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九州旅行記 1  
2008年9月1日(月) <鹿児島(城山散策、桜島サイクリング、ラーメン、黒豚の豚カツ)>


<鹿児島に初上陸 鹿児島市内を散策する>

 今年も帰省に合わせて旅行をすることにしました。今回は三つの未踏都道府県の一つである鹿児島県を中心にして、熊本や別府といった修学旅行以来訪れていない場所に行ってみるという九州の旅です。初日はまず飛行機で鹿児島に飛びます。原油高の影響で飛行機の値段は高くなる一方ですが、ANAの旅割を利用して1か月前に予約しておけば、始発便なら14000円。問題は羽田6時55分発の飛行機に乗るためには、三鷹台のアパートをかなり早く出なければならないことで、寝不足のまま5時前に家を出ることになりました。

 三鷹台から井の頭線で渋谷へ出て、地下鉄銀座線・京浜東北線と乗り継いで浜松町へ。時間を考えてかなり久しぶりにモノレールに乗りました。多分7年振りくらいですが、たまにはモノレールもいいものですね。京急よりも景色がよいです。6時半前に羽田に着いて、ささっと搭乗手続きをしたらすぐに搭乗。朝食をゆっくり食べる暇もなく、急ぎ目に160円のピザパンを食べてから飛行機に乗り込みました。北島康介の実家の「肉のきたじま」のメンチカツサンドが600円で売っていて、ボリュームもあっておいしそうだったから、それを買えばよかったかな。

 朝の飛行機渋滞のため、定刻から15分ほど遅れた7時10分に離陸。以前から飛行機が怖い怖いと言ってましたが、最近は飛行機に乗る機会が増えてきたので特に恐怖を感じることもなくなりました。今年に入って乗るの7回目だし。慣れというものは重要だとつくづく思います。上空はそこそこ天気がよくて、右側の窓側だったので、初めてきれいに富士山を見ることができました。気流が悪かったので揺れはひどかったですが、イヤホンで村下孝蔵や堺正章の懐メロを聞いて過ごし、定刻の8時40分に鹿児島空港に到着。


<三浦半島の城ケ島が見える>

<富士山>

 鹿児島空港は鹿児島市街地から結構離れています。鹿児島空港をじっくり見物しようかとも思いましたが、8時50分のバスに乗って鹿児島市街へ。高速を走って鹿児島市街に近づくと、左手に桜島が見えてきました。おー、これが桜島かぁ。実際に見てみると、写真でみるよりもずっと迫力があります。これは薩摩の人の絶対的なシンボルになるのが分かる。バスは段々と市街地に入って行き、9時40分に鹿児島の繁華街である天文館に到着しました。今日泊まるホテルは天文館にあるので、一旦ホテルに行って荷物を預かってもらい、そこから鹿児島観光を開始。初日の午前中は、まず鹿児島市内の見どころを歩きながら見て回ろうと思います。いやーしかし、ついに鹿児島にやってきた!

 まずはホテルの近くのザビエル公園にある、ザビエル滞鹿記念碑を見物。1549年、ザビエルは薩摩出身のヤジローに案内されて薩摩に入り、キリスト教布教の許可を得たそうです。これはそれを記念して建てられた碑らしい。向かいにはザビエル教会があります。ザビエルの名は九州や山口ではよく聞きますね。東京方面では全く聞かないけれども。


<ザビエル滞鹿記念碑>

<鹿児島っぽい>

 次は照國神社。島津家第28代、島津斉彬を祭った神社です。僕は島津家に縁もゆかりもないですが、一応お参り。朝早いのであまり人がいませんでしたが、スーツ姿の若い女性5人が真剣な面持ちで二礼二拍手一礼をしていて、一体彼女たちは何なのだと思いました。そういえば以前出雲大社に行ったときにもそういう集団がいたけど、彼らはどういう素性の人たちなのでしょうか。


<照國神社>

<本殿>

<天皇家と島津家の紋>

<よくここまで上手く整備したもんだ>

 鹿児島には古い洋風の建物が多くの残っています。それらを見て回るのもまた面白い。


<県立博物館別館>

<教育会館・・・だったかな?>

 照國神社から国道10号線を歩いて行くと、有名な西郷隆盛の銅像を発見。上野の西郷さんは浴衣に犬を連れていますが、地元鹿児島では正装の軍服を着ています。街中の一等地に広い敷地を取って銅像が立つくらいだから、西郷さんは鹿児島では絶対的な存在なのでしょう。対して同じ鹿児島出身の大久保利通はほとんど話題にのぼってきません。どちらかというと西郷さんは最終的に政府に逆らった人で、大久保利通は政府側の人間だったんだけどねぇ。この人気の差はどこから来ているのでしょうか。


<軍服姿の西郷隆盛>

<上野と顔が違う>

 西郷隆盛の銅像からすぐ行くと、そこは島津家の鶴丸城跡。跡地には建築物は残っていませんが、石垣には西南戦争時の鉄砲弾の跡があります。リアルです。ここで何人もの人が死んでいったわけか。鶴丸城址内には鹿児島の歴史博物館である黎明館があり、そこに行こうとしましたが月曜日は休館。まあ仕方がない。


<鶴丸城跡>

<戦いの跡が残る>

 何だか普通の観光案内みたいになってますが、次に行きます。次は薩摩義士碑。1753年、薩摩藩は幕府の命令で美濃(現在の岐阜県)の木曽・長良・揖斐三大河川の治水工事に着手します。「宝暦の木曽川治水」と呼ばれるものです。何人もの薩摩藩士が普請に駆りだされ、遠く美濃の地で工事に当たりました。しかし治水工事は困難を極め、完成までの1年3か月で80名以上の薩摩藩士がなくなったそうです。その中には抗議の切腹をした者もいると。ここはその亡くなった薩摩藩士たちを祭った場所ですが、びっくりするのはこの義士碑ができたのは大正年間で(確か)、それは江戸時代にこのようなものを作ると幕府への反逆と取られかねなかったからとか。隠されたら死んでも浮かばれないよねぇ。このことが縁で、鹿児島と大垣は姉妹都市になったそうで、墓前にはペットボトルに入れられた木曽川や長良川、揖斐川の水が供えられていました。


<薩摩義士碑>

<木曽川の水が供えられている>

 義士碑のあたりには猫がたくさんいて、近づいてもびくともしません。何とも神経が図太い猫だ。ペットボトルの水があるのに猫がいるということは、やはりペットボトルの水が猫除けにならないという証拠ですね。

 ここからは鹿児島市街と桜島が一望できるという城山に登ります。暑くて日差しも強く、あまり歩きたくないのでバスで行きたかったところですが、バスの時刻表を見てみると次のバスがくるのは30分後・・・。ということで仕方なく歩くことに。汗をかきつつ坂道を登って行くと、途中に西郷洞窟がありました。この西郷洞窟は、西南戦争の際に本陣(城山の頂上)から下りてきた西郷をはじめとする幹部(約40名)が数日間を過ごした洞窟だそうで、政府軍の攻撃が始まると洞窟を出て最後の戦いのために東へ下って行ったそうです。ということは、今僕が登ってきた道を西郷隆盛は逆に下って行ったということになります。それも死を覚悟して・・・。しばし洞窟を眺めて130年前の出来事に思いを馳せました。


<西郷洞窟>

<この洞窟に40人も入るのか?>

 再び歩いて城山の頂上を目指そうとすると、洞窟の隣にある土産物屋のおばさんが出てきて「お兄さん、暑いでしょ。お茶でも飲んでいってください。」と半ば強引に店に引き入れられました。・・・ううん、僕はこういうの本当に苦手なんだけどねぇ。仕方なく言われるままに店に入ると、「今日は資料館が休みだから、うちの資料でも見て行ってください。」と。まあ確かに少しは資料がありましたが、はっきり言って時間がないので先を急ぎたい。資料とかそういうのは、県立の博物館に行って見たい。しかし気弱な僕はそういうことも言い出せず、おばさんの言いなりです。さらには本当にお茶まで出してくれました。僕はものすごく喉が渇いていたので、冷たいお茶が飲みたいところでしたが、出てきたのはあつ〜いお茶。暑い時に熱いお茶は無理だって!と思ったので、おばさんに「暑いので冷たいお茶が飲みたいんですが、近くに自動販売機ありませんか?」と聞きました。するとおばさんは「暑いときは熱いお茶。はい、このお茶を飲んで」と譲りません。ぐぅぅ、このおばちゃん、なかなかやりおります。なので我慢して熱いお茶を飲みました。さらにはかるかんを勧めてきたので、これを食べたらお土産を買わなければいけなくなると、かるかんだけは断固拒否しました。これが僕の最終ライン。

 で、お茶を飲んでゆっくりしたら早く店を出たくなります。しかし、ここからが本当の勝負。いかに御土産を買わずに出るか。平日の午前中に他に客などいるわけもなく、僕とおばちゃんのマンツーマンです。「じゃあ、そろそろ・・・」と僕が席を立とうとすると、「せっかくだから御土産でも見て行って」とおばちゃん。やはりそうきたか。しかし、これだけは僕も譲れない。いくら勧められても御土産は買わない男すぱくり。この称号だけは守り通したい。ということで、ここからはおばちゃんとの勝負です。僕が御土産を見ている間も、そのお土産を解説しながらついてきます。完全なるマンツーマン。スラムダンクで言ったら山王のディフェンスの名手・一之倉のスッポンディフェンスくらい密着されてます。これはもう、のらりくらりとやり過ごすしかない。

 おばちゃん(以下お)「この西郷Tシャツなんてどうです?ものすごく汗かいているみたいだから、一着着替えに・・・」
 すぱくり(以下す)「結構よさそうなTシャツですね。でも今回はTシャツ一杯持ってきたんですよ。」
 お「このお菓子なんか、結構日持ちしますよ。鹿児島に何日くらいいらっしゃるの?」
 す「鹿児島には明日までしかいないですけど、一週間くらいは家に帰らないんですよ(やや誇張)。だからちょっと無理かと」
 お「郵送したらいかが?」
 す「いや〜、僕あまり家にいないんで郵送しても受け取れないんですよ」(といいつつ、歩きながら玄関の方へ)
 お「このお菓子なんか・・・」
 す「あ、これは薩摩切子ですよね?有名ですから知ってます。これは記念になりそうだなぁ(もちろん高いのは知ってる)」
 お「薩摩切子は有名ですね。これだと80000円になります」
 す「は、八万!?・・・それさすがに手が出ないですね。残念だ・・・」

 というやりとりとしつつ、僕は自然と足を玄関の方へ向けていました。そして薩摩切子のやりとりが終わったところで、「あ、そろそろ時間が厳しいので失礼させていただきます」と、挨拶もそこそこに(一応お茶をいただいたので丁寧に挨拶して)店をでました。よし、勝った。でも辛かった・・・お茶を御馳走になったのにおばさんには申し訳ないですが、何とか抜け出すことができました。お金を落とさない客で申し訳ないです。でもいつも疑問に思いますが、ああいった御土産店ってどうやって生計を立てているのでしょうか。ほとんど客が入ってないし。儲けのシステムを教えてほしい。

 店を出たら本当に喉が渇いて限界寸前だったので、急いで自動販売へ。はぁ、これ生き返れる・・・と思って財布を開けたら、何と小銭は1円と10円しかなく、札は5000円と10000円札しかありませんでした。これじゃ金はあるのに何も買えない・・・。きっとさっきの店で何も買わなかった罰に違いない。300円のお土産くらいかって、おつりをもらっておけばよかった。でもさすがに今から店に戻って御土産を買うのもどうかと思ったので、ここは水を我慢です。まだ我慢できる。もう限界近いけど。

 長くなりましたが、これでようやく西郷洞窟をあとにしました。再び坂道を登ること15分、ようやく城山の山頂に到着。城山から眺める桜島と鹿児島市街は素晴らしい。桜島の頂上付近に雲がかかっていて全貌を拝めないのが残念ですが、桜島は雄大です。城山に上ってよかった。


<桜島と鹿児島市街>

 帰りは同じ道を戻るという手も考えられますが、同じ道を行くとまたあの御土産屋のおばさんにつかまりそうだったので、敢えて違う道を選択することに。遊歩道があったのでそっちを通って麓に降りました。アスファルトの道と違って、土の遊歩道は涼しいです。ただ異様に猫が多かったのには驚きました。遊歩道を歩いて降りついたのはさっきの薩摩義士碑の隣。ここにつながっていたのか。

 そろそろ昼も近付いてきたので、昼食をとるべく、いづろ通りの交差点へ。歩くと結構距離がありましたが、途中で鹿児島市役所や老舗デパートの山形屋を見つつ、15分くらいで到着しました。さすがにもう喉が渇いて限界。


<鹿児島市役所>

<山形屋>

 11時半、いづろ通りから一本路地に入った場所にあるラーメン屋「のぼる屋」へ。創業1947年、鹿児島ラーメンの元祖と言われる店です。店も本当に古く、おそらく創業当時からずっと同じだろうという一軒家。店に入ると全く職人っぽくない割烹着姿のおばちゃん・おばあちゃん数人がラーメンを作っています。ここはメニューがラーメンのみ(1000円)なので、とりあえずカウンター席に座って「お願いします」と。するとお茶とともに大きめの大根の漬物が5切れほど出てきました。この大根の漬物はここの名物らしいです。汗をかいた体には漬物の塩分が嬉しいですが、それよりもこの大根の漬物が本当においしかった。おばあちゃんの家で食べる漬物、そんな感じです。

 待つこと5分でラーメンが登場。おばあさんの麺の湯きりが結構適当で、これは大丈夫かいなと不安になりましたが、食べてみないとわかりません。スープは豚骨ラーメンにしてはやや薄めの色。具はネギ・チャーシュー・もやしと至ってシンプル。さてどんなものかとスープを一杯飲んでびっくりしました。

   これは、うますぎる・・・!

 豚骨ラーメンというと、こってりぎとぎとなイメージですが、ここのラーメンはかなりあっさりしています。あっさりというのは脂分がほとんどないということですが、それでいて豚骨の出汁はしっかりと出ていて、かえしと一体となっている感じです。豚骨のスープを何度も濾して、いいところだけを取った極上スープのような雰囲気でした。湯きりが心配だった麺もそんなことは全くの杞憂で、豚骨ラーメンにしては珍しい中太麺ですが、スープとよく絡みます。これは本当においしい。あまりにおいしいので、普段は全くスープを飲まない僕がスープを飲みほしてしまいました。スープを飲みほすなんて何年振りだろう。ラーメンのスープは塩分や油分の関係で全部飲むと病気になること間違いなしですが、ここのスープにはそれすらを超越させる何かがありました。


<ラーメン>

<古い建物ののぼる屋>

 のぼる屋のラーメンで僕の豚骨ラーメン観は一気に変わりました。豚骨でこういうラーメンもできるのかと。久しぶりにラーメンを食べて興奮するという気分を味わった気がします。これだけでも鹿児島に来てよかったと思えるくらいです。よく60年以上も続いてくれたものです。

 ラーメンを食べていると、店員の一人のおばあさんが「どちらからいらしたんですか?」と僕に話かけてきました。おそらく写真を撮っていたので不思議に思ったのかもしれません。「東京から来ました」と僕が答えると、おばあさんは「遠いところ本当にわざわざありがとうございます」と丁寧に頭を下げてくれました。何という丁寧な接客!漬物も食べ終えたら「お替り出しますね」とお替りが出てくるし、帰り際には「本当に遠いところありがとうございました」と、みかん・ボンタンアメ・晴れた時の桜島の写真をお土産にくれました。こんなラーメン屋は味だけでなく接客も素敵です。最初ラーメンに1000円は高いかなぁと思っていましたが、この店のラーメンには1000円以上の価値があってもおかしくないと思います。まあ、もちろんもう少し安かったら・・・とは思いますが、値段を差し引いても大満足でした。ありがとう、のぼる屋。

<桜島一周>

 午後はいよいよ桜島へ渡って、レンタサイクルで桜島を一周する予定にしていました。ただ天気予報では午後から雨の予報だったので心配していましたが、昼過ぎになるにつれて余計に晴れている感じです。桜島には雲がかかっているけど、この天気なら大丈夫だろうと桜島へ渡ることに。歩いてフェリー乗り場へ行き、桜島フェリーへ乗船。日中は15分間隔で運転して、しかも24時間営業だそうですね。人が少なかったので、展望できるスペースで桜島を見つつ、10分の船の旅です。船から桜島を見ていると、当たり前ですが近づくにつれてどんどん大きく迫ってきます。そして桜島に到着。


<展望ソファー>

<桜島へ向けて出港>

 桜島の全周は36km。某ガイドブックによると、「桜島を1周する道路はほとんどが1本道。内陸部に入らない限りアップダウンも少ないので、桜島港のそばのレンタサイクルを利用してめぐってみるのもお勧めだ」とありました。なるほど、平坦なのか。じゃあレンタサイクルがいいなと思い、レンタサイクルに乗る予定にしていました。しかしレンタサイクル屋へ行って店のおばさんの話を聞いてみると、桜島はかなりアップダウンがあるので、一周は結構きついですよと言ってきます。何?話が違うじゃないかとは思いましたが、ここまで来たら引き下がれないので、「それでも大丈夫です。一周します。」と自分に言い聞かせるように宣言してレンタサイクルを借りました。店のおばさんは丁寧に見どころや道路の状況を教えてくれて、それを聞いているとかなりきつそうに思えましたが、まあどうにかなるだろうと。最近体鍛えて持久力も上がってきてるし。というわけで午後1時、桜島一周に出発。


<本日の愛車>

<桜島フェリーを見つつ出発>

 桜島はほぼ円形で、サイクリングは9時の方向であるフェリーターミナルから反時計回りに進みます。まずはフェリー乗り場近くにある「桜島ビジターセンター」で桜島の基礎的情報をお勉強してから本格的なサイクリングへ。9時から8時までの道の約3kmは「溶岩なぎさ遊歩道」として整備されて、ここは自転車も通行可。広がる溶岩を眺めつつ、快適なサイクリングを楽しみました。この溶岩は大正年間に桜島が大噴火したときのものだそうです。このあたりは坂道もなく、かなり快適でしたが・・・


<遊歩道入口>

<遊歩道を行く>

<右を見れば遠く鹿児島市街地>

<左を見れば桜島>

 やがて遊歩道が終わり一般道路に合流。合流した地点に烏島展望所があります。ここはもともと烏島という島でしたが、大正年間の噴火で溶岩流に飲み込まれ、桜島の一部となってしまった場所。展望所は島だった場所の上に建てられていて、モニュメントには「烏島この下に」と書かれています。ここから見える桜島は素晴らしく、溶岩地帯もすごいです。ありきたりなことしか言えませんが、自然の力というものはすごいです。


<烏島展望所>

<溶岩地帯が広がる>

 しかし、ここからはそんなありきたりな感想すら言えない状態になりました。一般道路に出たあたりから道路の高低差が激しくなりだし、遮るもののない真昼間の太陽は僕の背中を直接照らし、アスファルトからの照り返しの熱は僕の体力をどんどんと奪っていきます。自転車を漕いでいるとどんどん汗が出てくるし、太陽が照りつける背中は焼けるように熱くなってきます。自転車を漕ぎながらも、本当に意識が朦朧としてきました。まだ6kmしか進んでないのに・・・。この時点で引き返そうか進もうかという選択肢がありますが、朦朧とした僕は引き返すという選択肢すら選択する能力を失ってしまってました。おい、る○ぶ!全然平坦じゃないぞ!!

 こうなるともう見どころとかはどうでもよくなって、一刻も早く一周してしまいたい気持ちになります。でも本当に体力が・・・。最初に買っておいた500mlのペットボトルは既になくなり、喉が渇いてどうしようもありません。帽子もタオルもない。桜島を舐めてました。あぁ、もうだめ、おれ死ぬかも・・・と本気で思いました。途中に長渕剛が桜島コンサートやったときのモニュメントとか、林芙美子の記念碑とかありましたが、正直今はそんなものどうでもよいから早く先に進まないと。体が熱い!!!

 ということで、この間の写真は朦朧としつつ撮ったものが多いので、適当にこういう景色だったんだよというので並べておきます。

 出発から1時間半、ぐだぐだになりながらも最大の見どころであるという有村溶岩展望所に到着。5時の方向です。距離にして出発地点から約12km。全周の3分の1です。しかしこのときの僕の気持ちは、当然「もう3分の1か」というものではなく、「まだたった3分の1なのか」と絶望感すら漂ってくる状況でした。ここまで来たら行くも地獄引き返すも地獄。有名な展望所なら涼しいレストハウスでもあるだろうと期待したものの、あるのは小さな個人商店くらいで、物を買わないと中に入れない感じです。外の休憩スペースは直射日光当たりまくり。全然休憩できない・・・。もちろんもはや展望所に行って景色を堪能する余裕なんてなく、自動販売機が作り出す小さな影に身を寄せて少し休憩しました。アクエリアスとミネラルウォーター、お茶という3本のペットボトルを買って、まずはアクエリアスで浸透圧を戻してからお茶、そしてミネラルウォーターを体にかけて体内の熱を冷ますという大仕事。はっきりいってこんなことになろうとは・・・。

 唯一の救いだったのは、この辺りから天気予報通り曇りだしてきたことでした。太陽があるのとないのとでは本当に全然違います。これで少しは楽になりましたが、相変わらず登っては下り、登っては下りの繰り返し。ただ太陽がないので、登るときは苦しいですが下りでは吹き付ける風が涼しくて気持ちいいです。あぁ、風を受けるってこんなに幸せなことなのね。

 やがて大隅半島とつながっている部分に到着し、垂水市街方向へとの分岐、国分方向への分岐と過ぎて、今度は島の東側を北上。東側はかなり曇っていて、遠くに見える大隅半島の上にはかなり分厚く黒い雲がかかっています。そして遠くで聞こえる雷鳴。これはこれでかなり怖いものがあります。島の東と西で、こんなに天気は違うものなんですね。


<裏側に回ってようやく全貌が見えた>

<大隅半島方向との分岐点>

 さらに自転車をしゃこしゃこ漕いで、3時の方向にある黒神埋没鳥居へ。大正年間の噴火で埋もれてしまった神社の鳥居がそのまま残されています。大正の噴火って本当にすごかったのね、ということを知ることができる遺跡ではありますが、これを残そうとしたのもまたすごい。


<黒神埋没鳥居>

<「沈みゆく島」こと新島>

 ようやくここで半分まで来たことになり、あと残り半分は曇ってるし大丈夫だろうと少し安心してましたが、これが大いなる誤算でした。急に細い道になり、くねくねした急な上り坂が続いたかと思うと、今度は道路が広くなって緩やかな上り坂が延々続くという拷問のような展開に。ずっと登り続けるので、さすがに自転車を降りて押しながら進みましたが、行けども行けども登りが続きます。そろそろ登りが終わりそうと思って張り切って漕いで行ったら、さらにその先登りだったときの失望感といったらもう・・・。


<大隅半島を眺める>

<ずっとゆるやかな上り坂>

 こういう登りが6kmくらい続き、もうダメ限界、となったところでようやく下り坂。さすがに嫌になるほど上ったので、ここからは一気に長い長い下りでした。あぁ、これできついのは終わったかな。一気に200mくらい下り、後は海沿いの平坦な道を8kmほど行けばゴールとなります。ようやく終わりそう・・・。でもこの平坦な道8kmというのも、気力体力を使い果たした身には相当きつく感じます。平坦なのにね。それでも海やその向こうの鹿児島市街地を眺めつつ海沿いをサイクリングするのは、今までの悪夢のようなサイクリングと違って理想のサイクリングです。


<ようやく目の高さに海が見えた>

<漁師町 遠く鹿児島市街>

 そして、ようやく、桜島フェリーターミナルが見えてきました。あー、ようやく帰ってきたよぅ。僕涙が出そう。そしてレンタサイクル屋に自転車を返却したのが午後4時40分。3時間40分の長い長い旅が終わりました。レンタサイクル屋のおばさんと話をすると、今日は相当きつかったでしょうと。はい、辛かったです。実際に僕の後で自転車を借りた外国人は、途中でギブアップして帰ってきたそうです。いや、そりゃそうだ。最初は山の雄姿を拝みつつ優雅なサイクリングをと思っていましたが、実際は途中から桜島を見るどころか完走(?)することだけに意識が集中せざるを得ませんでした。まあでも、今はただただ完走できたことが嬉しい。というか、途中で倒れないでよかった。

 桜島を走っていて気がついたことですが、桜島ではいたるところでスローガンや標語を見かけました。下はその一例ですが、他にも「ほしいよね 歩道歩けば 金メダル」という北京オリンピックに乗っかったっぽい小学生の標語や、「町おこし みんなで興す 桜島」といったまあそうですよねとしか言いようがない標語など、本当にたくさんのものを見かけました。これは何度となく噴火に遭遇した桜島という場所がそうさせているのでしょうか。「不屈の桜島魂」というのがそれを端的に表している気がします。

 最初はこのまま鹿児島市内に戻ろうかと思いましたが、レンタサイクル屋のおばさんが「近くに公営の温泉がありますよ」というので、汗びっしょりになったことだし、温泉に入って疲れを癒そうかと。フェリーターミナル近くにある国民宿舎レインボー桜島の 「桜島マグマ温泉」 へ。何か名前が「マグマ温泉」とオドロオドロしいですが、温泉はめちゃくちゃ気持ちがよかった!マグマというだけあって、塩分(鉄分)多めの赤い色をした温泉が、サイクリングの疲れを癒してくれます。目の前には海と鹿児島市街地が広がっているし、料金も300円と安いし、言うことなしです。


<マグマ温泉>

<さらに曇ってきた>

 温泉からあがるとかなり曇っていて、山の頂上はほぼ見えなくなりました。鹿児島市街に目をやると、雲はかかっているものの一部に日が差し込んでいて、かなり幻想的な感じ。


<光が降り注ぐ鹿児島市街>

 いろいろあった桜島ですが、何とか予定を終えて5時半のフェリーに乗って鹿児島へ。今度桜島に行くときはレンタサイクルじゃなくてレンタカーにします。まあ先に免許取らないといけませんが。ラ・サールの生徒は歩いて桜島一周するそうですが、自転車でも辛かったんだから僕には無理だろうなぁ。

<鹿児島黒豚を食べる>

 6時前に鹿児島のフェリーターミナルに戻ってきて、そこからバスで天文館へ戻ろうとしましたが、待っても待ってもバスが来ず・・・。仕方がないので歩いて天文館へ戻りました。そんなに遠い距離ではないですが、桜島で疲労困憊したのと温泉で気持ちよくなったのとであまり歩きたくなかったけれども仕方がない。20分くらいで天文館に到着。南九州一の繁華街と言われる天文館、さすがに賑わっています。


<天文館付近>

<天文館アーケード>

 夕食は鹿児島名物の一つである鹿児島黒豚を食べるべく、天文館アーケードにある「六白」へ。ここは店名にもなっている、六白豚(鼻と尾と手足の6か所が白い豚)が食べられる店です。地元の人には500円台で食べられるキャベ丼(キャベツの上に普通のカツを載せたもの)が有名らしいですが、観光客である僕は値段を出してでも六白豚を食べてみたいところ。ということで、奮発して特選六白豚ロース定食を注文しました。お値段何と2100円也。でもその値段の分だけはあるはず。そしてとんかつにはビールです。中瓶を一本頼みました。


<男は黙ってサッポロビール>

<特選六白豚ロース>

 まずはビールを一口。激しい運動をした後のビールは本当に沁み渡ります。生きててよかったといいたい。ただ後ろに座っていたお客さんは焼酎を頼んでいて、鹿児島に来たんだからそれもありだったかもと少し後悔しました。まあ、さつま白波はいつも飲んでるからいいか。そして待つこと10分、六白豚ロースが登場。写真で見ると小さく見えますが、実際にはかなり大きいです。食べてみると外さくさくで中ふわふわ。僕はロースの脂身が苦手なのでいつもはヒレを頼みますが、この六白豚のロースは脂身の部分もまろやかで甘味があって、ロースが苦手な僕でもおいしく食べられました。普通の豚肉に比べると肉の密度が違いますね。お陰でご飯2杯食べてしまった。ありがとう、黒豚様。

 食事後はホテルへ行ってチェックイン。ホテルはワンルームマンションとして作ったものをホテルとして営業しているらしく、部屋は僕が住んでいるようなアパートと代わりありませんでした。玄関があり、バストイレ別、キッチンがあるという典型的な一人暮らし用マンション。まるで自分の住処に帰ってきたような感じで、ホテルに泊まっているという気分にはなりません。でも実際のシングルホテルよりも広いので、快適に過ごすことができました。ネットなんかをしていたものの、さすがに疲れていたので9時過ぎに就寝。


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