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「駅ナカ」を巡る問題点


西船橋駅


※写真は2006年7月および8月撮影


●駅ナカの発展と批判
駅構内における店舗は、昔はキヨスクと駅そばくらいでしたが、今ではさまざまな店舗が花盛りで、駅の中にある商店街と言うことで「エキナカ」「駅ナカ」と言うジャンルが確立しています。
その一方で、駅の中で全てが完結するところから、駅から人が降りてこない、駅に客が吸い寄せられると言う駅前の商店街の反発がでていることも確かです。

そうした反発のなかでも代表的なものが、駅施設に対する固定資産税の優遇です。
鉄道用地、施設は公共性が強く、かつ他の用途への転用、転売が難しいことから、これまで課税標準にさまざまな特則が設けられて来ました。
その「鉄道用地、施設」で商業行為を行うことは、 税負担の面で公正に欠けるという指摘 があり、東京都も今春、鉄道用地、施設への特例を廃し、宅地並み課税をすることを打ち出しました。

東京都の姿勢に対し、「駅ナカ」の本家でもあり、都内最大の事業者であるJR東日本は、基準が曖昧と反発してきましたが、一方で国も曖昧な現行規定を見直す方向で検討してきました。
そして2006年11月15日に総務省の外郭団体「資産評価システム研究センター」の専門部会が鉄道用地の固定資産評価のあり方に関し報告書骨子をまとめました。

●課税の問題点と見直し
これまで鉄道用地については、1963年の自治省告示により公共性に配慮し周辺路線価の1/3で評価してきました。実は当初1/2でしたが、1973に1/3に減額幅を大きくしています。
また、地方税法349条の3の2項により、建物など構築物も取得当初5年間は1/3、次の5年間は2/3と減額することが定められています。

駅ビルなど商業施設の用地や建物については適用除外になるのですが、今回問題になっているのは、コンコースなど本来鉄道施設だったエリアを「高度開発」したケースです。
今回の報告では、小規模なケースを除き、商業施設と鉄道施設の延べ床面積で按分して、商業施設見合いの土地に対しては周辺と同じ評価による宅地並み課税とするとしており、07年度からの適用を目指すようです。

ただし、東京都の見解が、評価基準に従えば全体の20%以上にわたり店舗となっている駅舎の敷地に対して全体を宅地並み課税できるとしていたのに対すると、今回の報告は、宅地並み課税が可能なのは他用途利用地のみに限るとしていたJR側の見解に沿った形になっています。
土地の評価において延べ床で按分と言うのは違和感がありますが(延べ床の総和>土地の面積)、現行の課税標準は平面利用以外に使いようが無かった当時の常識に基づく基準でもあり、また、ケースによっては駅構内全体、また、階段やコンコース部分も商業施設と見ることが妥当なケースもあるわけです。(商業施設がエントランスや廊下を「公共用地」と看做されていることは無い)

実は評価を1/3にするというこれまでの基準にはさらに優遇措置があり、課税標準において沿線の地目に応じて、鉄道用地に接する延長比で平均していたのです。ですから単に通過するだけでしかも沿線が田畑や山林でも、市街地との按分で高めになる反面、駅用地のそれは確実に安かったのです。
つまり、駅前の商店街との負担を比較すると、「駅前の一等地」の価格で課税される商店街に対し、「駅前の一等地」から「沿線の山林、田畑」までを按分して安くなった価格のさらに1/3だったのです。

このほか、建物や構築物についても、「駅ナカ」の効用を増すために作られたようなものであっても、1/3ないし2/3の優遇措置があるわけですし、「駅ナカ」そのものの建物や構築物部分の課税評価の実態がどうだったのか、疑問もあります。

もっとも、今回の「見直し」を考えると、商業施設は鉄道施設の上空などで営まれているケースが多く、延べ床按分をするにしても、「全体の2割」は「8:2」ではなく「10:2」のようになると予想されますし、案外と効き代が小さい可能性もあります。

●「駅ナカ」の問題
確かに「駅ナカ」は便利です。
しかし、都心のターミナル駅から郊外のちょっとした駅まで広がると、問題が目立つことも確かです。

有名な大宮のエキュートやディラはその典型です。東北、上越新幹線と在来線各線、さらに東武野田線が乗り入れる首都圏北部最大のターミナルであり、かつ、政令市さいたま市の商業中心地です。ですから大宮駅自体の利用者も多いですし、新幹線や埼京線との間での乗り換え客も多いのですが、その通路に面して商業施設が軒を連ねる現状はどうでしょうか。

大宮駅 店舗が営業中ならいかばかりか...

便利なメインの通路の流動を分散させる目的で新しい通路を作ったが、どうしても位置的に利便性が劣る。そこで流動を誘導するために「駅ナカ」を配置する、というのであれば理に適っていますが、大宮のそれは便利な既存通路に面しています。エキュートは新しい通路との間に位置してはいますが、そちらへの誘導になりづらい配置で、商業施設の利用者と駅自体の利用者が錯綜している状態です。さらに商業施設のさまざまな装飾が通路の案内表示を目立たなくする方向に働いており、方向の把握、また、宇都宮線系統と高崎線系統、上野系統と湘南新宿ラインでホームが異なるケースが多い構造における先発列車の把握に支障が出ていることも事実です。

その点、東京駅のように北通路、中央通路、南通路のそれぞれ中間に新しい通路を設けて商業施設を集中させたケースはスマートですし、品川や西船橋のように動線から少し外れたエリアに設ける例も駅利用者と商業施設利用者の両方の利便性を高めています。
ただ、東京駅のように既存通路にはほぼ常設の形で物販の屋台を出しているようなケースは、せっかくの通路幅を殺すばかりでなく、その部分の「鉄道用地、施設」としての課税優遇に疑義を生じさせるものです。

東京駅 既存通路の中間に新設された通路

大宮駅や東京駅の屋台のように乗降や乗り換え客の利便性に疑義が生じるケースは、駅は何のためにあるのか、という根本を問われかねない事態でもあり、混雑解消や着席率の向上とは程遠い「本業」と比較して、「『駅ナカ』には熱心だが...」という批判も聞かれることにも留意すべきでしょう。

●「駅ナカ」が出来ないと改善されない不思議
利用者としてどうも納得がいかないのは、「駅ナカ」ビジネスをきっかけではじめて駅の通路が増えた、というようなケースが目立つことです。
総武線でも屈指の利用者を誇る津田沼駅にしても、「駅ナカ」併設の新通路(エスカレーター付き)が出来るまで、長年にわたり3面6線のホームを結ぶ通路は1本だけであり、バリアフリー対策もなされていませんでした。

津田沼駅 右手に新しい通路と「駅ナカ」

ラッチ内のバリアフリーですらここまで立ち遅れていたわけですから、ラッチ外の自由通路に至っては言うまでも無い状態です。橋上駅で自由通路構造になっている場合、そこは公道であるから行政が整備すべき、という主張で長年対立してきた西船橋駅はその典型ですが、2005年6月にようやく整備されました。

ここはラッチ外のエスカレーターやラッチ内のエレベーターに所定の自治体補助が出た反面、ラッチ外も含めて維持管理はJRになっており、ようやくJRが折れたか、と言う感じですが、実際にはこれを機に自由通路部分も含めて「駅ナカ」が出来ており、そういう付加価値がなければ未だに整備されていなかったのでは、とも思われます。
ちなみに自由通路の商業施設、ここはJRの長年の主張では「公道」だったはずですが、いつの間にか「駅ナカ」になっているのはなぜでしょう。

西船橋駅 自由通路にも商業施設が

実際、既に高架下店舗(シャポー)が開発済みのお隣り船橋駅は、2000年3月にバリアフリー対応としてエスカレーターが設置されましたが、駅や商業施設の大掛かりな改造を伴うエレベーター設置は要望が強かったにもかかわらず見送りになりました。
しかし、2004年にシャポーをリニューアルした時期に、JRからエレベーターの設置をするから補助を、という 要請 があったわけで、これは一度補助した駅に対する再度の補助は難しいことから見送りになったようですが、バリアフリーのような公共性の高い施設整備までが「駅ナカ」を基準に動いていると推測される事態になっています。

西船橋駅のエレベーター


●公共と民間の使い分けを質す
「駅ナカ」を巡る問題には、駅や鉄道の持つ「公共性」と、事業者としての「民間企業」の二面性が大きく作用しています。

地域の拠点である駅は、もっともパブリックなスペースであり、だからこそ「駅前の一等地」という発展を約束してきたのです。
ゆえに鉄道事業と言う営利事業に供する資産でありながら、その公益性、公共性から固定資産税の減免があったわけですし、バリアフリー対応に国や自治体の補助がでるわけで、その点で鉄道事業者は公共・公益事業を営む主体としてのメリットを享受しているのです。

一方で、そのメリットは公共・公益事業を営むうえで避けられない義務的部分の履行と表裏一体の関係にあります。
しかしながら今回の「駅ナカ」への課税問題にしても、「駅ナカ」ビジネスへの悪影響を懸念する声がでてくるように、民間企業としての収益確保を重視したスタンスですし、バリアフリーにしても、公的セクターが負担すべき、という基本姿勢に見られるように、税負担の公平を目指すとか、公共空間でのバリアフリー化を推進すると言った「公への義務」に関しては、民間企業として義務を免れています。

こういう意見を述べると「民業への介入、圧迫」と取られかねませんが、「民業」でありながら「公共」としてのメリットを享受している現実があるのです。その二面性を活用している以上は、批判を免れ得ないということは、決して不当な話では無いと考えます。








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