくり見物。こういうところで差が出てしまいます。

 一応一通り見終わって外に出てみると、今回の主催者といっても過言ではない、若冲の絵画を所蔵しているナントカさん(名前思い出せない)がサイン会を開いていました。カタログを買った人には、背表紙に漏れなくサインしてくれるよ、と。これはびっくりだ。わざわざ遠いアメリカ(多分。イギリスかも)からおいでになったのか?というか、作者のサインなら欲しい気もするけど、コレクターのサインってどうなんでしょう??言ってみれば僕がピカソの絵を大量に持っていて、それを展示したときに僕がサインするようなもんだからなぁ。やっぱりおかしい気がする。美術界では当たり前のことかもしれないけどさ。あ、ナントカさんの名前を思い出しました。プライスさん。奥さんは日本人だった気がする。

 最後にお土産屋を物色。「九州国立博物館に行ってきました」というそのままズバリなお土産があったけど、これはこれで本当にいいのでしょうか?ウケ狙いでしか買う人はいないんじゃないか?もしこの名前をコンサルがつけていたとしたら、そのコンサルはだめだな。


<エントランスからの眺め>

<なんと言うネーミングのお土産か>

 帰りは再び太宰府天満宮の表参道を歩き、午後のおやつに焼きたての梅が枝餅を食べてきました。大宰府に来て梅が枝餅を食べないのはラーメン屋に行ってラーメンを注文しないのと同じです。参道には多くの梅が枝餅店があるものの、どこがおいしいのかわからないので、とりあえず行列が出来ているところがおいしいのだろうとの結論のもと、行列の出来ているとある店に並んでみました。焼いている様子もわかって、これなら安心。レジのお兄さんに105円を渡すと、今出来たばかりの梅が枝餅を手渡してくれました。これを食べてびっくり。今まで食べていた梅が枝餅は梅が枝餅じゃなかったんじゃないかというほどおいしかった。いつもはお土産に持って帰って、家のレンジでチンして食べていたから、それこそ餅みたいに柔らかかったけど、このまさに焼きたては一番外がサクサク、中の餡がほくほくで全然食感が違う。本当の梅が枝餅というのはこうなのかもしれません。梅が枝餅ってすぐしんなりなってしまうから、できるなら焼き立てを食べるに越したことはないなぁ。


<梅が枝餅を焼く>

<梅が枝餅 真ん中に梅のマーク>

<博多豚骨ラーメン>

 再び天神に戻ってきて、地下鉄に乗り換えて一駅先の中洲川端へ。有名な川端商店街を抜けると、そこには山笠で有名な櫛田神社があります。せっかくなので飾り山笠を見物して、櫛田神社に参拝。5日の4時過ぎだというのに、櫛田神社にお参りするには行列が出来ていて、仕方がなく並んでしまった。山笠は動いていなくても迫力があったので、今度是非とも動いている山笠を見てみたい。


<飾り山笠>

<櫛田神社も人が多い>

 櫛田神社にお参りして、キャナルシティへ。キャナルシティはできて10年経つそうです。ということは、僕が高校生の時、「キャナルシティっていうすごいもんができたよ」との噂を聞いて、yneさんを含む友達とみんなで行ったときから10年経っているということか。早いねぇ。キャナルシティには正月用なのか何なのかわからない、蛸のようなクラゲのような光のオブジェが設置されていました。


<蛸かクラゲが>

<日暮れ前>

 目当てはそのキャナルシティにある 「ラーメンスタジアム」 。最近全国各地に出来ているラーメンミュージアムだと考えればわかりやすいかな。全国各地の店が出店している中で、博多に来たからには博多ラーメンを食べなければ罰があたる。博多に来て博多ラーメンを食べないのは、ラーメン屋に入ってラーメンを食べないのと同じなので(この例えだとややこしいか)、博多ラーメンの 「一幸舎」 と「初代だるま」をはしごすることにしました。どちらも博多のラーメンハンターDK氏のお墨付きなので、楽しみなところ。
 
 まずは一幸舎へ。ラーメン600円を麺固めで注文。じっくりと煮込まれたであろう豚骨スープは、とてつもなくまろやかでクリーミー。砂糖じゃないスープの甘さがじわじわとにじみ出ていておいしい。ちょっと醤油も入ってるんかな?それもいいアクセントになってます。麺もスープによく絡んで、非常においしい一杯でした。一幸舎は最近出来た店らしいですが、なるほど、新博多ラーメンを名乗るだけのことはあります。

 一幸舎の一杯で満足したものの、せっかく博多に来たのだからもう一杯くらいは食べておきたい。食べ比べをしておきたい。しかも目の前にある店が博多では有名な「だるま」だったらなおさらです。だるまは東京にも進出している「秀」のオーナーの親御さんがやっていたらしく、箱崎にあった当時はそれはものすごかったらしい。しかし初代が引退して、秀のオーナーさんが店を受け継ぐと、二代目の誇りか何かから初代の味を封印し、味を変えてしまったそうです。そこからは若干評判が落ちてしまったそうで、ラーメンハンターのDKさんも「昔のだるまはよかった。なのに今のだるまは・・・」と嘆いていたところでした。そういう声に応えたのか、ラーメンスタジアムに出店すると同時に、今まで封印していた昔ながらの「初代だるま」の味をついに解禁したそうで、これは食べておくしかないじゃないか、と。「秀ちゃんらーめん」がおいしいんだから(東京の「秀」は全くおいしくなかったけど)、「だるま」も本気を出せばおいしくないはずがない。

 と前置きが長くなってしまいましたが、期待を胸にその「初代だるま」へ行ってきました。ラーメン600円を全てノーマルで注文。さっきの一幸舎とは対照的に、落ち着いた昔ながらの正統派博多ラーメンという感じ。脂も少なめだけど、背脂が浮いていて、これが甘くていいアクセントになっています。スープは豚骨以外にも、椎茸や野菜の味を感じて、随分苦労して出汁取ってるんだろうなぁという感じ。うまいです。今風の一幸舎、昔ながらだけど一手間加えた初代だるま、この二つは甲乙付け難い。だるまの方は二杯目だったから、最後苦しくなってしまったというハンデはあるけども。。とにかく両方ともうまい。


<一幸舎>

<初代だるま>

 ラーメンを二杯食べて腹一杯になりながらも、とても満足することが出来ました。実のところ、最近博多ラーメンって実はあんまりおいしくないんじゃない?と思い始めていたところでした。東京じゃ醤油やダブルスープのラーメンばっかり食べるようになってたし。でもそれは今日の二杯で大いなる間違いだと気付きました。それはただ単に東京でおいしい博多ラーメンを出す店がなかっただけのこと。この二つに比べたら、結構おいしいと思っていた「砦」ですらまだまだだと思えるし、ましてや「博多天神」なんて詐欺以外の何者でもない!と叫びたくなります。というか、福岡の人は「博多天神」というラーメン屋が東京に蔓延っていることを知らないらしい。今度是非東京に来て「博多天神」のラーメンを食べて欲しいなぁ。

 ラーメンで腹一杯になったあとは、地下にあるスタバで小休憩。腹が一杯で苦しかったので、抹茶ラテで口をゆすぎつつ、1時間ほど話をしていました。腹が一杯のときの甘いものはおいしすぎて危険ですね。太ってしまう。

<もつ鍋を食べる>

 スタバで体を休めた後、地下鉄に乗って箱崎へ。目の前に九州大学のキャンパスが広がる学生街です。今晩お世話になるDKの家に荷物を置き、一旦小休憩をして腹が減るのを待った後、DKお勧めの居酒屋「串太」へ。結局あんまり腹が減ってないけど、時刻は9時近く。

 カウンターに座ってもつ鍋を2人前(3人だけどそれほど腹が減ってないので)にいくつかつまみを。ご主人が「世界で一番美味い」と自信を持っているだけあって、ここのもつ鍋は本当にうまい。特にスープの甘さが天下一品です。どうやったらこんなおいしいもつ鍋のスープをつくることができるんでしょうか。もつも歯ごたえがあってよかったし、最後のチャンポンもこれがまたうまかった。ってなことを今書いて、下の写真を見ていたら、また食べたくなってきた。。。


<自慢のもつ鍋>

<チャンポンもうまい>

 ここの居酒屋は女将さんが下関出身だそうで、サービスで小倉揚子江の肉まん(←小倉駅近くにあるおいしい肉まんの店)を出してくれました。山の田とか長府とか梅光とかいった地名がぽんぽん出てくる。「桃太郎って知ってる?」と聞かれたので、「あ、ちょうど昨日、にくきつねうどんを食べてきましたよ!」というタイムリーな受け答えも出来ました。福岡で桃太郎だの西高だの(下関ではうちの高校のことをこう呼ぶ)、ローカルな話題が出てくるというのも不思議な光景だ。

 大将のほうも昔東京で大学生協の配達員か何かをやられていたそうで、何学部かと聞かれて「教養学部なんですけど・・・」というと、「ああ、駒場の?」とすぐに返ってきました。僕は人に自分の学部(今は専攻)を説明するのが非常に面倒なので、できれば説明しないで何とかごまかそうと思うこともしばしばですが、大将はよくご存知だったので今回ばかりはよかった。「おれが何も分からんと思って、最初言うのためらったやろ(笑)」と、僕の胸のうちまで見透かされていてびっくりです。すみません。。

 楽しい話とおいしいもつ鍋を食べて、ビールも何杯か飲んで、お会計は何と全員で4000円強。東京じゃこれは有り得ない。どうもご馳走様でした。yne、DKの二人もどうもありがとう。

 その後は3人でDKのうちに戻り、2006年を振り返ったり、yne家の近くにあるデイリーヤマザキの話をしたり、「マグロ ご期待ください」って言ってるから見てみるか、でも終わってるかみたいな話をしたり、福岡と東京の比較なんかをして夜遅くまで過ごしました。


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