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熊本調査 1 
2009年7月10日(金)  <熊本(黒亭のラーメン)、水俣(水俣病資料館、チッソ、百間排水溝)>


熊本へ> 

 H橋のプロジェクトで、3泊4日に渡る熊本調査に参加することになりました。皆さんと合流するのは2日目からなので、初日は単独行動。朝5時過ぎに家を出て羽田空港へ向かい、羽田空港に着いたのが6時半。今回からビジネスラウンジを使えるようになったので、朝の喧騒でせわしないロビーとは打って変わって、静かでゆったりと落ち着いたラウンジで過ごせます。うーん、大人。。売店で買ってきた「きたじまのメンチカツサンド」とトマトジュースで朝食にしました。「きたじまのメンチカツサンド」は、あの金メダリストの実家が作っているもの。ボリュームがあって味もよく、朝から満足です。


<羽田ビジネスラウンジで>
 
<きたじまのメンチカツとトマトジュース>

 今回の飛行機はスカイネットアジア航空という格安航空会社。7時50分の便で熊本へ。天気が悪かったので揺れが激しかったですが、眠くて仕方がなかった僕はドリンクサービスも忘れて寝ていました。飛行機で寝られるようになるなんて、本当に進歩したものです。阿蘇熊本空港周辺は本当に天気が悪く、着陸できるのか心配になりましたが、雲の合間を縫って無事着陸。すぐに市街地行きのバスに乗り換えて、一路熊本市内へ。

 市街地行きリムジンバスに乗り、車窓に目を向けぼんやりとしていると、停留所案内の音声が流れだしました。しかしこの音声が、一般的な音声ではなくてアニメ声です。最初はどこの声優がやっているんだろうと思ったら、最後に「初めまして、熊本県観光大使のスザンヌです」ということで、何とスザンヌの声なのでした。まあしかし、熊本県も思い切ったことをするものです。県の玄関口に当たる、空港—市街地のリムジンバスで、スザンヌの声を使うとはね。「おばか」が世間的に認められる時代になったんですねぇ。

 バスは1時間程で終点熊本駅に到着。バスを降りた瞬間、そのむわっとした空気に僕はたじろぎました。曇っていて風も強いのに、気持ち悪いほど暑い。立っているだけで汗が出てきます。東京では味わえない、この九州地方独特のムシムシ感。服が肌にまとわりついてきて、不快指数100です。今日一日、先が思いやられるなぁとかなりテンション下がりつつ、熊本駅のコインロッカーに荷物を預け、早目の昼食をとることに。熊本と言えば熊本ラーメンですが、今回は特に人気の高い 「黒亭」 というラーメン屋に行ってきました。昭和32年創業という老舗です。熊本駅からは歩いて5分程度。

 最近改装したようで、結構綺麗な店内ですが、働いているのは地元のおばちゃん、おばあちゃん達。鹿児島の「のぼる屋」に似た雰囲気もあります。卵の黄身2個が入った「玉子入りラーメン」とおにぎり1個を注文。チャーシューも多くて食べ応えがあります。熊本ラーメンは博多と同じく豚骨ですが、博多と違うのは焦がしニンニクが入っていることと、麺が太いこと、スープが濃いことでしょうか。焦がしニンニク油のお陰で、スープに若干の苦みが出ますが、それがコクになっておいしく感じます。やっぱりご当地ラーメンは本場で食べるに限る。     


<玉子入りラーメン(820円)>
 
<黒亭>

 食後は再び熊本駅へ戻り、これから向かう水俣行きの切符を手配。熊本県北部の熊本市から南部の水俣市へは、在来線で行くと2時間以上かかります。かといって特急+新幹線で行くと40分くらいで行けるけど往復で8000円近くかかるし、一体どうしようかと思ってみどりの窓口で聞いてみると、「つばめ・おれんじぐるりんきっぷ」なるものがあるらしい。往復の一方を特急+新幹線で、もう一方を在来線で移動すれば4000円というもので、普通に在来線往復でも4000円近くかかるのでこれはかなりお得です。しかも初めて九州新幹線に乗れる!ということで、行き新幹線、帰り在来線で購入しました。

 熊本駅は来年度末の新幹線開業に向けて改装工事中。しかし駅自体は市街地から離れているので、70万人に迫ろうかとする都市の代表駅としては小ぢんまりとしています。新幹線が来るようになると変わるのかもしれませんが。  


<改装中の熊本駅>
 
<古い駅名票>

 熊本駅11時55分発のリレーつばめ41号に乗車。JR九州の特急の中でも「つばめ」は花形列車で、浪人時代に小倉駅で何度も見かけては一度は乗ってみたいものだと思っていました。それがまさか今日乗ることになろうとは、予想だにしなかった。今は九州新幹線が半分出来たので、博多から新八代を在来線特急の「リレーつばめ」、新八代から鹿児島中央までを新幹線の「つばめ」という分担運転になっています。ただ、JR九州はリレーつばめと新幹線つばめを一体化したいようで、リレーつばめの行先表示は新八代ではなく鹿児島中央になってます。まあ、新八代で対面乗り換えできるからいいけど、何となく違和感があります。       


<特急リレーつばめ>
 
<リレーつばめ車内>

 熊本から新八代まではリレーつばめで20分。新八代駅で隣のホームに停まっていた新幹線つばめに乗り換えです。さすがに新幹線だけあって速く、びゅんびゅん飛ばして行きます。席も2×2で一般的な新幹線よりも広く、木を使っているのでゆったりとした感じです。車両に変なこだわりを持つJR九州だけのことはあります。トンネルが多く景色が楽しめないのが残念ですが、新幹線は速さを重視してるのだから仕方がない。


<新八代で対面乗り換え>
 
<九州新幹線 つばめ>

<乗り心地がいかにもJR九州っぽい>

<自体もJR九州っぽい>

 しかし快適な時間はそう長く続かないもので、新八代からわずか13分で目的地の新水俣に到着してしまいました。在来線だったら1時間20分くらいかかるというのに、何という速さ。九州新幹線にじっくり乗るのは、来年度末に全線開通してからにします。    

<水俣 公害と環境の町>

 12時31分、新水俣駅に到着。予想していたことですが、人が少ないです。新幹線開業と同時に作られた新駅で市街地から距離があること、熊本や博多まで新幹線が直通してないことを考えると仕方がないことなのかもしれませんが、新しい建物だからこそ余計寂しさが目立ちます。JR九州の新しい建物は青と白のイメージカラーで統一されているところが多いですが、何となく安っぽく感じるんだよなぁ・・・。


<新水俣駅到着>

<新水俣>

<静かな駅構内>

<新水俣駅外観>

 さて、なぜわざわざ水俣まで来たかというと、環境政策、特に地方自治体の環境政策を研究対象としている身としては、水俣は一度は訪れておかなければいけない場所だからです。御存じのように、水俣はあの公害「水俣病」が起こった土地。日本の公害(環境)政策の原点でもあります。水俣病関連の文献は数々読んできましたが、実際に現地に訪れたことがないのは僕にとって大きな負い目でした。一般的な学問で、最重要の古典に当たらないのと同じです。水俣を見ずして環境政策を語るべからず、というとこでしょうか。未認定患者救済の新たな特別措置法が施行されるということで、時期としてもちょうど良いタイミングになりました。

 市街地行きのバスまで時間があったので、駅前にあった観光案内所へ。「環境学習コーナー」があり、水俣病に関するビデオが流れていたりと、早速水俣色全開でした。それと共にお茶や農作物の販売も。水俣というとどうしても「水俣病」のイメージが先行してしまいますが、農産物も豊富です。

 

 1時過ぎのバスに乗って水俣市街方面へ。バスの車窓に目をやると、意外と言っては失礼ですが、水俣の街は思ったよりも綺麗で栄えていました。水俣病に関して今まで読んできた文献や見てきたビデオは1950年代から60年代を扱ったものが主だったから、それを元に作られた僕の頭の中の水俣像は黒くどんより濁っているイメージでした。まあ、公式発見から50年以上経っているのだから、綺麗になっているのが当たり前といえば当たり前なのだけど。やはりイメージだけで捉えてしまうといかんですね。

 バスは水俣駅前を通り、水俣広域公園(通称エコパーク水俣)にある「観光物産館まつぼっくり」へ。ここでバスを降り、さくっと観光物産館を見物しました。隣には「味の駅たけんこ」なる郷土料理レストランがあり、だご汁とか太刀魚丼とか言った手作りの美味しそうなメニューが並んでしましたが、さっき食べ得たラーメンが胃に残っていて余裕がなく・・・。せっかく着たから食べたかったけれど。また次の機会にします。

 最初の目的地である「市立水俣病資料館」へは、物産館から歩いて約15分。両者とも同じエコパーク内にありますが、エコパークは広いです。というのもこのエコパークは埋立地であり、その埋立には有機水銀によって汚染された水俣湾の土壌が使われています。つまりエコパークがこれだけ広いということは、それだけ汚染された土壌が水俣湾に広がっていたということです。どの部分が埋め立てられたのかは ここの地図 を見てもらうと分かります(地図の緑色の部分が汚染土壌による埋立地)。汚染土壌を埋立に使用して封じ込めることで、水俣湾の再生浄化を図るとともに、埋立地をエコパークとして整備する。水俣市としては何とか都合が付いたというところでしょうか。

 最初は「僕が今歩いている場所の下の土壌が、水俣病の元となった有機水銀を含む土壌なのか・・・」などと神妙な面持ちで歩いていましたが、段々とそれどころではなくなりました。遠くて暑い!曇っていて今にも雨が降り出しそうな天気なのに、湿度が限りなく100%に近いため、気持ち悪いほど汗が出てきました。しかも資料館に到着する頃になると太陽まで顔を出し、さらに気温が上昇するという・・・。かなりの拷問です。 


<市立水俣病資料館へ>
 
<汚染物質土壌で埋め立てた場所>

<汚染土壌の埋立地>

<あと少し>

 汗びっしょりになりながら何とか 水俣病資料 館に到着。嬉しいことに入場無料です。中学生が車いすの老人を押しつつ見学したりしていて、校外学習の一環としても使用されているようでした。それ以外にはほとんど人がいなかったので、まずは一人ビデオルームで、水俣病の概要について16分ほどのビデオを見て簡単にお勉強。その後館内の展示を見て回りました。正直な話、展示内容の大多数が既に知っていることだったので、僕にとっては復習というか確認ということになりましたが、まあここに来たということが重要なのだろうと自分自身を納得させています。それとやはり、ここは市立の施設。良くも悪くも当たり障りのない展示になってしまいます。本当は患者団体が作っているもう一つの資料館にも足を運びたかったのですが、どうしても時間が取れず今回は断念せざるを得ませんでした。そこを訪れれば、また違ったものが見えてくるのかもしれません。


<市立水俣病資料館>
 
<ビデオを見る>

 水俣病資料館は内部で環境省の「水俣病情報センター」と繋がっており、そちらの展示があるので見物できます。情報センターのほうはもっと病状や疫学的方面にスポットを当てた展示になっていて、若干専門的ですがなかなか面白く思いました。情報センターの屋上は展望スペースになっており、不知火海や遠く天草まで見渡せます。そうか、この海で獲れた魚を食べて、水俣病が起こってしまったのか。   


<手前に見える熊本県環境センター>
 
<不知火海と遠く天草>

 資料館の前には「水俣病メモリアル」という記念碑(?)的な場所がありましたが、前衛芸術というか抽象芸術が全くわからない僕にとって、これがどう水俣病の苦しみや被害を表しているのかが分かりませんでした。もっと芸術的な素養があったらなぁ。箱根の森彫刻美術館の彫刻達を見ても、何が何だか分からなくて笑ってしまいそうになるので。


<水俣病メモリアル>
 
<水俣病メモリアル>

 とりあえずエコパークで見るものは見たので、来た道を引き返していると、今度は突然の大雨が降りだしました。さっきまで晴れていたのに。スコールのようにどしゃどしゃ降るので、傘を差してもかなり濡れてしまい、汗の不快感と相俟ってテンションはさらにガタ落ちです。もう全てを投げ出してすぐに帰りたくなりましたが、いやいかん、ここまで来たのだから百間排水口を見て行かなければと、使命感を帯びたように歩いていくことに。別に使命なんて誰からも託されていませんが。

 エコパークから国道三号線を水俣駅方面に少し戻ると、川の側面に排水口が見つかります。ここが、チッソが有機水銀入りの排水を流していた百間排水口。もちろん今は汚染排水は流されておらず、代わりに住民排水が処理して流されているようです。この狭い排水口から長年に渡って垂れ流されていたわけね。


<原因物質が流れ出した百間排水口>
 
<百間排水口>

<ここから有機水銀が流れ出した>

<海へと続く>

 本当はもっと足を運びたい場所がありましたが、時間の関係で今回は断念することに。帰りは時間のかかる在来線なので。やはり水俣にはもう少しじっくり腰を落ち着けて来る必要がありそうです。百間交差点からてくてくと国道3号線を歩き、5分程すると水俣駅。水俣駅前には今もなおチッソ工場があります。この駅を出てすぐチッソがあるというのは、東京駅—皇居の関係とよく似ています。調べてみると、水俣駅が駅が出来たのは1926年。その頃既にチッソは営業しており、チッソの立地に合わせて後から駅が作られたことは容易に想像できます。水俣の街にとって、チッソはそれほど重要な位置を占めるということの証拠でしょう。  


<国道3号線と百間交差点>
 
<駅前にあるチッソ工場>

<肥薩おれんじ鉄道 水俣駅>

<駅改札の真正面にチッソが見える>

 3時48分発の電車に乗って一路八代へ。やってきた電車は1両のレールバスで、果たして座れるのかどうか心配になりましたが、その心配は杞憂に終わりました。本当に乗客が少ない。お陰でボックス席を占領して悠々と過ごせましたが、これだったら三セク化されても仕方がないよなぁとも思います。九州新幹線が開業するまで、元々は鹿児島本線だった区間。海岸沿いを進むので、左手には不知火海が広がり、雄大な景色を望むことができます。しかし時代は新幹線を求めるということでしょうか。旅情では在来線の方が一枚上手なんだけども。 


<帰りは在来線でとことこ>
 
<左手に不知火海が広がる>

<右を見れば新幹線の高架>

<ファミリーマートの宣伝車両?>

 4時50分、八代駅に到着。新幹線で13分だった距離が、在来線だと62分。これだと新幹線に流れるのも仕方がないか。八代から熊本までは都市圏になるためか乗客も多く、なかなかの混雑模様です。5時34分に熊本に到着すると、構内にSLが停車しているのを発見しました。人吉まで行く、SL人吉だそうです。実は動いて蒸気を出しているSLを見たのは初めてだったので、少々感動しました。


<八代駅で乗り換え>
 
<SL人吉を発見>

 熊本駅のロッカーから荷物を取りだして、市電に乗って熊本城前へ。そこから歩いて今日のホテルにチェックイン。           

<熊本で宿泊> 

 今日は気持ち悪いほど汗をかいたので、一刻も早くシャワーを浴びたいところでしたが、その誘惑を振り切って食糧確保のため再び外出しました。熊本は去年9月に来ているので、繁華街の様子は大体分かります。前も食べたタイピーエンでも食べようかと思いましたが、はやくシャワーを浴びたかったのでデパチカで総菜を買いこんでさっさとホテルに戻ることにしました。熊本と言えば老舗の鶴屋デパートに行かなければならんと思い、鶴屋デパートの地下でいろいろと物色。「とうふ工房きむら」の豆腐弁当や串揚げ、辛子レンコンを買い込んでホテルへ。シャワーを浴びてすっきりし、熊本名物(かどうかは分からんけど)で夕食にしました。しかし、辛子レンコンはナイフがなかったので丸かじりしなければならず、何となく変な感じ。おいしかったけど。


<豆腐屋の豆腐弁当>
 
<辛子レンコン丸かじり>

 テレビでNHKを見ていると、7時半からは熊本ローカル番組になり、ちょうど水俣病に関しての特集をやっていました。熊本版クローズアップ現代といったところで、個人的なタイミングとしてもちょうどよくて興味深い内容でしたが、地方局だけに若干グダグダだったように思います。特に記者の人が緊張していたみたいで。頑張ってね。


<NHK熊本放送局の特集>
 
<地方局だけにちょっとグダグダ>

 朝早くから動いたのと汗をかいて疲れたのが重なって、記憶がなくなるように9時頃就寝。    


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