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交通における「デザイン」のあり方
神戸・三宮で見た2つの典型例


これがバス停?



ユネスコの創造都市ネットワークデザイン都市に認定された神戸市では、「デザイン」を意識した数々の施策が取られています。
交通の世界でもデザインを考えているようですが、この春、三宮で見た2つの「デザイン」は対照的とも言えるものでした。


※特記なき写真は2014年5月撮影


●デザイン都市・神戸
2008年10月に神戸市はユネスコの創造都市ネットワークデザイン都市に認定されました。
神戸市によると、「住み続けたくなるまち、訪れたくなるまち、そして、継続的に発展するまち」を目指して、神戸の今と未来をデザインしていくことで、人間らしいしあわせを実感できる創造都市「デザイン都市・神戸」を市民とともに推進していく、とのことですが、公式書類などに欧米の美術館、博物館にありがちな建物をイメージしたユネスコのシンボルマークが付く位の印象しかありません。

こういうマークを目にします(2009年3月撮影)

一言でデザインといっても、見た目の部分からソフトに属する部分まで様々ですが、上記の神戸市の「公式見解」もそのあたりが渾然一体となっています。
逆に言えば「見てくれ」だけでなく、「質」の部分も踏まえてのデザイン都市ということですが、それがどう取り組まれて、目標の達成につなげていくのか。「公式見解」を見れば分かる通り、デザインが目的ではなく、デザインを通じて実現していく目的があるのです。言い換えれば、デザインがいかに優れていても、目的にそぐわなければクリエーターの自己満足に過ぎません。

●交通とデザイン
とは言えここではデザインやクリエイティブな活動一般を論じる場ではないですし、私にその知見もないので、交通の世界に絞って話を進めていきます。というか、交通の世界でデザインについての論点が顕在化しているのです。

デザインというと「遊び心」的なイメージを漠然と受けるのに対し、交通というと公共インフラの世界であり、実直な「お堅い」イメージが付きまといます。
ところが交通の世界はデザインとかかわりが深いです。要は実直にその機能を発揮するために、デザインが欠かせないのです。利用者に対し、必要な情報をいかに素早く明確に伝えるか。この目的の達成にデザインが不可欠なのです。

副都心線・東横線渋谷駅(2013年5月撮影)


その典型が駅構内のサイン類であり、視認性、統一性を十分考慮したサイン類の整備は、旧営団地下鉄あたりがその先駆者であり、旧国鉄でも主要駅におけるサイン類はかなり統一されていたといえます。

●「デザイン」に求められるもの
かつてのそれが統一性に軸足を置いていたのに対し、近年では「遊び心」系のデザインが目立つ印象です。もちろんそれによる「お堅い」イメージの払拭や、駅などの交通機関の空間を明るくするという効果という意味では優れた効果を実際に発揮しています。

同時に統一性からの脱却が目立つことについては、過去に記事にしている通りですが、デザインの多様性が地域性といった属性に従うのであればまだしも、事業者という枠組みで変化するというのはどうでしょうか。

このあたりは1987年の国鉄の分割民営化が契機となっており、旧国鉄時代の統一されたサイン類が、旅客鉄道6社ごとに変化するようになり、同時に提供される情報量や種類に差が出ています。

この傾向は「悪しき伝統」になった感もあり、高速道路の分割民営化、営団地下鉄の民営化に伴い、事業者ごとの独自デザインの採用や、旧事業者時代のデザインからの変更といった、「心機一転」以外の理由が見出せない変更が定着しています。

●神戸の交通で見たもの
そういう認識でデザインを見つめた時、神戸の街という舞台で、交通というジャンルで、デザインというものを上手に活かした例と、勘違いしてしまった例を目にしました。

前者はデザインがある目的に対するツールであるという意識がきちんと働いている印象を受けましたし、後者はデザインが目的化してしまい、デザインが何のためにあるのかを忘れてしまったという印象を受けました。

両極端ともいえる事象が、それもほぼ同時期に出現したというのも興味深いですが、前者が民間事業者により実施され、後者が公営事業者により実施されたというのも何かを暗示しているといえます。

●阪神・神戸三宮駅のケース
この駅は長年「三宮」でしたが2013年12月の阪急の改称に続き、この4月から「神戸三宮」に駅名を改称しました。

改称を長年視野に入れていた訳ではないですが、2007年から続いていた大改良工事が2013年3月に完成したのに続くタイミングともいえるわけで、まさに「心機一転」のタイミングとなりました。

改良前(改良中)のホーム(2009年3月撮影)

戦前からのくすんだ地下駅は、一部に天井のアーチ型装飾など当時の意匠を残しつつ、トンネルの構造物自体を刷新するなどして大きく変わりました。

西口改札への階段(2013年5月撮影)

主な手法としては、漆喰とタイル貼りだった壁面や柱周りを、壁面は今風のパネル材とし、柱周りなどはレンガ風の装飾としています。それにあわせた格好で構内のカラーリングをレンガ色を多用しており、視覚から来る印象の変化が大きくなっています。

天井のアーチは昔のままで(2013年5月撮影)

これだけでも大きな変化だったのに、今回の改称によるサイン類の更新を機に更なる構内のイメチェンを図ったのが上手なところといえます。

●神戸三宮駅のイメチェン
柱周りがレンガ風の装飾なので、レンガ色で統一された雰囲気でしたが、レンガ色自体がおとなしい色彩のところに、ホームの整列乗車の並び位置を変更した際にホーム上にカラーテープで列を描いたことで、ややごちゃごちゃしてしまいました。

そのレンガ色の柱にアクセントとして赤や黄色、緑といった華やいだ色彩を纏うことで、さらに印象が変わったのです。
この色使いは、最近使われている「”たいせつ”がギュッと」のコピーに添えられているハート型のマークに使われている色ですが、原色そのもののどぎつさがなく、温かみのある色彩で、レンガ色の基調に映えます。

”たいせつ”がギュッと

そして今回のイメチェンで、乗車位置のごちゃごちゃも目立たないようになった印象です。

ちょっとした色遣いでイメチェンです

西口の階段にもその色が配されており、構内に突然現れた色彩が、地下駅にありがちな閉塞感を感じさせない方向に働いているといえます。

西口改札への階段もご覧の通り

ちなみにこのデザインとカラーリング、他の駅でも駅の待合室などにあしらわれるようになっています。

待合室への使用例


●神戸市バス・税関前バス停のケース
阪神・神戸三宮駅の西口を出て「さんちか」から地上に出ると、そこはフラワーロードです。
新神戸駅から各線の三宮駅を通り最後は神戸税関のある浜手に至る大通りですが、明治以前の生田川の川筋を付け替え、埋め立てたことで出来た通りです。

神戸税関

ここを通るバスが29系統。新港第五突堤以東の各埠頭を経て摩耶埠頭に至る系統ですが、東部新都心・HAT神戸の整備に伴い、HAT神戸を経て三宮に戻る循環系統になっています。
メインの利用者は埠頭の事業所関係なので、朝は埠頭先回り、日中以降はHAT先回りとなっており、往復運行はしていません。

R174は日本一短い(2006年7月撮影)

フラワーロードを下り、R2と交差する税関前交差点から、阪神高速の高架下となる区間を経てすぐ信号に至るまでが日本一短い国道として有名なR174ですが、神戸税関を右に見て信号を直進したところに税関前バス停はあります。

旧神戸生糸検査所のKIITO

ちなみに摩耶埠頭方面へのバス停の前にあるのがかつての神戸生糸検査所で、KIITOことデザイン・クリエイティブセンター神戸であり、デザイン都市・神戸の拠点となっています。

●デザインだけが目立つバス停
そのバス停がユニークなデザインとなって生まれ変わった、というニュースが地元の神戸新聞などで大きく取り上げられました。

2014年3月のワークショップで、デザイナーと市民の協働で製作されたとのことですが、樹脂タイルを組み合わせ、中にKIITOじゃなく生糸をあしらったデザインは、夏場によく目にするガラス細工のような涼味を感じます。

バス停に見えないデザイン

ところがこのバス停、バス停に見えない、というよりバス停として必要な機能が事実上提供されていません。涼味溢れるモニュメントが道端に立っているだけであり、バス停としての実用性ははっきりいってゼロでしょう。

なぜそこまで酷評するのか。と思うでしょうが、バス停がバス停である所以。つまり、停留所名、行先や時刻といったバス停に必須の情報が「見えない」のです。

何か書いてあるようです

生糸を挟みこんでいるのが透けて見える仕立てになっている樹脂タイルの表面に、そのまま停留所名、時刻表などをプリントしているので、そこに文字が書いてあるかも定かでないのです。

時刻表が読めないバス停があっていいのか?

近寄ってみて何か書いてあるな、というレベルですが、その状態で平日、土曜日、休日と3通りのバスの時刻を読み取ることは至難の技、というか不可能事です。

●目的に対する姿勢の差が
電車に乗ることを楽しくする、という目的で彩られた阪神の神戸三宮駅に対し、バスに乗ることを、ではなく、バス停を彩ることが目的化してしまった税関前バス停。
そこにバス停があるというアピールにすらなっていませんし、バス停と認識しても必要な情報が見えません。

反対側のバス停は通常バージョン

もちろん29系統に埠頭先回りになる朝に税関前から乗車する人は皆無に等しいという判断でしょう。午後に三宮に向かう向きのバス停は通常バージョンですし、「問題の」バス停と違い、告知類の張り紙も出ていました。

時刻表もきちんと読めます

そういう意味ではあまり目くじらを立てる必要は無いのでしょうが、交通におけるデザインとしては「失格」「落第」レベルの作品としか言いようがありません。というか、交通においてはいちばんやってはいけない「デザイン」です。

どこから見ても見えづらい

そのバス停がKIITOことデザイン・クリエイティブセンター神戸の前にある。KIITOの作品である。という事実を見ると、デザイナーの自己満足が、自宅前に置いてある、という印象を受けますし、それに幾許かの税金が使われたと思うと複雑な心境です。

●デザイン重視の「先例」
神戸におけるバス停の「デザイン」を巡っては、市バスの広告一体型のバス停がなかなかクールなデザインで、実用品としてのデザインは優れているといえます。

市バスのバス停デザインは洗練されています

一方で目的を考えないデザインが混乱を招いた例があるわけで、2007年秋に実施された「神戸ちょいのりバス」の社会実験では、トアロードや旧居留地などに設置されたバス停が、細身のスタイリッシュなポールだったのですが、それがバス停と認識してもらえなかったようで、ポールの頭に「ちょいのりバス バス停」という紙をわざわざ取り付けています。

ちょい乗りバスのバス停。見づらいので右のようになった(2007年10月撮影)

当時のバス停に対する認識可能性を考えれば、今回の税関前のようなデザインだとどうなるのか。誰も気がつかない、というレベルでしょう。

●デザインの重要性
デザイン次第で利用しやすさが決まる、利用の多寡に影響することを考えると、たかがデザイン、されどデザインです。
年増の厚化粧じゃないですが、奇抜なカラーリングで目を惹き、客を引くケースもありますが、デザインは同時にマイナスに働くこともある諸刃の剣です。

年増の厚化粧も大胆に

バス停をモチーフとした作品を制作し、個展や展覧会で披露するのと違い、実用品としての使用が前提のデザインはどうあるべきなのか。
ちょっとの遊び心も許さないのか、と言われそうですが、交通の世界でデザインをしている人が視認性などの実用面を重視して「遊び心」を犠牲にせざるを得ないことを考えると、リスペクトとまではいいませんが、配慮にも問題がなかったか、と感じます。

雰囲気が変わった好例

同じ「遊び心」でも駅の機能を犠牲にせず、雰囲気を一新した阪神の神戸三宮駅におけるデザイナーは、難しい課題を見事に両立させたのであり、それが「プロ」でしょう。

そういう意味では、「デザイン都市・神戸」というコンセプトがどのような効果を生んでいるのか、ということを市民に知らしめる好機を、その総本山がフイにしたばかりか、せっかくの取組みを「無駄」と印象付けてしまったのかもしれません。




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