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「無料化社会実験」の問題点
無理がある内容と値上げへの懸念


ここも無料化対象
(日本海東北道・中条IC/中条本線TB。2009年11月撮影)

民主党の政権公約でもある高速道路無料化。6000億円の予算要求に対し1000億円の査定と予算捻出に苦戦しているところに、環境や公共交通への悪影響を理由に中止、縮減を求める声も多いだけに、渡りに船と見送るかと思ってましたが、予算に応じた規模とはいえ、この6月から区間を限って実現することになりました。

しかしその内容を見ると、見掛け倒し、看板倒れ以前の内容であり、環境や公共交通への影響以前として、渋滞発生など道路機能そのものへの弊害も心配されます。
さらには既存の割引の廃止による利用者の負担増加の懸念など、問題山積と言う感じの内容といえます。


※特記なき写真は2009年12月撮影


●無料化の発表
2月2日、国交省は高速道路37路線を無料化すると発表しました。

民主党の政権公約でもある高速道路の無料化。2011年度から段階的に実施する前提条件として、2010年度は地域経済への効果や、渋滞や環境への影響を把握することを目的とした社会実験を行うとしてきました。

しかし例の「事業仕分け」などで予算を捻出するのに苦戦していることもあり、6000億円の要求予算に対し、1000億円の査定となり、規模を御幅に縮小して地方末端区間を中心に実施すると言うアナウンスがあり、おおよその想像がついてはいましたが、蓋を開けてみるとそれをさらに下方修正したくなるような代物でした。

まあ政権公約としてのマニフェストの「重み」を無視した民主党の応援団的なメディアや学者あたりからは、環境や公共交通への影響もあるからと無料化そのものを見送るべし、という声が上がっていましたが、さすがに政権公約の柱の一つだけに、全く実施しないとなると夏の参院選が心配ということなのか、無理やり手をつけた格好です。

私個人としては、無料化は前にも述べた通り反対の立場を取りますが、一方で政権公約である以上は国民が普く納得できる内容で実現させるべきであり、それが出来ないのであれば須く公約違反の責に任ずべきと言うスタンスでこの問題を見ています。

●その内容
発表された内容はまさに「驚愕」です。
首都高速、阪神高速を除く全国の高速道路延長の約18%の1626kmが対象ということです。
その選択基準は、①首都高速、阪神高速以外で、②いわゆる「1000円高速」での渋滞発生頻度を勘案し、③他の交通機関への影響を考え、④有料、無料の連続などネットワークの状況を見て決定したそうです。

具体的な基準としては、三大都市圏、札幌、仙台、福岡の各都市圏内の路線及びこれを相互に連絡する路線、ならびにこれと県庁所在地を結ぶ路線とあり、そうなると本当に地方末端区間しか残らない感じです。

しかし対象となった37路線50区間を見ると、ただでさえ上記の厳重な基準で期待がしぼむところというのに、「高速道路」でない道路が水増しと言うか上げ底で大量に混ざり込んでいるのです。

ご存じの通り我々一般市民が「高速道路」と呼んでいる道路には、東名高速のような「高速自動車国道」(いわゆる「A路線」)、仙台東部道路や富津館山道路のような「高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路」(いわゆるA'路線)、圏央道や東海環状道のような「国土交通大臣指定に基づく高規格幹線道路」(いわゆるB路線)と本四道路の4種類があるのですが、A'路線やB路線になってくると、対面通行の高速道路にも見えますが、区間によっては無料区間もあったり、地方公社が整備した有料道路があったりと、中には「高速道路」と言い切るにはちょっと怪しい路線もあります。

今回の50区間にはそうした路線に加え、その範疇にも入っていないいわゆる「一般有料道路」までまぎれこんでいます。ただし往復分離の4車線道路で利用者から見たら高速道路と言ってもいい区間ですから一概に上げ底とも言えませんが、少なくとも我々がイメージする「高速道路」とは異質な道路が相当数混ざっています。

一応B路線の安房峠道路(2005年7月撮影)

●上げ底と偏りと
37路線50区間、1626kmのうち、「高速自動車国道」は23路線27区間、1216kmです。
一方で上記の4種類に該当しない道路が7路線7区間85kmあり、残りはA'路線とB路線です。

そして4路線以外とA'路線、B路線の中には、箱根新道14kmや米沢南陽道路9kmというように、どう見ても高速道路ではない、とか、ネットワークから孤立しているものもあるわけです。

これが「高速道路」?(箱根新道)

さらに言えば、もともとの要件が厳しすぎることから、「高速自動車国道」の対象路線も偏りが大きく、北海道が2路線3区間311kmと大きく数を稼いでいるほか、八戸道(含む百石道路)87km、山形道95km、伊勢道・紀勢道78km、舞鶴若狭道112km、松山道60km、沖縄道57kmとか、A路線、A'路線のグルーピングで見れば東九州道・大分道で156km、山陰道・松江道で81kmなど、特定の地域では一気に無料化と言う恩恵があるのが特徴です。

逆に暫定開業で交通量が極端に少なく、目的地の鳥取側では無料供用中ということで、どう見ても無料化だろう、というような播磨道の見送りは不可解ですが。

その先の姫路鳥取線区間は無料供用だが
(播磨道播磨新宮IC。2006年2月撮影)


●隠れ要件
こうした中で目に付くのが神奈川県下を中心とした対象路線の多さです。
近隣都県を含めると5路線5区間、61km(高速自動車国道を含めると82km)と、距離的には小ぶりですが、区間の多さは受益者のすそ野の広がりを示します。しかも三大都市圏とは言えなくとも、その周縁地域であり、「首都圏」の一角でのこの数はやはり異例です。

そうなるとどうも隠れ要件があるようです。と考えると、実は単純な基準だったりします。
要はNEXCO3社が管理する「一般有料道路」をこれを機に無料化したのです。この例外は三陸道、仙台東部道路、仙台北部道路、京葉道路、富津館山道路、千葉東金道路、アクアライン、アクア連絡道、第三京浜、横浜新道、横浜横須賀道路、小田原厚木道路、京奈道路、第二京阪、南阪奈道路、関空連絡橋、第二神明、関門トンネル、今治小松道路となるわけで、見事に上記の定義にほぼ一致します。

ここも対象外の仙台北部道路
(利府しらかし台IC。2009年11月撮影)

このうち関門トンネルは設備維持のため有料恒久化が決まっている例外ですが、唯一今治小松道路が不明です。まあNEXCO西日本管理ではありますが、路線の性格上今回対象外とされた本四道路の一部と言う位置づけでしょうか。

ただ八王子バイパスと新湘南バイパスが無料で、小田原厚木道路が有料と言うあたりは微妙ですが、ネットワーク性を重視したと言うところでしょうか。

新湘南バイパスも無料化に(茅ヶ崎本線TB)


●問題も山積
まずはこの一般有料道路の扱いからくる問題です。

地方公社が管理するこのクラスの有料道路は今回対象外です。
しかもそれらの中にはB路線がありますし、地方公社が絡んだばっかりに有料のままと言うことになるばかりか、舞鶴若狭道と連続する京都縦貫道(京丹波わち−綾部JCT−宮津天橋立)や、東水戸道路と連続する常陸那珂有料道路のように、大都市圏から終点に向かうと有料−無料−有料と言う理不尽な状況が発生するケースは利用者の納得を得るには難しいところでしょう。

無料の先に地方公社の有料区間が...
(ひたちなかIC/本線TB。2010年2月撮影)

さらに、ネットワークの末端で完結するようになっているのに、山陽道と中国道を結ぶ岡山道がノミネートされました。将来的には敦賀で北陸道とつながる舞鶴若狭道もそうですが、有料区間に挟まれた無料区間をどう扱うのか。料金精算や割引関係の距離・回数把握など、解決すべき問題が大きいです。

岡山道は有料区間をつなぐが(2008年8月撮影)

そして何よりも疑問なのが、有料区間から無料区間になる箇所での料金徴収はどうするのか。
ETC車限定にして同区間の利用に関しては0円徴収(連続走行の場合は有料区間の料金のみ徴収)とすれば簡単ですが、今回の無料化はETC車に限定していません。

そうなると有料、無料区間の境界に本線料金所(TB)の設置が必要ですし、境界がJCTではなくICの場合は、上下の本線とを結ぶランプウェイは料金所の手前で合流してましたが、これを分離して片方は徴収、片方は開放と区分しなければいけません。

この設備投資をどうするのか、いや、用地の確保もどうするのでしょうか。ETC車ならフリーフロー方式で本線を連続走行するうちに把握できますが、一般車は本線TBが無いと無理ですし、それなりのブース数が無いと最悪の場合は分岐元の本線格の高速道に影響します。(中央道大月JCT、舞若道吉川JCTなど)

しかも今回本線TBの設置やIC料金所の区分を行ったとしても、来年度以降の段階的施行に伴い、無料区間が拡大すれば数年で無用の長物になるわけです。
ただ、無料化区間が拡大した時に本線TBが移動しないといけないようなケースは、現状東名など幹線区間の無料化をしないとしているだけに、秋田道や山形道、松山道、高知道、大分道くらいでしょうか。
このあたりだと本線TBを作るにしても、今でも最後の1区間は最終のICに料金所を設けず、手前のICに本線料金所を設置して対応しており、そのくらいの規模であれば作れなくはなさそうです。

終点1つ手前の本線TB(トップの中条本線TBも同種)
(中部横断道南アルプス本線TB。2007年12月撮影))


●渋滞への懸念
全車種終日の無料化と言うことは、自動車交通にとっては「一般道路」になることを意味します。
それで使い勝手が良くなるという意見もありますが、1区間だけといったチョイ乗りが流入することで、本来期待されていたバイパス機能が減殺されてしまうことは必至です。

例えば河川をまたぐ区間、山地を越える区間、市街地を抜ける区間など、単に便利な道路が出来た、という感覚で極めて短距離の流動が入ってくることが予想されます。

こうした流動による交通量のかさ上げは渋滞に直結するわけです。
また、ICへのアプローチ道路の流動も劇的に変わる可能性があります。つまり、長距離流動が市街地にアクセスするための道路だったものが、域内移動のメイン道路になってしまうのです。
特に終点でその先の本線にそのままなるのではなく、本線に右左折で合流するケースも多く、確実にボトルネック化します。(新湘南バイパスの茅ヶ崎西ICや茅ヶ崎海岸ICなど)

これはバイパス道路が暫定的に区間開通した時の終点でも発生する現象ですが、全通すればそこで降りることもない流動が一気に押し寄せてしまい、沿道の環境を著しく下げる問題があります。
この場合は全通で解消されますが、無料化の場合はその逆コースになる危険性があります。

無料化で交通量激増(掛川バイパス)

また、有料ゆえ交通量がある程度抑制されていたのが、無料になればその道路一択となるため、輸送力がパンクする危険性があります。この現象は無料化された国道1号線の静岡県内バイパス(藤枝バイパス、掛川バイパス、磐田バイパス)で見られるものであり、料金による裁定が働かないことで、バイパスに通過流動が集中し、有料時代と比べると明らかに所要時間が伸びています。

この懸念が高いのが広島呉道路や京都丹波道路であり、特に広島呉道路は仁保−坂を除き暫定2車線であり、並行する国道31号線からの流入を考えると厳しい状況が予想されます。

広島呉道路(仁保JCT。2007年11月撮影)


●既存の割引廃止への懸念
今回の無料化はそもそもの要件が災いして対象道路、地域に大きな偏りを生じました。

そのため2011年度からの段階的実施に先立つ社会実験とはいえ、無料化の効果を享受できる利用者もまた地域的に大きな偏りが生じます。

その一方で国交相は2009年12月に、今回の社会実験に合わせていわゆる「1000円高速」などの現行の割引を廃止し、ETC車に限定しない車種別で全国均一の上限料金を設ける新たな割引制度(普通車の上限を2000円とするという話が出ている)を導入する方針を示しています。
さらには政権与党の民主党からは「割引の財源を高速道建設に回すべきだ」との要望が強まっています。

こうした情報を踏まえて、「最悪のシナリオ」は深夜割引や通勤割引などの既存の割引が一掃されてしまい、それを原資に今回の社会実験が施行されると言うことです。

代替の割引は「上限2000円」一本で、これとマイレージを組み合わせて、と言うことになる危険性があります。(「1000円高速」は5割引の上限1000円だが、「上限2000円」は2000円への道中は「定価」の可能性もある)
しかも民主党側の要望を容れれば、割引は見送りで、値上げだけがしっかり残ることになりかねません。

そもそも既存の割引の位置づけ、意味合いを考えると、これらの廃止は国民に対する「背信行為」といえます。
2004年11月の深夜割引、2005年1月の通勤割引(大都市近郊区間以外)、早朝深夜割引(大都市近郊区間)は本来、2004年6月に成立した民営化法による2005年10月の道路関係4公団の民営化に先立ち、「高速料金を1割下げる」という「公約」を実現させたものです。

少なくともその後の緊急経済対策などの分を除いた深夜割引3割引、それ以外の5割引は公団民営化とのバーターである部分であり、基本スキームとも言える部分です。
もちろん事実上の恒久有料化とも言える民営化とのバーターですから、無料化や値下げなどのメリットが、利用者が偏ることなく実現するのであれば廃止の筋も通りますが、今回の社会実験のように受益者がきわめて限定的で、地域的偏倚が著しい状態で廃止となると、これは単なる値上げ以上の政治的意味合いをもったものになります。

松江道から山陰道への宍道JCT
(宍道JCT−斐川IC開通2時間前。2006年11月撮影)


●無理が通れば...
道理が引っ込むじゃないですが、あまりにも問題が大きすぎます。
料金徴収の問題も然り、地方公社との関係も然りです。

そして割引体系の変更は「社会実験」と言う位置づけの間はすべきではないです。
全国ルールの変更を一地域での実験を機に廃止すると言うのは理由が立ちません。少なくとも「社会実験」から無料化の全国展開のロードマップが出来て、そのスケジュールと完成形を国民の前に示してからでないと、その変更の得失が見えてこないからです。現状は明らかに値上げであり(既存割引が残っても、「1000円高速」から「2000円高速」になれば普通車にとっては絶対的に得はせず、損になる)、この景気状況を見ても経済への悪影響は必至です。

特に東名や名神のように新しい割引の適用外、無料化の対象外となる路線の場合、実質の値上げ幅を考えると空恐ろしさすら感じますし、こうした既存割引を享受してきたのが物流業界や運輸業界であることを考えると、致命的な結果になりかねません。

ETC車に限定しない割引と言うことを評価する向きも多いですが、現在高速道路を利用しているユーザーの84%がETC車であり、既存割引を享受している層なのです。そして無料化の対象から外すと公言している路線のユーザーはその中の多くを占めていると推測されます。

彼ら、いや、我々と言うべきでしょうか、ETC車にとって実質値上げになってまで、総合的に見てメリットが大きいと言うほど非ETC車が増えたり、ETC車も有料区間では値上げだが、それをカバーしてあまりあるほど対象路線が増えるのか。

本来無理筋としか言いようがない無料化で有権者を釣ってしまったために、何とか帳尻を合わそうとしてさらに無茶苦茶にしてしまう。そういう状況に本当になるのか。「社会実験」の開始まで時間はあまりまりませんが、どういう具体的な内容になるのかが問われますし、我々もまた注意して見ていく必要があります。






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