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航空・鉄道事故調査委員会報告を読んで〜その1
尼崎・救急隊員死傷事故

※この作品は「【検証】近未来交通地図」に掲載されたものを改稿したものです。

初出:2003年11月


2002年11月6日にJR神戸線塚本−尼崎間(JR東西線加島駅付近)で発生した消防隊員死傷事故については、 航空・鉄道事故調査委員会 から2003年9月12日付で 報告書 が出ています。

本件の結果制定されたマニュアルについて私は批判を中心に論じてきました。また、事故直後を中心に各メディアでさまざまな議論を呼びました。それを振りかえりつつ、公的機関による総括であるこの報告書を元に、この事件について幾つか再論したいと思います。


●事故の時系列

時刻現場大阪駅
19時12分頃新快速3643M(大阪19時8分始発)が現場で線路に侵入した中学生と接触し、現場の450m先に緊急停車。 
19時18分頃?後続の特急3027M(「北近畿17号」大阪19時12分発)は人身事故発生の報を聞き、徐行運転を行い現場の50m手前に停車。 
19時22分
尼崎駅員が上り普通列車に便乗して現場へ向かう。 
19時23分 特急61D(「スーパーはくと11号」大阪19時23分発)大阪駅発車の抑止を受ける。
19時26分頃尼崎駅員が現場(3643Mの横)で便宜下車。
19時34分頃3643M出発。 
19時36分頃3027M出発。 
19時39分頃警察官到着。 
19時42分頃消防隊長到着。ついで消防隊員現場へ。 
19時42分 61Dが大阪駅を出発。
19時45分頃61Dが消防隊員と接触。 

→尼崎駅員への引き継ぎ終了に伴い、現場から列車が消えた後に警察官と消防隊が到着しており、列車運行についての情報を視覚的に得ることが出来なかった。事故列車である3643Mに続いて後続の3027Mが現場を通過する現場を見ていれば、警察官と消防隊における注意が働いた可能性は否定できない。


●運行状況、特に61D通過に対する認識(各自の聴取から)

尼崎駅員輸送指令より61Dが運転再開後一番列車になり、新快速は内側線運行と聞いている。
警察官外側線の運行に付き駅員に確認し、大丈夫という回答を得ている。
消防隊運転状況は尋ねていない。

→尼崎駅員は現場の通過状況についての把握はしていた。警察官は下記の通り不充分ながらも先着の駅員に確認している。ただ、消防隊については駅員と警察官の存在で現場の安全が確保されていると認識して、自身による確認はしていなかった。

なお、このとき、輸送指令は現場の状況を駅員と直接交信しながら、3027M乗務員からの情報に基づいてのみ判断している。最徐行の要請につき、駅員は3027M乗務員経由で輸送指令に要請した時点で確認をしておらず、輸送指令は3027M乗務員経由で情報を得ながら、「最徐行」を「注意」と自らの判断で読み替えて通常運行の指示をしている。
結局、全体の統括者である輸送指令における一次情報入手および発信の不備と、情報判断における恣意性の混入を排除していなかったことが根本の問題点といえる。


●61D通過に対する認識の相違と推測

尼崎駅員によると、警察官に「新快速は内側線、下り外に1本運転」と伝え、警察官から「新快速はここに来ませんね」と問われて「そうだ」と答えている。
なお警察官(2名)はそのやり取りを否定。確認内容は「ここ電車大丈夫か」と言う問いかけに「大丈夫や」と受けたとしている。

→どちらも当事者であり、どちらかが嘘を言っていない限り整合性が取れない。ただ唯一整合性が取れるケースとして、警察官が外側線を走る電車の意味で「新快速」の有無を問い、駅員が(内側線に振っているので)「大丈夫」と答えたため、61Dの存在が宙に浮いた可能性がある(その際に「外に一本」を言ったが聞き落としたかその言葉自体を理解できなかった可能性は否定できない)。


●線路立入に対する安全確保

尼崎駅員警察官、消防隊の立入につき、鉄道用地の水際で確認はしていない。立入後に現場の大阪方3〜4mで見ていたが、最徐行要請が伝わっていると誤認しており防護体制は取っていない。
警察官最初に到着した警察官は安全確認をしていない。駅員が「どこからいつ入ったかも分からない」という感じ。後から到着した警察官が上記の確認を行う。
消防隊現場に立ち入る際、また立ち入った後も駅員、警察官のいずれにも確認はせずに作業に入る。


尼崎駅員 :警察官、消防隊の立入につき、鉄道用地の水際で確認はしていない。立入後に現場の大阪方3〜4mで見ていたが、最徐行要請が伝わっていると誤認しており防護体制は取っていない。
警察官 :最初に到着した警察官は安全確認をしていない。駅員が「どこからいつ入ったかも分からない」という感じ。後から到着した警察官が上記の確認を行う。
消防隊 :現場に立ち入る際、また立ち入った後も駅員、警察官のいずれにも確認はせずに作業に入る。

→駅員の鉄道用地立入に対する認識が甘い。また、列車防護における確認も不充分。警察官、消防隊の安全確認も不備。61Dの通過時間によっては、警察官が確認前に遭難する可能性もあったし、消防隊は駅員と警察官が適切な情報を共有していたとしても遭難する可能性があった。


●第一事故の保護体制

第一事故の被害者が安置されている場所における外側線の車両限界からフェンスまでの幅は約1.15mとあるので、被害者が中学生であることを考えると、列車との相対位置ではホーム白線付近に安置されたイメージと思われる。(報告書26P)

また、レール端から1.9mあること、道床の盛り上がりと犬走りの下がり勾配を考えると、実際の列車との相対位置として、必ずしも「列車のすぐ脇で危険である」という当時のメディアのような批判は無条件で受け入れられないと考える。

また、報告書27Pの現場写真を見る限り、加島駅舎の張り出し部分に向けて犬走りが広がるポイントであり(写真左側のパイプで組んだ構造物は当時は無かった)、この手前にかけて広がる箇所を使わずに被害者の中学生を除く9人がひしめいていたとするには疑義があり、逆に、犬走りに安置された中学生に対し、線路側から充分な作業空間をとりつつ直角にアプローチしたため消防隊が遭難したというのが真相ではないかと思われる。


●61D運行の是非

警察官、消防隊到着前の3027M乗務員の情報に従っての指示であり、線路に近接しての救助作業の発生が予想される状況下においては通過は不可能という結論であるが(報告書20P)、適切な防護体制を取っていれば61Dを通過させることと救護活動の両立は可能と考える。

ただし、報告書21Pの通り、救助作業についての確認があることは当然であり、現場の救助作業の状況を確認せずに運行を再開したことは問題である。


●全面抑止に対する評価

報告書21Pにおいて、列車の運転再開についてはケースバイケースとしながらも、「救急救助活動が、列車の運行に支障のない安全な場所で行われること、又は事故に伴う現場での作業が完了し、すべての関係者が列車の運行に支障のない場所に移動した等により、安全が確保されることが確認された場合」を前提にしており、結論として「救急救助活動が完了するまでは、救急救助活動に直接関係する線路の列車運行を抑止するという考え方」を原則することを必要としている。

あくまで救急救助活動としているが、駅員社員は法的な死亡を確認出来ないので、結局は死亡事故を含む総ての人身事故に適用されることになる。ただ、抑止対象となる救急救助活動に直接関係する線路については、本来、救急救助活動をしている場所が当該線路から見て「列車の運行に支障のない安全な場所」であれば足りるはずではあるが、実態は「救急救助活動に支障のない線路」以外の全面抑止となっている。

また、現場検証等の確認作業については範囲外であり、証拠隠滅の危険性があると言った証拠保全の緊急性が認められない限り、現場検証を優先させる必要性への言及はなく、現状の現場検証まで含む抑止については、少なくとも鉄道システムの安全確保と言う観点からは導かれないことに注意したい。

なお、航空・鉄道事故調査委員会の設置の意義を踏まえると、本報告内容は他鉄道における同種の事故を防止する観点から、他鉄道においても普く適用されて然るべきである。しかしJR西日本と他鉄道での同種の事故における運転再開までの時間、また一部鉄道で死体を放置したまま運転再開をした事例が発生したことなどを考えると、本報告内容に盛りこまれた対策項目を他鉄道が充足しているかを改めて調査、指導すべきであり、その必要性を認めないのであれば、「同種の事故の再発防止」を謳う報告書(報告書23P)の存在意義も問われることになる。


●結論

この事故は、全体の統括への情報集中の不備、情報伝達における恣意的判断の混入とそれによる情報の変質、不完全な情報の元での指示、全当事者の安全確保における不備と思い込み、関係当事者間の役割分担が不明確、という事情が相次いだことによると考える。

特に、現場の安全確保における「思い込み」はこれまでの報道ではあまり重視されていなかったが、情報伝達等が完全であったとしても事故が発生する余地を残すものであり、危険と隣りあわせの任務を帯びるプロとして問題であり、改善が徹底されているものと信じたい。

なお、本報告書で不満な点は、同種の事故再発の防止という大義名分は分かるが、本事故の発生もつき詰めると、鉄道事業者に課せられた輸送という義務ゆえに救助活動と運行再開を天秤に掛けざるを得ないという部分についての言及や考察がなかったことである。
輸送を犠牲にすればするほど救助活動はより完全完璧になることは言うまでもないわけで、運行再開を前提にした意見かどうかはなお議論の余地を残していると考えたい。


以上




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