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非常停止ボタンの使い方
羹に懲りて膾を吹いていないか


先日総武緩行線の車内で携帯電話を巡る乗客同士のトラブルがあり、見かねた他の乗客が非常停止ボタンを押して電車が止まり、ダイヤが大幅に乱れたというニュースがありました。

非常停止ボタンってそんなケースでも押すのか、と呆れる声もありましたが、そもそもこの非常停止ボタン、ひとたび押すと影響がかなり大きいにもかかわらず、その守備範囲が広すぎるというか、対応するケースの軽重に相当な幅があるわけです。

今回はその非常停止ボタンを巡る問題について論じてみました。


●非常停止ボタンとは
もともと車内およびホーム上には緊急時に乗務員や駅員への通報装置が設置されていました。
ただし悪戯などで作動させられると洒落にならないと考えてか、火災報知器同様緊急時以外には触れないで下さい、という制止をメインにした案内が目に付くようになっていました。

一般には2001年の新大久保駅ホーム落下事故が契機とされていますが、その少し前あたりからJRを皮切りに駅ホームに黄色い躯体と赤いボタンという非常に目立つスタイルの非常停止ボタンの整備が進められており、また車内の通報装置もより目立つ形態に改まってきました。

非常停止ボタン

一方で列車に対する防護としては防護無線があり、三河島事故を契機に先行整備された常磐線は整備が早かったですが、首都圏で整備が完了したのはかなり遅かったように記憶しています。
ところが整備が進むにつれ、受信できる列車が広範囲に広がったことで、どう考えても防護する必要の無い線区の列車が受信して停止する「誤受信」のケースも一時期多発したことを記憶しています。

●積極的な使用への方針変更
上記のように緊急時以外は絶対に触れない、という制止が目に付いた設備でしたが、黄色い装置が普及し、新大久保駅の事件も追い風となり、乗客も含めて積極的に使用する方向に方針変更がなされました。

すぐにボタンを押してください(新京成)

とはいえ、本当に必要であろう事態に遭遇してもなかなか押せない、気がつかないもので、10年位前、津田沼駅で列車を待っていたところ、東船橋方の線路上に侵入した人影を見つけ、下りNEXが通過する接近放送が流れたタイミングということもあり、まさに寸秒を争う事態に遭遇したのですが、騒然としたホーム上で私が取った行動は、近くの駅員に連絡するというものでした。

幸い駅員が反応する前に停車中の他の列車の乗務員が防護無線を発報したため事なきを得ましたが、振り返るとそこには黄色い装置があったわけで、いざ自分がその場に立つとそこまで気が回らないものだということを痛感しました。

車内の通報装置も、トンネル内では使用しないとかやたら注意書きが多かったそれが、「SOS」と大書きされて、車内トラブルも含めて異常事態にはまず使うようべし、という印象に変化していますが、とはいえそれが実際に使われるケースはそれこそ数えるほどで、装置が作動してブザーが鳴り響くとすわ大事故か、と身構えたものです。

車内も目立つように...


●更なる方針変更か
ところがここに来て、特にJR東日本の各線において、この非常停止装置のブザーを聞かない日はない、というほど頻度が増えた印象です。

そうした事態に多々遭遇して、現場で説明される理由を聞くと、これまでも作動していた人がホームから落ちたといった、人身事故に準じるような事故での作動ではなく、ドアに物が挟まったといったものや、急病人発生、果ては冒頭のように車内トラブルとその理由が多様化しているようです。

もちろんそうした事態も重大な事故につながらない保証はないのですが、当初想定していた使用法に比べると、それこそ非常停止ボタンを押してまで対応すべきものか、疑義があるケースでもあります。

●押すことによる問題
この非常停止ボタン、非常事態と思われたら常に作動させていいかというと、そこまで踏み切れない、言い切れない面があります。

つまり、作動させることで防護無線同様周囲の列車も同時に止まるのです。
防護無線などの保安系システムを統合して単純化することで、とっさの判断が求められる異常事態におけるミスを防ぐという意味では非常に優れていますが、反面、軽重を問わず作動することが推奨されていた装置による影響が、事態の軽重に関係なく、もっとも重大な事態に揃えられてしまったのです。

この表示を見ない日がないという感じ

上述の通り非常時の保安装置に求められるのは単純性であり、事態によって方法が変わるというのは、そこに作動させる人の恣意的な判断が介在するため、その対応が本当に相応しいものかというリスクが出てきます。

とはいえ、ドアに物が挟まったレベル、それも戸閉めランプが点き、傘の先端やコートの裾のように強く引っ張れば抜けるというようなレベルで作動させた挙句に、ホームも線路も離れている別の路線まで停止させるというのでは、それは過剰反応というよりも誤作動と扱うべき事象です。

日々使う津田沼駅でも、6番線の総武緩行上り線ホームで物が挟まって作動することで、間にホーム3面と4線が挟まる1番線を通過するNEXが足止めを食うというのを少なからず見ているわけで、常識で見てもおかしい作動時のルールを見直すべきではないでしょうか。

●復旧までの問題
それでも全く影響が無い列車は即座に復旧できれば影響もまだ小さいのですが、実際にはそれにいたる手順がややこしく、全く無関係であっても3分ないし5分の足止めは覚悟という状態です。

原因を除去してブザーを解除し、指令の承認を得て出発指示を出しているのでしょうか。各ステップにかなりの時間をかけているのが現状であり、「物が挟まって...」で想定される対応を考えると絶対に腑に落ちない時間が経過しているのです。

無関係の列車はブザーが解除された時点で指令の指示が出るようですが、それでも時間がかかることには変わりありません。
そして無条件で止めてしまうため、実際にはホームに入っていてもドア扱いせず非常停止扱いということもあり、あとドア1個分もない感じのところで停まったため、復旧時に「ちょっと動きます」と言って位置合わせをしてようやく開いたケースもあります。

さらに時間がかかる原因として、駅側と列車側の意思疎通が全く取れていないことがしばしば、ということも指摘できます。

駅側が安全を確認し、抑止のサインも消えているので発車させようとしても、なかなか発車しないことに遭遇した方も多いでしょう。
「XXXX(列車番号)の乗務員さん、発車させてください」と駅の放送が呼びかけてもなかなか発車せず、車内に失笑が起きるうちはまだマシで、何をやってるんだ、と不穏な空気すら漂うこともしばしばです。

そして時間をたっぷりかけて、「安全が確認できましたので発車します」と車掌がアナウンスするのを聞くと、お前はホームの指示を聞いていないのか、と毒づきたくなりますが、おそらく駅側と列車側、それぞれ発車指示は指令から出すから駅の指示に従わないのでしょうか。もしそうでなければ論外ですが。

●駅のことは駅に
運転指令による集中管理はマクロ的にはトラブルも少なく、間違いも起こりづらいのですが、現場それぞれのミクロの局面では、時間を争う対応が求められる際になんとも迂遠な動作となって現れます。

現場の様子を一番把握していて、しかも管理責任者が存在する大駅においてもその指示が効力を発しないのでは、まさに「事件は現場で起きているんだ」といいたくなります。

そもそも非常停止ボタンの頻発の原因となっている事態についても、そもそも駅側がホーム上でその列車限りの指示を出して対応していたものであり、その列車だけを駅側の指示で止めるシステムと、後は駅側の指示に従うようにするだけで、異常事態への対応レベルは落とさずに、必要最小限の影響にとどめることは可能なはずです。

ましてや運転再開時の発車指示については駅が責任を持って管理すべき事項であり、そもそもそれすら出来ないのであれば、管理責任者としての駅長や助役を置く意味がありません。

ただし、それなりの主要駅ですら、ホーム上に責任をもって判断できる駅員がいないケースも多くなっており、そういうケースでは安全対策上、運転指令が一元管理するしかありません。
また、駅員が常駐していないようなケースでは、線路上に物を落とした、もしくは些細なトラブルというようなケースでも、非常停止ボタンを押すのが正解となってしまうわけで、実際、それでダイヤが乱れてしまったケースも見ています。

●適切な安全対策とは
シンプルで間違いが起きにくい安全対策は確かに優れています。しかし、千三つとまでは言いませんが、そうした弊害を多くの無関係の乗客に甘受させていいものかどうか。さらに言えば、駅側の合理化と裏腹の部分はどうなのか。

もちろん現場の安全標語に「止める離れる足場の確保」というものがあるように、そもそも異常が起きたら止めるのは安全の基本ですが、何が何でも止めていればいいというものではありません。運転しないことが最大の安全対策では、それは運転ではないですし、安全対策とは決していえません。

何かあったら折り返しが可能なケースであってもすぐに全線抑止という対応も含めて、安全を確保しながらいかに正常運転を維持するか、という発想が欠けているとしか言いようが無い現状を再考すべきでしょう。




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