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リニアエクスプレス 開業への関門



エル・アルコン  2007年9月4日




※この作品は「交通総合フォーラム」とのシェアコンテンツです。
※2007年9月1日発表分の改稿



2007年4月26日、JR東海はリニア中央新幹線を2025年度に首都圏−中京圏で開業させると発表しました。

未来の交通機関、という印象が強かったリニアが、遂に開業スケジュールを提示したと言う歴史的な出来事ですが、現在山梨の実験線で実験走行を繰り返している状態から、あと20年足らずで営業線を建設して、営業用車両が550kmで疾駆すると言われても、今ひとつピンと来ないことも事実です。

とはいえ、事業主体になる意思を持つJR東海が「やる」と語った意義は大きく、今後JR東海がどのようにこの巨大プロジェクトを実現していくのかが課題になります。
現時点では実験走行の印象が強すぎて、営業運転を想定するのは難しいのですが、素人考えではありますが考えられる範囲でこのプロジェクトの成否を考えて見ましょう。

●リニアにかける意気込み
6月22日付の朝日新聞(大阪夕刊)は、JR東海の松本社長のインタビューを掲載しています。
リニア開業への意気込みを語ったあと、中京圏までの「区間」開業ということで関西への延長を心配する大阪本社の記者(インタビュアー)に対して、関西の受け入れ次第で並行的に実施していくと話しており、遠からぬ延長や、場合によっては一括開業もうかがわせています。

これだけの巨大プロジェクトゆえ、技術面に加え、資金面やそれの償還と言う問題も大きいですが、インタビューではそれの解決に相当な自信を持っているようにも伺えます。

ではなぜにリニアか。という時に、避けては通れないのが東海道新幹線の施設老朽化問題です。
インタビューでは東京−大阪のシェア80%(ただし東京都−大阪府であれば足下は65%だが)と豪語している状態で、あと2割を巨費を投じて取りに行く必然性はやはり問われるわけです。

大規模修繕に1兆円の巨費が必要ということで引当金を積んでいますが、資金や損益対策が出来ても、では新幹線を長期運休して抜本的改修をするかというと、日本の大動脈をそれだけの期間止めることに直結しますから、単純には出来ません。
その時の代替手段として、いや、リニアという新しい大動脈を建設してはじめて、新幹線の改修もしくは他の手段を実現することができるのです。

そういう視点で考えたら、遠からず必要となる新幹線の大規模改修に対する「代替手段」に関して、リニアを充てることは充分考えられる選択肢でしょう。

●ファイナンスは成立するのか
8兆円にも上るとされる事業費。それをどうやって償還するか、というよりも、どう手当てするのか、という段階の問題です。
つまり、返すあてよりもまずそれだけの資金が揃うかということです。

整備新幹線スキームがインタビューでも出てきていましたが、公共が建設し、収益の範囲内でJRが返済するというスキームでは限界があるという結論です。つまり、公共がそれだけの資金を集めることが出来ない、というわけです。公的資金での建設という資金調達の苦労を考えないスキームが封じらているのです。

そうなるとどうやって、というところです。
8兆円という莫大な資金をどう調達するのか。しかし、実は手法はあります。しかし、これはある意味反則であり、しかしながら先例があるという手法です。

どういうことか。おそらく内外の投資家を募る。巨大な「リニアファンド」をイメージしたらいいでしょう。
現在のJR東海の鉄道事業の営業利益は3700億円あまり。利払が旧国鉄の長期債務で1500億円、その他で300億円となって、経常利益は2400億円。
旧国鉄の長期債務の償還は1800億円程度。減価償却費が2000億円で、設備投資が2000億円と言うイメージです。
旧国鉄長期債務の残高(2.1兆円)から見て、10年程度で完済すると考えたら、在来線、新幹線への設備投資額を最小限にして、配当原資を考えても4000〜5000億円を元利払に回せます。

約定返済あり、8兆円丸々のファンドとすると、20年で年4000億、30年で年2600〜2700億円の元本返済でやや厳しいですが、この手のプロジェクトの常道として自己資金が20%以上は求められるので、内部留保をこの先積み上げてファンドを6兆円くらいにすれば、期間20年で元本返済3000億円、利払が3%(20年国債利回り+0.7%程度。JR東海の直近の社債は10年債で10年国債利回り+0.2%程度なので厳し目に見ている)で当初1800億円ですから資金繰り的にも可能です。20年〜30年程度の長期投資対象としてまずまずの商品に仕上げることは可能です。
また、名古屋開業に関しては5兆円程度と言う話も出ていることから、資金負担については可能と考えます。

リスクがあるとしたら、日本経済そのものがクラッシュして、移動需要が消滅するというような一種のソブリンリスクでしょう。
実際にファイナスを組成するまでの金利上昇リスクもありますが、基本的に長期、超長期金利は経済成長に収斂しますから、金利が上昇するときにはインフレとなり、収入やその時点での内部留保もまた増大するので、一方的に不利になるとは限りません。

では、商品としては魅力的でも、それだけの資金が集まるかというと、昨今企業買収型のファンドが話題になっていますが、海外拠点のファンドは1兆円規模というのがざらにあるわけです。
マーケットをさまようのはそういう短期のリスクマネーだけではないですし、証券化して流通させることで長期保有対象だけでない投資も呼び込めます。

非常にラフな資産と推測ではありますが、JR東海が「自前」で資金を集めることは不可能ではない、ということが分かるかと思います。
しかし、それは「反則」すれすれなのです。つまり、それだけの資金は国内市場では集まりませんから、海外に求めることになります。このファンドは当然リニアの資産、また事業キャッシュフローの一切を担保にすることになりますから、国内の基幹インフラを「外資」の手に渡すことになるに等しいのです。
当然その経営に関して、国内事情への配慮はないでしょうし、利益の極大化を図る方向で統一されるはずです。

基幹インフラにおける外資導入は、一歩間違えれば「国の身売り」にも等しい事態を招きかねないわけで、過去には外債を発行して鉄道を建設し、償還が出来なくなって事実上植民地になった国もあるわけです。我が国においても明治期以降鉄道建設のために鉄道収益を担保とした外債を募集してきましたが、そういうリスクは認識されていました。
そういうリスクがないとしても、国の成長や国益とそっぽを向いた経営をされてしまうケースもあります。

ですから「反則」という評価も可能ですが、一方で「先例」もあるわけです。
つまり、今のJR東海の屋台骨となっている東海道新幹線は、世界銀行の融資を受けているわけで、そういう意味では巨大プロジェクトに「外資」を仰ぐケースはあったとも言えます。
ただし、その融資額は3800億円の事業費に対して1割以下の8000万ドル(288億円)であり、しかも公的組織による間接金融であることから、もし「ファンド」による調達となった場合は、少なくとも戦後には例のない事態といえます。

●事業は成功するのか〜設備編〜
では、資金の目途がついたとして、事業は成功するのでしょうか。

まず問題として上がるのが、ターミナルをどうするのか、ということです。
東京−名古屋−大阪の3駅のみに限定したとしても、都心部に駅を置くスペースがあるのか。鉄道が航空に対して持つ最大のメリットともいえるのが、都心のターミナルであり、これにより空港−都心のアクセス時間が加算される航空に対して、優位を保っているだけに、都心にターミナルを持つことは、リニアであっても航空と比較したら遅いがゆえに、譲ることが出来ない条件です。

しかし、少なくとも地平、高架にターミナルを置けるかとなると、ほぼ不可能でしょう。
唯一名古屋は旧笹島貨物駅跡地が後生大事にとってありますが、それとて前後、特に東京側に導入空間を取れるかとなると怪しいわけで、都心部では地下線、地下駅という選択以外はありえないようです。
ただ、地下駅であっても地上権の設定など地権者との調整が必要であり、私権が及ばないとされる大深度地下となると、工費、工期の問題をはじめ、地上地下のアクセス手段、時間が問題になってきます。

次に、ルートが問題です。
山梨実験線とその延長計画があるわけで、それを前後に伸ばした「中央新幹線」ルートとなることはまず間違いないでしょう。
現在線に腹付け、もしくは並行ルートを取るにしても、第二東名が市街地から相当離れた後背地の丘陵地帯を貫いて建設されているように、市街地からの距離は半端でないことが予想されます。
一方の中央ルートも、結局は山岳地帯を長大トンネルで短絡することで実現できるルートですが、最短距離を構築できるメリットがあります。

しかし、結局問題なのは都心へのアプローチ区間です。
東京都心にターミナルを設置したあと、山梨実験線方面に向かうとして、地上を疾走できるのはどのあたりからでしょうか。
下手をしたら都下三多摩までずっと大深度地下、という可能性すらあります。用地買収コストは軽減されても、技術的な問題が懸念されます。

●事業は成功するのか〜技術編〜
山梨実験線での実績を考えたら、あまり不安を感じる必要はないのかもしれません。
しかし、上記のようにある意味「特殊な施設」になる可能性がある中で、それをどうクリアするのかが気になります。

まず、起終点が大深度地下のケースで、550kmで運転するリニアが続々トンネルに突入した時の風力の影響や風の逃がし方です。時速540kmであれば1分間に9kmですから、5分雁行であっても45km以内のトンネルだと同じトンネルを複数列車が出入りすることはありませんが、駅が絡むとそうも言ってられないでしょう。

全区間をチューブの中に入れて減圧走行させることで超高速走行が可能になる技術はありますが、開放区間、トンネル区間が入り乱れ、かつ起終点は閉塞されているという巨大な空気鉄砲ともいえる状態で、終点に向かって圧縮される空気をどうやって逃がすのか。また、風圧の変化が磁気浮上中のリニアにどういう影響を与えるのか。実験線のデータだけで大丈夫なのかという疑問があるわけです。

また、設備とも関係する話ですが、リニアにとって可能な曲線半径とそれに伴う速度規制もどうでしょうか。
東海道新幹線は新横浜以東で品鶴貨物線(横須賀線)の線路空間を使ったため、カーブがかなりありますし、名古屋の手前でもカーブがあり、そこでの速度制限がスピードアップを阻んでいます。

リニアが都心にアクセスする際、直線コースが取れるのか、また、直線に近いルート取りしか出来ないというようなことは無いのか。
逆に、山梨から長野、岐阜を経て愛知に向かう際、カーブに対する制約がきつければ、南アルプスや中央アルプスをまともに貫通するという、ある意味「有り得ない」ルートになることも予想されます。

さらに、現在5分未満の運転間隔で大量輸送をしていますが、リニアの場合、最小運転間隔はどの程度でしょうか。運転間隔を空けざるを得ないのか、それとも加減速のよさを生かしてさらに詰められるのか。また途中駅での追い越しはあるのか。そうなると待避線への分岐部はどの程度の番数のポイントになるのか。(これは起終点でも言える話)

分岐器自体が新交通システムやモノレールのようなトラバーサタイプで設計されていますが、追い越し駅やターミナルでの配線はどうなるのか。現行の分岐器だと同時間帯の出発と到着に対する制約は極小化されていますが、リニアの場合はどうなのか。
実験線でのデータだけでは推し量れないものが多すぎます。

●事業は成功するのか〜営業編〜
インタビューでは東京−大阪の空路はなくなると断言しているように、首都圏−関西圏の移動に関しては、成田や関空からの国際線乗り継ぎを除けば空路利用はほぼなくなるという見通しだと考えます。

確かに最高時速550kmであれば、表定速度ベースでも500kmか、それに近い数字は出るでしょう。
ただ、都心部での地下化でも最高速度での走行が可能かどうかにもよるわけで、東京−大阪1時間はさすがに無理でしょうが、余裕を見て70分程度というのが現実だと思います。

都心直結でこの数字だと、さすがに航空は壊滅すると見るのが妥当でしょう。
と言いたいところですが、問題があるのです。

ここ数年、アクセス時間を含めた所要時間的には互角もしくは鉄道有利と言うケースもありながら、航空はシェアを伸ばしてきました。
逆に、「のぞみ」投入前においては所要時間的には優位に立っていた航空はシェアを確保できていなかったわけです。

つまり、選択基準は時間だけではないのです。
要は、料金水準が大きな鍵を握るのです。航空の伸長は、シャトル往復割引や回数券の値下げ、前日まで購入できる特定便割引の導入整備により、実質の料金水準が下がる反面、新幹線は「のぞみ」料金設定や、回数券の規制、その後も「新幹線回数券」へのリニューアルに伴う実質値上げと、実質の料金水準が上がったことが大きいです。

一時期は特定便割引利用どころか回数券利用でも、利用する便や都心部の目的地によってはアクセスの交通費を含めて航空のほうが安くなっていたことは無視できない要因ですし、逆に近年の燃料高騰により燃料費調整による値上げは航空利用を減らす方向に働いています。

ではリニアはどうなるのでしょうか。
これまで航空は需要の多い便だと新幹線よりもやや高くなるように設定されており、手持ちの輸送力で最大限の収益を図るようなイメージでした。
しかし、航空が壊滅するとまでいわれる状態で、リニアでも同じ姿勢を取るかどうか。

逆にリニアは、航空の足下を見る感じで値上げに走れるかどうか。
航空は新幹線との競合下においても、燃料コストの問題から値上げして自ら一歩引いた格好でしたが、リニアが値上げに踏み切れば、燃料コストを吸収した上で有効なレベルでの価格競争が可能になります。
確かに都心間での移動時間はリニアのほうが有利になるでしょうが、その1時間程度の所要時間差にどれだけのコストを容認するのか。少なくとも「新幹線ビジネスきっぷ」時代の「のぞみ」料金2350円は、約30分の短縮としては受け容れられなかったのです。

また、羽田−神戸のスカイマークのような格安キャリアは、料金を維持もしくは値上げ幅を押さえることで、リニアと大手航空会社の両方に利かせることができるわけで、値上げが可能なレベルは極めて限定的になる可能性があります。
格安キャリアの存在を無視すれば、リニアも当日料金を航空大手並みに2万円あたりに設定が可能なんですが、そうなると格安キャリアが漁夫の利を得る可能性が高まるのです。

資金スキームが成立する前提として、利用と収益が確保されることがあるのですが、そのためには現行新幹線の料金水準と比較してどの程度を想定しているのか。「のぞみ」の30分に2350円を設定した過去を考えると、1時間なら2万円は取れる、と前提にしていたら足下をすくわれます。

●事業は成立するのか〜サービス編〜
スピードで勝る航空機に対し、新幹線は「ゆとり」を前面に押し出してきました。
確かにトイレに行くのにも一苦労で、3+4+3の10列詰め込み、前後間隔も着座位置を制御することで膝の逃げ位置を合理的に決めるといった「機能的な」座席の航空にゆとりと言うものはありません。

一方の鉄道、東海道新幹線は、開業当初の転換クロスシートから一方向き簡易リクライニングシートを経て、100系投入時に座席の回転を優先させてシートピッチを拡げる(定員を減らす)というコペルニクス的転換ともいえる改良を行い、最新のN700系に至っています。
かつての膝が前席に付くようなシートピッチなら航空と大差が無かったのですが、この拡大により大差が付いたわけで、新幹線を選択する理由に必ず上がるといっていいでしょう。

車内空間の「ゆとり」に関しては、500系がその円形の車体構造に起因する車体上部の「絞り」に対し、「常連」から圧迫感があると批判が多かったわけで、700系、N700系では極力箱型断面にして客室の「ゆとり」を演出していました。

一方でリニアの車内は4列シートで天井も低いわけです。N700系の段階で窓もさらに小型化されており、それを継承することになると考えると、その圧迫感や閉塞感は新幹線の比ではないはずです。500系のアコモですら「不評」だったとしているのに、リニアの場合はその比で無いアコモが受け入れられるのでしょうか。少なくとも航空との格差は確実に縮みます。
また「車窓を楽しむ」と言う意味でも、小さい窓にトンネル道中という状況はどうなのか。乗客は出入りのしやすさを優先して通路側を志向するビジネスマンだけではないのです。

ちなみに航空は巡航時にも乱気流その他のリスクがあるためベルト着用を推奨している反面、ドリンクサービスなどはCAが自席までサーブするため、「至れり尽くせり」感があります。
鉄道の場合は車内を自由に移動できると言う前提があり、かつては食堂車などの供食設備があり、今は車内販売および自販機で対応していますが、リニアの場合はどうなるのか。
加減速やカーブの遠心力を相当感じると言う話もある中で、これまでの鉄道のような対応が可能なのか。もし不可能な場合は、自席付近に車内販売が来るのを待つしかないわけで、これも航空との格差を実感するわけです。

このように航空に対するサービス面でのアドバンテージについて、航空のレベルに近づく形で落ちてくることがリニアの魅力をどう演出するのでしょうか。

●既存新幹線、競合輸送機関との関係
ここが問題になります。
これまで在来線、新幹線の2階建てだったものが、リニアが加わる3階建てになるわけです。
整備新幹線スキームの場合、在来線は三セクになり、新幹線は「利益の範囲内で使用料を支払う」というものでしたが、JR東海によるプロジェクト、と言う位置付けであればそうした国や自治体への負担転嫁は無理でしょう。
そういう前提で、東名阪の直通利用はリニア、都市間輸送は新幹線、域内輸送と貨物は在来線と言うきめ細かい役割分担が成立するのか。

また、山陽新幹線との関係も問題になります。
リニアは当面名古屋まで、行っても大阪までとなると、新神戸以遠との移動はどうなるのでしょうか。東海道新幹線の利用に占める山陽直通客の割合は低くはありません。逆に対航空で見ると、東京都−大阪府という純粋な拠点間輸送になると航空シェアが35%に達する一方での東海道新幹線の盛況を鑑みると、区間利用、また山陽直通が寄与する部分が大きいはずです。

その中で、山陽新幹線区間へは常に大阪乗り換え、となった場合、よしんばその乗り換えが新八代における「つばめ」と「リレーつばめ」のようなものであったとしても、抵抗感なく受け入れられるかどうか。そもそも乗り換えの頻度やボリュームが違うわけで、あのようなスムーズかつスマートな乗り換えは出来ないでしょう。

ちなみにリニアが今後山陽方面に延長することはそれこそ山陽方面で3階建て構造を維持するレベルの輸送量は無いですから、山陽延長を考える必要は無いわけで、そうなるといわゆる北ヤード(梅田貨物駅跡地)が有力視されるわけですが、そうなると山陽新幹線もそこまで延長(路線変更?)されるはずです。

山陽新幹線のみ利用する際にはかえって便利になりますが、直通する際には山陽新幹線区間の所要時間は確実に伸びます。そうした前提で東京から岡山に行く客が、大阪乗り換えの鉄道と、いかに市街地から外れているとはいえ岡山空港まで直行する航空機を見比べたらどちらを選ぶか。
名古屋空港が中部国際空港に移転したのを機に、新幹線が対九州で攻勢をかけましたが、これが大阪乗り換えです、となった瞬間に元の木阿弥にならないのか。

さらに、今のところ名古屋までの先行開業を謳っていますが、この場合、東阪間輸送までが名古屋乗り換えになるわけです。名古屋の乗り換えもリニアの駅が笹島貨物駅跡地と考えると、名阪間の新幹線所要時間は現状よりも伸び、これに乗り換え時間が加わります。
まさか東阪間や山陽方面は引き続き新幹線経由、ということはないでしょうが、大阪延伸までは相当苦しい営業を強いられることすら予想できます。

●新しい「交通手段」の是非
リニアは旧国鉄時代に着手され、鉄道会社が試験を行っていることから軌道系交通の範疇として捉えられています。確かに「軌道」を有する軌道系交通ではありますが、軌道、車両、集電機構、動力、あらゆる面で既存の軌道系交通との共通点がありません。

そういう意味では、都市部で導入された「新交通システム」と同様に、クローズドのシステムを別途導入することの意味が問われるわけです。名古屋暫定開業時に名古屋乗り換えになる。大阪開業時には対山陽で必ず乗り換えになる、というのは、まさに全く違うシステムを導入することに伴う弊害です。

これまでの新幹線も軌間の違いが決定的要因となり、在来線との直通が出来ない閉鎖的なシステムだったわけですが、それでもその「接続」ポイントは基幹幹線である新幹線と、接続するフィーダー路線というそれなりに「段差」がある箇所でした。
今回リニアを導入した場合、それがまず名古屋、追って大阪と基幹幹線を分断するスタイルになるわけです。

「新交通システム」が省力化、無人化、急勾配への対応など既存鉄道に無いメリットを提示したように、リニアがそこまでのメリットを提示できているのか。
既存鉄道よりは速いが、航空よりは遅い。大量定時輸送という鉄道のメリットと高速と言う航空のメリットを併せ持つと言う反面、行程が軌道に制約されると言う鉄道のデメリットと、居住性に難があると言う航空のデメリットを併せ持つとも言えるわけで、いわば「ニッチ狙い」とも言えるリニアの存在意義が問われます。

ひょっとしたら、500〜1000kmレベルで大量の流動がある都市間輸送がある区間にのみ通用する交通手段、という水平展開のしづらい存在なのかもしれません。
一方でフランスのTGVは試験用の専用編成と専用に整備された区間とはいえ、2007年4月3日に時速574.8kmという速度記録を樹立しており、単純に最高速度を比較した場合、リニアと鉄軌道の間に優位な差は無いともいえます。

架線の張り圧(高張力鋼をベースにした銅線で向上の余地がある)などの問題がありますが、もしリニアと同様に他の鉄道との直通を無視した場合、極端な話をすれば軌間2m、車輪直径は今の倍と言うような高速走行に特化した超カスタム鉄道を想定したら、時速500kmレベルのリニアに匹敵する鉄道が既存技術の延長で実現できるでしょう。

もしくは既存鉄道との直通を念頭に置いた場合、時速350kmから400kmといったレベルであれば実現可能性はきわめて高いわけで、そうなると東阪間で2時間を切り、リニアとの所要時間差は30分程度になることも予想されます。
こうなると、既存新幹線との直通を捨ててまで、新しい技術を導入して「その程度の」時間短縮を求めるのか、という議論になることも不可避です。

リニアの開発が始まった当時は高速鉄道が時速250km程度、亜音速の航空との間に位置する時速500kmは交通機関の空白域とも言えましたが、高速鉄道の技術革新はその空白域を大幅に狭めてきたわけです。
その段階においてリニアを導入する意義と言うものを明確に示せてはじめて、新しい「交通手段」のデビューが可能になるのではないでしょうか。

●リリースした意図は
2025年と言うと18年後ですからまだまだ先に見えますが、大型プロジェクトに携わったことがある人なら分かるでしょうが、事業規模からするとあと18年というのはかなりカツカツです。

上記のようにいろいろ疑問点や懸念がある中で、しかも東京−名古屋間という「中途半端な」形態での開業をリリースしたのはなぜか。
こうした懸念を吹き飛ばすだけの成算があるのか。それとも単なる観測気球なのか。

国の関係部署も話を聞いていないやに聞こえてくるあたり、山陽新幹線との関係すら不明なように、他との連携を考えていないと言う可能性が高いですが、一方で中途半端でもぶち上げれば、完璧なものになるように国なり何なりのサポート体制がつくという読みがあるのかもしれません。

もちろんそれは「リニアという国家(級の)プロジェクトをみすみす頓挫させることは無いだろう」という読みでしょうが、「民間企業がやった話だからご自由に」と突き放されるリスクが無いとは言えないわけです。
鉄道にとっては革命的な出来事であっても、ドル箱の東阪間から駆逐される航空業界を考えたら、リニア建設へ国が関与した場合、同時に航空業界をケアする関与もついて来かねないわけで、その負担はリニアだけでも大きいのに、と言うレベルです。

そこまで考えると、国が「中立」を決め込む可能性も無いとは言えません。
特に今回のリリースが「独断専行」であった場合、後から見て、「あの時のボタンの掛け違いが」となる危険性を指摘して取り敢えずの稿を終わろうかと思います。



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