このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください






付加価値とその対価

優等列車と優等車両の料金とサービスを考える


付加価値を売りに料金を徴収しているが...


いよいよあと2月と迫った東北新幹線新青森開業。前景気を煽る中で発表されたダイヤ改正の内容は、華やかな陰に大きな変革が見えるものとなりました。
その変革とは何か、そしてその前提条件は何か。考えてみました。


※この作品は「習志野原の掲示板」での皆様の議論を参考にさせていただきました。

写真は2008年12月、2010年5月、9月、10月撮影
2010年10月2日、写真を追加、差し替え


●近郊特急の削減
2010年12月の東北新幹線新青森開業に伴うJR東日本のダイヤ改正が発表されましたが、そこで目を惹くのは首都圏の近郊特急の削減です。

上越線の「水上」の廃止、東海道線の「踊り子」、内房線「さざなみ」の削減をはじめとする「見直し」は、ドル箱と思われていた近郊エリア、短中距離での輸送が曲がり角に来たことを示しています。

これらの変更は大きく分けて3つのジャンルに分類できます。

まず1つ目は近郊輸送そのものの削減。
これは「踊り子」「水上」「さざなみ」「わかしお」(日中)の削減です。

2つ目は「あかぎ」「さざなみ」(朝夕)「わかしお」(朝夕)「しおさい」「とちぎ」の土休日の削減で、通勤特急としての色彩が強いスジを平日専用にしたものです。

そして3つ目は「あやめ」「とちぎ」の平日の削減で、通勤特急としての運行をやめるものです。

●「定番」の理由
まず1つ目のグループ。これは容易に想像がつく部分です。
いわゆる「1000円高速」、そしてそれに続く「高速無料化」による影響でしょうが、本来「大都市近郊区間」による加算が効いて道路に言うほどのアドバンテージがないばかりか、渋滞の激化で却って競争力を削いでいる可能性も指摘できる中、なぜこの時期に、と言う疑問はあります。

もちろん影響はいうほど大きくないにしても、損益分岐点を割り込む「背中の一押し」になってしまった可能性はあります。
「踊り子」の場合は新湘南バイパス、西湘バイパスなど神奈川県下の一般有料道路で無料化が集中したことも、高速道路が遠く鉄道利用が優位な東海道線沿いのエリアのシフトを後押しした可能性があります。

このあたりは「水上」ともども近郊の温泉地への観光と言う旅行形態が景気減退を機に減少するなど総需要が落ち込んだ可能性があります。
房総関係はアクアラインの値下げが大きいのでしょうが、やはり行楽需要の減少もあるでしょう。

ただし、これらの列車関係では「1000円高速」に対抗するてこ入れ策を取っていないのが気になるところです。自然体で減少に任せて廃止というある意味やる気のない対応ですから。

なお房総関係については高速道路の距離も短く、「1000円高速」や各種割引で得られるメリットの絶対額が少ないわけです。アクアラインの値下げが関係ないエリアからの利用に関しては競争力はさほど減少していないと見るべきですが、このあたりは京葉線を経由することで対千葉市の需要を押えきれていないということがあるのでしょう。

千葉からのライバルとしては、かつて君津から富津市の天羽地区までをカバーする高速バスがありましたが速攻で消えています。しかし後に出来た館山行きの「南総里見号」は好調で増便を重ねており、一筋縄ではいかない印象を受けます。

●そして本題
今回のテーマは2つ目と3つ目のグループです。

今回の改正で大都市近郊の通勤特急としての性格が強いグループが大きく変化します。
そもそもこうした「通勤特急」がターゲットにしてきたエリアに対しては、JR発足後、都心から70km圏1時間を目標に設定された通勤快速の設定がまずあるわけです。

それがいつしか料金が取れる特急列車の設定に取って代わり、通勤快速の拡充ではなく特急の設定が進み、総武線でも津田沼で7時半頃と言うピーク時に通過する設定が出来たほどです。

50kmまで1コイン500円とはいえ料金が必要で、さらに20〜30km圏内の通勤需要が最も多い駅には停車しないことから、貴重なスジを使うのに使えない存在として疎ましかったのは事実で、今回の「あやめ」のように通勤快速に「格下げ」されることは実は歓迎です。

一方こうした特急列車ははじめから平日運転で設定されている他、土休日も運転されるものもありました。これは平日の送り込みや引き上げを兼ねているためでもあり、また時間帯としてもちょっと早いですがお出かけ需要、新幹線への乗り継ぎといった長距離需要への対応もあり、全く需要がないとはいえないですが、平日の利用と比べると明らかに落ちるわけです。

こうした変遷はまずライナー列車で発生しており、設定当時は土休日の運転もそれなりにあったものが、今では土休日の運転のほうが少ない有様で、総武線方面は全滅です。

廃止対象の「あやめ5号」
(金曜夜で10連に7〜8割程度の入りでした)


●「路線変更」はなぜ発生したか
こうした「路線変更」がなぜ発生したのか。料金収入を狙った施策からの転換、と言う利用者思いの施策であれば大歓迎ですが、どうもそうでもなさそうです。

500円の収入と経費を天秤にかけて、期待した利益率が得られない、という理由も見え隠れするのです。
つまり、ライナー列車のように乗車口で検札しないため、列車の運行に応じて車内検札用の車掌は必須です。その人数分の経費を考えると、実はペイしない、とまでは行かずとも、あまり儲けがない、と言う結論になったのかもしれません。

ざっくりで1両60人程度の乗車として3万円の料金収入です。房総方面だと5連で15万円、10連で30万円。一方で特別検札要員を乗せると通常の車掌の他、社員を2人、3人と必要とします。

こうしてみると土休日の「通勤特急」は平日のように満席とは行かず、それなりに空いているでしょうから、5連の特急で7、8万円の収入になるわけで、2人を1行路拘束すると手元にいくら残るか、という話になるわけで、ゆえに見切ったのかもしれません。

ならば平日は安泰、というべきですが、今回「とちぎ」「あやめ」と平日も切られました。
このあたりは拙掲示板でも話題になったのですが、どうも一番ありそうな結論としては、普通列車のグリーン車に料金収入を求めることに集中するのでは、という話でした。

Suicaグリーンシステムの採用と契約社員であるアテンダントによる対応で、そのコストは「車掌」を使う特急に比べるとかなり低くなっていることは想像に難くありません。しかもアテンダントは車販要員も兼ねているため、効率がいいでしょうし。

2階建てグリーン車のキャパシティは特急3連分に相当しますから、普通車ベースで考えると6連の「とちぎ」、5連の「あやめ」を比較しても悪くは無く、事前料金で750円、車内料金で1000円のグリーン料金の実入りを考えると、実は料金収入では拮抗し、要員コストはかなり低いとなれば、経営的には悪くはない選択です。

またこうした路線変更の一因には、これら「通勤特急」に使用される車両の問題もあるでしょう。
直接的には「踊り子」「水上」「あかぎ」「とちぎ」に使用される185系が30年選手とあってそろそろ後継車を考える時期です。

一方でこうした近郊特急、特に行楽輸送においても、普通列車のグリーン車で収益を確保すると言う戦略が可能であり、快速運転による速達化でかなりカバーできます。
行楽輸送がメインで稼働率が季節によって大きく異なる運用に対し、これまで通り特急車両を充当するのかどうか。とりあえず最小限の必要数については255系を房総から捻出し、汎用性の高いE257系も捻出することで、必要最小限のラインナップにまで縮小する、と言ったシナリオも見え隠れします。

Suicaグリーン車システムで効率アップ


●経営側と利用者側の微妙なズレ
これまでの特急偏重施策からの転換は利用者思いのように見えますが、必ずしもそうとも言えません。
経営側から見れば車両新造も見据えた「投資効果」で考えての施策でしょうが、利用者から見るとその裏返しとしての「コストパフォーマンス」の問題になります。

そういう視点で見ますと、利益の極大化を得られるケースが必ずしも利用者のメリットの極大化を意味しないわけです。もちろんお互いにメリットが有るケースもありますが、今回はそうでもなさそうです。

その最たる例として、「特急」であれば「早く着く」という極めて明快な定量的な効果がありますが、「グリーン車」には「快適」と言う主観に属する、いわば定性的な効果しか得られません。
もちろん定性的な効果もメリットですが、「料金」と言うコストを払って得られる効果を評価するに当たっては、判断が難しいものです。

普通列車のグリーン車は自由席ですから着席保障はありませんし、特急自由席よりも高い料金です。
アコモも特急普通車と同等かそれ以下ですから、利用者にとってのコストパフォーマンスは悪化しているともいえるわけで、今回見えてきた流れが決定的になれば、利用者にとって歓迎すべき流れかどうか微妙なものになります。

●付加価値の相対性
特急列車のように「早く着く」という付加価値は確かに明快ですが、それはあくまで普通列車などとの比較においての話です。
普通列車のスピードアップで昔の特急列車よりも早く着くようになったケースは枚数に暇がないわけですが、では今の普通列車が昔の特急料金を必要とするかというとそうではないわけです。

それでも時間という基準は相対的とはいえ、絶対的な水準をある程度参考にしているわけで、「遅くなった」となると相当なネガティブイメージですし、付加価値というコストを支払っている場合にはその支払いに対する抵抗感も出てきます。

一方で「快適」と言う主観的な付加価値となると微妙です。
物差しがないだけに、付加価値を定量的に評価することが出来ません。ですから「快適」が進化しているのかどうかというのも分かりづらく、ゆえに絶対的な水準では退化していても「遅くなった」時のような批判も出にくいです。

普通列車のグリーン車の場合はその付加価値がどのあたりにあるのか。
1等車の時代から20世紀末期までは明らかに「快適」もありますが、「優等車両」として「階級」に応じた雰囲気にその価値があったはずです。
普通車が空いていてもグリーン車を利用する層が存在する、逆に普通車がいくら混みあっていてもグリーン車の敷居は高い、と言う時代があったわけです。

それが2003年頃にSuicaグリーン車システムの導入に伴う変化で、そうした敷居が下がった反面、グリーン車の付加価値というものが本質的に変わったと言えます。
要は「雰囲気」からアコモ、そして着席サービスといった、分かりやすいが本来料金の対価として切り売りするようなことはなかった部分を付加価値として料金を徴収するようになっています。

特に4扉車導入による座席定員の減少、またロングシート化といった近郊型電車の変貌に応じて、その裏返しとして着席サービス、クロスシートが付加価値としてグリーン車で実現するサービスとなったわけですが、それはそもそも普通車のサービスレベルの低下による相対性であり、普通列車が大幅に遅くなったことで、かつての普通列車並みのダイヤで特急料金を取るようなイメージです。

ボックス仕様も「ちょっとのプラス」が必要な時代


●一方で事業者サイドを忖度すれば
利用者にとっては着席サービスのように本来当然受けられるサービスまで付加価値となると、あたかも料理屋が食事に必要不可欠な箸を別売りにするような印象であり、あまり気分のよいものではありません。
(余談ですが、神戸南京街の中華料理屋で、料理は安いが飲み物はいわゆる「お冷や」すら別売りというサービスに出会ったことがあります...)

しかしながら事業者にとって見れば付加価値にはコストが必ずついて回るものであり、それをどうやって回収するかと言う命題は常に存在します。

別の交通機関、クルマ、他社と競争しているわけでもなく、利用が劇的に伸びる要因も無い状況で、輸送改善の投資をしても、収益が増えるわけでもないのでその効果はゼロに等しいわけです。
以前は経済成長率もそれなりにあり、こうした投資も織り込んで値上げするということも出来ましたが、経済成長が成熟化して、値上げによるコストアップをインフレで吸収できなくなった利用者は値上げを容易には受け入れなくなっています。

そのため見返りのない投資になるラッシュ時の輸送改善、特に線増などの大規模設備投資に各社とも消極的なのはそうしたジレンマがあるからです。

スピードアップにしても、上記のように昔の特急より速くなっても普通列車は普通列車であり、その付加価値を正確に回収できないのです。時間短縮1分当たりいくら、というようなテーブルでもあれば話は別でしょうが、当然そんなものはありません。

そういう意味では「のぞみ」を設定し、事実上実質1000円程度の値上げを勝ち取った東海道新幹線のケースは非常に珍しいとも言えます。

●あるべき付加価値とその対価
一方で自然独占性が認められる交通事業、特に大都市圏の鉄道事業の場合、償却の済んだような資産をフル活用して収益の極大化を図ることが可能です。
もちろんこれまでの「見返りのない投資」の回収であると言われればそうなんですが、時代に応じたサービス水準の変化に応じる形での設備投資も欠いてしまっては、独占に胡坐をかいての批判が適切であるような事態です。

サービスレベルを時代に応じた格好で変化向上し、さらに上向く形での付加価値をその対価として徴収するスタイルであれば、その料金についてコストパフォーマンスは問われますが、徴収すること自体についての批判は失当でしょう。

しかし足下はサービスレベルの向上も怪しいなかで、相対的に格差をつけることで付加価値を演出している傾向すら見て取れるわけです。

今回のダイヤ改正が、鉄道における付加価値をどの方向に導くのか。その分岐に立っているのかもしれないと言ったら大げさでしょうか。







交通論の部屋に戻る


Straphangers' Eyeに戻る


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください