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異常時対応に見るモラルハザード
LCCなら許されるという風潮への疑問




国内で本格的なLCCの展開を控え、元祖LCCともいえるスカイマークが攻勢を強めています。
路線網の急拡大に加え、思い切った割引を打ち出す反面、もともと大手に比べてドライな対応だったサービス面などの対応もさらに簡素化しています。

こうした簡素化の対象になっているのが異常時の補償等ですが、海外LCCでは当たり前とされている対応もまだまだ日本では馴染みがないのか、各地でトラブルを起こしているようでもあります。

トラブル時の補償もサービスのうち、と考えればこうした対応もありなんですが、一方でそのトラブルの内容によっては一方的な免責特約ともいえるわけで、簡単に容認していいものかという議論もあります。

おりしもこの論点をはらんだ「トラブル」を巡る問題が発生したのですが、その対応はどう見るべきなのかを考えて見ましょう。



●LCCの展開
JAL、ANAの2グループによる事実上の寡占状態だった国内航空業界にスカイマーク(SKY)が風穴を開けて13年あまり、その歩みは順風満帆とはいえませんが、他の新規航空会社が相次いで大手の軍門に下ったのに対し、独立系としては2010年運行開始のFDAとともになんとか残っています。

2006年2月の神戸空港開港、就航を機に「第2の創業」による国内幹線への経営資源集中で地歩を固め、北海道への展開、さらには神戸空港を拠点とした九州を中心とした展開により、「新規航空会社」というより「3大勢力」と言うべき存在になっています。

こうした発展の原動力が大手に対する価格優位性であり、国内においてはLCCとされることも多いのですが、やはり井の中の蛙というべきであり、国際標準としてのLCCに比べるとまだまだ甘いと言うか、フルサービスの域にあるといえます。

その「国際標準」としてのLCCはまず国際線から「黒船」となって来襲しており、2007年に関空へ就航した豪州のジェットスターはその嚆矢でした。燃油サーチャージのほうが高いのでは、という価格水準に、ほとんどのサービスが「別売り」という状況に驚かされましたが、それでも大手とコードシェアをしているだけあってまだマイルドともいえます。

さらに2010年から茨城空港に就航した中国の春秋航空はさらに徹底したLCCであり、茨城−上海が4000円という破格値と、雨霰のような機内販売に、エコノミークラス症候群回避にドリンクでは無く体操という、出すものは舌でもいやだと言わんばかりの徹底振りはかなりの話題になりました。

この「黒船」が遂に国内に上陸しようとしています。
就航便数の減少に悩む関空をLCCの拠点にしようと言うプランに乗っかった格好で、ANA系のピーチエアが2012年3月にいよいよ就航します。
またマレーシアを拠点に路線網を広げるエアアジアもANAとの合弁で日本子会社を設立してLCCの路線を2012年8月に開設しますし、JALも豪カンタスなどと組んでジェットスタージャパンを設立し、2012年末の開業を目指すなど、いよいよ国内線も本格的LCC時代が到来した感じです。

●SKYの対応
一方で元祖国内LCCともいえるSKYも黙っていませんでした。上記新規参入会社が、LCCに馴染みのある国際線との連携を多分に見据えた路線展開になっているからです。
さらにはANAによる展開の姿に、事実上系列化している「新規航空会社」によるSKYの格安路線との競合や、羽田発着枠を確保する戦略もだぶったのかもしれません。

SKY自身も巨大エアバスA380を使った国際線への展開を表明しており、さらに大手による事実上の独占で高止まりしていた料金をにらむと、新規LCCにみすみすマーケットを取られることもあるまいとでも思ったのでしょう、「成田シャトル」と銘打って成田拠点の国内線網を整備することになりました。

上記のように国内ではLCCとはいえ、国際標準に比べるとまだまだと言う立ち位置の中途半端さが、本格LCCの参入によりデメリットになりかねないだけに、大手に対抗というよりも、新規LCCをライバルにした布陣といえます。
ただこうした対応を見ると、SKYが創業した当時、大手がSKYを狙い撃ちにした割引をしてSKY潰しに走った「歴史」が、皮肉にもその試練を勝ち抜いたSKYの手によって繰り返されている感も無きにしも非ずですが。

それまでも「ハッピーサンデー」としての全線均一10000円など思い切った運賃政策を打ち出してきたSKYですが、その「成田シャトル」では何と980円というバーゲン価格を打ち出してきました。
これは自社国際線開業までのつなぎと言う説明ではありますが、関西における神戸同様、国内線で成田と言えばスカイマーク、スカイマークと言えば成田と言う動機付けを狙った政策といえます。
それにしても桁を一つ間違えたのでは、と言う数字であり、アクセスのほうが高くつく信じがたい価格です。

同時に「本格」LCCへの脱皮を図ったのでしょうか、販売方法や商品ラインナップの見直しも行われており、割引価格は総てWeb経由の販売に限定しました。また、子供一人旅対応の「スターキッズ」の廃止も行われ、いわばSKYのサービスに対応できる顧客だけを相手にする、という姿勢が鮮明になりました。

ところで「成田シャトル」をその破壊的な低価格で販売を開始してしばらく経ち、ある改変が行われたのです。そしてそれが今回大きな波紋を呼びました。

成田就航に伴う
SKYと京成のキャンペーン


●トラブル発生時の補償の限定
SKYは2006年2月の「第2の創業」時に、トラブルなどでの欠航時の救済を一切行わないとして業界に衝撃を与えました。遅れても止まっても払い戻しだけであとは自己責任というスタンスは海外のLCCではスタンダードとはいえ、これまでの国内航空各社の手厚い対応に慣れた目には厳しいと言うか冷酷にすら映りました。

しかしさすがにこの時は監督官庁も動いたのでしょう。1年ほどで、自社都合の場合はSKYが選択する当社便、他社便、またはその他輸送機関への振替をするように改められました。
まあこれは当然と言えば当然で、運輸契約の当事者が自ら債務不履行を引き起こして補償しないのではモラルハザードそのものであり、悪天候その他の他者事情による欠航とは対応を峻別すべきことは論を待ちません。

今回「成田シャトル」の就航においてもその原則には変化が無かったのですが、ある一文がそれに加わったのです。
つまり、「他社便や他輸送機関への振替は行わない」ときたのです。
これが「成田シャトル」の発売後に明示されたこと、さらには約款では何の手当てもされていないことも後述するように重大な問題なのですが、まずは補償の範囲が限定されたこと、これに尽きます。

これだけ書くと何のことか、何が問題かと思うでしょうが、運行開始からわずか5日の2011年11月5日に起きたトラブルで、この条項の理不尽さが知れ渡ったのです。

●限定条項の破壊力
その日、満員の乗客を乗せてターミナルを離れた成田発札幌行きBC877便は、滑走路に向かいました。
ところが誘導路から離陸のため滑走路に向かうかと思ったその瞬間、誘導路から外れた場所で待機を始めたのです。

機内では要領を得ない説明しかないまま時は経ち、結局2時間近く経って欠航となったのです。
悪天候でもなんでもなく、SKYの自社事由での欠航であることはSKYも認めています。では突如欠航を食らった乗客は上記の救済を受けられたかと言うと、そうでなかったのです。

その日の「最終便」である札幌行きが欠航したのです。本則であればSKYが指定する自社便もしくは他社便、他の交通機関に誘導されるはずですが、上記の成田ルールが発動されたのです。
そしてSKYが指定したのは翌日以降の成田札幌線のみ。その時点でまだ出ていなかった他社の成田発札幌行きはおろか、羽田に移動して羽田発札幌行きの自社便への振替すら拒否したのです。

しかも飛び石連休のさなかで、980円の破格値でなくても割引によっては5800円といった格安価格の影響もあって、翌日の札幌行きも満席です。これでは振替となればいつになるか分からず、当日の羽田発を拒否したどころか、翌日の旭川行きや、茨城発への振替も拒否したのです。

もちろん払い戻しは規定通り無手数料で実施されるのですが、980円なり5800円を返されても困るわけです。乗客は札幌に行きたいのですから。いちばん安いパターンで払い戻しを受けて改めて羽田発のSKYの普通運賃の購入であり、成田発にこだわれば大手の正規運賃を購入と言うとてつもなく高くつく話になります。

どうせ980円なんだから大きな態度を取るな、と言うかもしれませんが、普通運賃でも同じ待遇なのです。つまり、「成田シャトル」を利用すると他のSKY各路線で受けられる救済が保証されないのです。
バーゲン特価は格安だから仕方が無い、と言う論理が当てはまらない。明らかに不利な待遇になるのに運賃は同じ。つまり補償可能性を考えると「割高」なのです。

●後出しじゃんけん
運輸契約においては個別の契約内容をいちいち決めることは困難であると言う事情から、あらかじめ決めてある約款に基づき、先着順に締結すると言うルールがあります。
もちろんとんでもない内容での契約を防ぐべく、約款は監督官庁の認可事項であり、公正妥当なものであると言う前提で事業者、利用者の両方を縛るわけです。

まあ輸送約款など求めに応じて提示する義務があると言いながら、窓口の見えるところに掲げるとか、サマライズしたものを「ご購入の前に」と示すわけでもないので、こんな条件があったのか、と泡を食うケースも少なくないですが、それでも認可されていると言うことは監督官庁が一応判断しているということで、事実上目を通さなくてもとんでもない事態にはならない、という推定というか一定の歯止めがかかっているわけです。

ところが今回の「成田シャトル」に関する条項は、利用者が購入した時点では公示されていませんでした。さらに約款の特約とも言える条項ですが、約款では何の手当てもされていませんでした。
債務不履行時の免責という重大事項の特約です。契約条件を尻抜けにするような内容ですから、本来約款で手当てすべきですし、百歩譲ってもその内容を事前に公示すべきと言えます。

ところがそれがされていなかった。後出しで公示されたということは、輸送契約の条件変更を一方的に強制したわけです。もちろん利用者は本来それを呑む義務はないですし、合意していなければSKYは従前の義務を免れません。
さらにそれにより利用者に損害が発生したときの扱いも視野に入るわけですが、通常は払い戻しを上限として免責されるとはいえ、異常時の義務違反による損害を通常の運航休止等と同一に捉えていいのか。義務違反という不法行為と損害賠償責任は元の輸送契約と別個になるのではないでしょうか。

●完全なモラルハザード
それでもこの欠航に斟酌する事情があるのならまだしも、完全なるSKY側の事由です。端的に言えば、地上タキシング中の「事故」であり、より強固に責任が問われる事態です。

通ってはいけない通路を飛行機が通り、それにより仮設の照明機材のコードにタイヤが乗り上げて損傷したことで運航不能になったのです。
運航中止を決断した地点は滑走路の直前とはいえ、ゲートを出た、つまり「出発」した航空機が事故を起こしたわけで、墜落や不時着ばかりがイメージされますが、これも立派な「事故」なのです。
(余談ですが、史上最悪となる583人の死者を出した1977年のスペイン領カナリア諸島での事故は、離陸のために滑走中とタキシング中の旅客機による衝突事故であり、事故は飛んでいる時だけに起こるものではないのです)

ところが事故で欠航という会社都合の中でも「最悪」の事態にもかかわらず、通常の欠航と同じ取り扱いをしたわけです。それも同社の他路線と比べても扱いが落ちる「成田ルール」を。

利用者に損害が生じたときの賠償は、通常支払運賃額を上限とする、つまり、払い戻しで対応する決まりですが、「事故」による賠償はもちろんそうではありません。
墜落や不時着による被害を払い戻しで済ませるような航空会社はありません。LCCは異常時の補償などない、と言っても、事故は別でしょう。もちろん支払能力に疑義があるケースは多いですが、賠償債権の認定は当然認められます。

本件は航空法でいうところの重大インシデントにも該当しませんが、路外逸走でタイヤを損傷、と見れば2007年にJAC機が起こした重大インシデントに類似するわけで、決して軽くは無い「事故」です。

そう見たとき、SKYの責任はどうでしょうか。自社事由で、かつ「事故」です。「成田ルール」で免責どころか、通常よりも手厚い対応があってもおかしくない事例ですが、「成田ルール」を押し通したというのは、まさにモラルハザードといえます。

●異常時の免責が招くモラルハザード
異常時、しかも自社責任で輸送契約の本旨を全うできなくなったにもかかわらず、賠償責任を免除、もしくは大幅に減免することが容認されれば、間違いなくモラルハザードを招きます。

もっともそれが顕著に出るのが高速道路(有料道路)であり、いくら渋滞しても通行料金の払い戻しという制度自体がありませんから、渋滞解消に対する努力のそぶりもないわけです。

また鉄道でもモラルハザードの発生がみられるわけで、優等列車のように2時間以上の遅れで料金の払い戻しが規定されている場合は、遅れが2時間に近づくと、必死になって遅れを取り戻すことが多いように、経済的損失がかかってくると対応も真剣ですが、そうした払い戻しが一切無い世界、つまり通勤電車でよくある「抑止」の場合、折り返し設備があり事故等とは無関係な区間で折り返し運転が可能にもかかわらず、全線で運転を見合わせますし、その復旧も何度も「運転再開見込」がずれ込むように、悠長に過ぎる印象があります。

ちなみになぜこうなるかを考えると、やはりこうした通勤電車の場合、大多数が通勤通学客で定期券での乗車であり、丸1日ストップでもしない限り、振替先への支払いはともかく、乗客に対する払い戻しや有効期限の延長は一切無いわけで、どう転んでも損は無いという状態ということが指摘できます。

それどころか、折り返し運転などの定常外作業を排除し、万全の体制になるまで電車を止めたほうが復旧後の対応が楽ということもあるわけで、実際に事業者によっては「楽だから」とは言いませんが、通常運転が可能になるまで止める、というスタンスを示しているケースもあります。

これでは復旧を出来るだけ早期にするというインセンティブが働きにくい状態であり、これも一種のモラルハザードといえます。
つまり、事業者は現実のペナルティを課さない限り、自社責任においても十分な対応を行うことが期待できないのが昨今の状況といえます。

●モラルハザードの跋扈にどう臨むか
トラブル時の補償もサービスのうち、と割り切ることも一つの考えでしょう。
しかし輸送の義務という契約の根幹を守れなかったことに対する責任、つまりケジメを曖昧にしていいものなのか。本来当然提供されるべき性格のものがあたかも「サービス」の如く扱われて、対価次第、条件次第ではカットされても当然という風潮は、例えば鉄道における着席サービスのように確実に浸透しているだけに、その時流に乗ることを是認すべきか、どこかで歯止めをかけるべきか、という関頭に立っているといえます。

ただ現実は今般のLCCの本格展開を見ればわかるように、本来必ずセットになるような役務ですら「別売り」にする流れであり(ピーチの「支払手数料」はその典型。支払行為が発生しない購入はあり得ないのに、別建てになっている)、こうした行為が見かけの運賃を安くみせるための「おとり価格」である可能性が指摘できます。
ただ、これはジェットスターの就航時からある話であり(サーチャージが運賃に匹敵するとか、カード支払手数料を徴収するなど)、それに対する監督官庁の指導もないことから、国家公認の「毛ばり」となっているのも事実です。

しかし、こうした状態がサービスの分野だけに留まるうちはともかく、トラブル時の補償もサービスのうち、となれば、どうせウチは安かろう悪かろう、と開き直る余地が出てきますし、安いに越したことは無い、という利用者のニーズも一定数存在することから、極端な話、「生命の保証は致しません」という戦前の黒部峡谷鉄道のような免責を認めるから、運賃を激安にするという対応が、事業者、利用者のニーズの合致という形で成立するかもしれません。

とはいえ、いかに契約自由とはいえ、極端な免責を認めるべきかどうか。
運航すると赤字が出るから欠航し、免責条項にしたがって格安運賃を払い戻せばいい、というようなモラルハザードも想定できる中、「公共交通」の質をそこまで落としていいのでしょうか。

「公共交通」である以上は、守るべき質がある。そして責任があるのです。
その責任すら対価次第というのでは、まさに「地獄の沙汰も金次第」であり、モラルハザードも極まれりといえる事態です。
今回はSKYの「成田ルール」が問題になりましたが、今後はもっとひどい形で出てくる可能性もありますし、今回のケースでも、せっかく成田空港会社が羽田再国際化という逆風の中、国内線の拡充に活路を見出しているのに対し、思い切り足を引っ張ってしまう可能性もあるなど、影響も少なくありません。

国内線拡充を宣伝する成田空港会社

もちろん多様なサービス水準があることは否定しませんし、安く移動できるメリットは何物にも替えがたい面もあります。
しかしそうしたサービス競争のなかに、モラルも無い責任回避の芽があってはいけません。さらにいえばLCC各社に見られるような「おとり価格」ともいえるような別建て表示のような「騙し」も一種のモラルハザードです。

こうした現状で我々利用者がどう対応するかというと、例えばSKYの成田便には「成田ルール」があるということを認識するといったリテラシーを高めることで、リスクと付き合うというのでは、「公共交通」という看板をあまりにも軽く見ているのではないでしょうか。
そういう意味では、自由な競争を担保するためには、厳格なルールがまず必要であり、そういう視点での規制が求められるのが自由化時代の監督官庁の仕事なんですが、遺憾ながら足元そういう仕事をする様子が全く見えないところにまず根本的な問題があるのではないでしょうか。








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